5 ハイビームの車のライトはとてつもなく眩しい
◇
サロンに戻った私たちは、もう少しでお開きとなるお茶会を堪能していたが、そこに花が入ってきた。
……いや違う。
大きな花束を持った、ジョシュア様だ。
なぜこの時間にここにいるのか疑問を持つのは当然のこと。
ふと公爵夫人を見ると、疑問顔ではなく、人生最大の失敗をしたかのような表情となっている。本来仕事中の時間とはいえ、息子が花を持って入ってきただけだが。
サロンに飾る花を持ってきたのか。
もうそろそろお開きの時間ですけどね、なんて思っていたら私の真横で花を持ったまま、ジョシュア様は跪いた。
「アメリアがお茶会デビューだと言うから花を用意したんだ。なかなか仕事が切り上げられなくて遅くなってしまったけれど。可愛いアメリアに似合うように選んだんだ」
サロン用ではなく、私への花だった。
「……ありがとうございます。とても素敵です。ですがお帰りになるには早すぎませんか?」
「アメリアのために切り上げるのはいつものことだろう?」
「……まぁ、そうですね」
いつものように遠い目をして微笑む私と、いつものように、これでもかと満面の笑みを浮かべるジョシュア様。
「プレゼントがあるんだ。後から見せるから」
「毎日色々と用意しすぎかと。部屋が埋もれてしまいます」
「ではもう一部屋用意しよう」
「もう少し控えてくださればよろしいのですよ」
「アメリアがなんでも似合うから仕方ない。ではまた後で」
真面目に仕事に行きだした彼は毎日のように「お土産」と言いながら、アクセサリーだったり小物だったりドレスだったりと贈り物をしてきた結果、現在部屋が埋もれそうである。
すでに一部別室に置かれているのだが、さらに部屋を増やすのは遠慮したい。
そして私の頬にいつものようにキスをして、キリッとした顔でお客様に向かい簡単な挨拶をして退室したジョシュア様。
私はメイドに花を預け、部屋に飾っておくように指示をし……みんなの方を振り向いた時にようやく異変に気づいた。
公爵夫人は額に手をやり頭が痛いとばかりにうなだれているし、他の方々は驚きで目を丸くしていることに。
そして、まるで推しの芸能人に会ったかのようにその瞳は興味津々にキラキラと輝き、ときめいているようにしか見えないご婦人方の表情に『……どうしたの』と狼狽えた私だったが……
すぐさま公爵夫人より解散の合図があり、慌ただしくお茶会は終了となった。
その日のディナーの際には、夫人はなにか不満があるがそれを口にできないでいるかのように耐えている……気がする。
ジョシュア様の膝の上から周りの状況すらしっかり見られるようになった私は、膝抱っこ上級者と言えるだろう。
だが申し訳ない。この状態の私に出来ることはなにもない。なぜなら無を極めているから。
──後日、サンドラ様の手紙により、私に対するジョシュア様の態度は、私以外とは全然違うのだと言うことが長々と書かれ、ひょっとして……と思っていた疑問の答え合わせがようやくできたのだった。
まぁそれよりもサンドラ様の手紙には、あまりに狂喜乱舞な文面で愛について延々と書かれていて。
恋愛小説を多数引用し、この作品のあのヒーローのようだとか、あれはあの作品のあの場面の、だとか。
恋愛小説を読んでいない私には、ちんぷんかんぷん。
サンドラ様……すごく恋愛に憧れているのだなと言うことだけは、はっきりと分かったことは収穫だったのだろう。
◆◆◆
ウォーカー公爵家は王家の血筋ゆえに、王位継承権が発生する。序列としてジョシュア様は上位ではないが容姿端麗で賢く仕事もできる彼は、本来女性に人気があって当然な人だが、ほとんど近づく女性はいなかったらしい。
サンドラ様曰く、クールで女性に興味がなさそうだったからだというが……自分に対する時の彼しか知らないため、いまいち信じられないでいた。
ウォーカー公爵家に来てからすでに1ヶ月。
本日初めて、ジョシュア様の婚約者として夜会に出席することになり、朝から磨かれまくっている。
我がプロウライト伯爵家で初めて夜会に出るために用意にかかった時間の、1.5倍くらいの時間をかけられているのは、公爵家の標準仕様なのだろうか。
その結果、前回の夜会ではぼんやりとしたホタルくらいの輝きだった私が、今回は公爵家の手練れのメイド達が腕によりをかけて仕上げてくれたことにより、LEDライトとまでは行かなくとも蛍光灯くらいにはなっている気がする。
虫が寄ってくるかもしれない。
「アメリア様……本当にお美しいです!」
「これは……ジョシュア様が大変そうですね」
可愛らしさだけでなく、美しさ、高級感の全てを兼ね備えたこのドレスは、私を5割増で美しく魅せてくれていると思う。
公爵家に来たときにすぐに採寸され作られたこのドレスは、お金だけ出しても買うことはできない貴族女性憧れのデザイナー、マダム・アシュリーのもの。
王家御用達のマダム・アシュリーが直々に私のために作ってくれた一着であり、ジョシュア様の髪色である銀色の刺繍と、瞳の色の紺碧がリボンで使われている。
私は自分で自分を褒めていくスタンスを日々とっているので、あえて言おう。
──私、すっごく可愛い!
テンションは頂点を極め、この先のジョシュア様の反応すらも予想できて、ついニマニマしてしまった。
ニマニマしていたのに……。
そして彼の待つ階下へ降りて行った私は──
…………眩しくて目が潰れるかと思った。
そこにはハイビームの車のライトのように、そちらを見ることができないほどキラキラ眩しい人がいた。
……あなたがそんなに光り輝いてどうする。
そこは私を目立たせてくれるところだろう。完全にこちらが霞む。直視できない。
だが非常に……かっこいい。
眩い彼を、少しだけ目を細めながら覗き見た。
目にかかる長さの銀髪はいつもよりしっかりとセットされ、色気が半端ない。左右対称の整った顔は相変わらずパーフェクトとしか言いようがなく、紺碧の瞳がいつもより光り輝いているのは、玄関のシャンデリアの光が映っているせいだけではないはずだ。
現在優雅に微笑みを携えている私だが、心のアメリアは口を手で必死に押さえながら、机をバンバン叩いている。
さすがにそれは反則だと思うくらい、かっこよくてたまらない。
「アメリア……可愛い……眩しくて見れない」
「……ジョシュア様もとても素敵ですよ」
階段の下から手を差し出したジョシュア様は目を細め、本当に眩しそうにしているが、それはこっちのセリフである。
さらっと社交辞令風に褒め返しただけに留めたが……顔が熱いのが気のせいであって欲しいと願う。
◇
我がプロウライト家はそれなりに裕福であり、散財する性格でもない我が家族が欲しいと思ったものは、大体購入できる。基本的に家族全員金銭面では真面目なため、身の丈に合わないもの自体を欲しがらない。
そんな一家に生まれ育った私は今、値段がいくらであろうとも心から『馬車』が欲しいと思っている。
たった今会場に着いて降りてしまったが、つい先程まで乗っていた公爵家の馬車のことだ。
前世を思い出して初めて馬車に乗り、あまりの揺れに衝撃を覚えたが、公爵家の馬車は驚くほどに揺れが少なかったのだ。このまま嫁入りすれば、この馬車ももちろん乗れるのだけれど。
乗り心地最高の馬車は、その少ない揺れで逆に眠くなってしまうほど。ゆりかごだろうか。
──ジョシュア様が魔改造したはず。絶対だ。
今日の夜会はリンドル侯爵家主催。
リンドル侯爵は有能な事業家であり、実は私の婚約が白紙に戻ったのもこの家が関係している。
そうは言ってもトラブルなどではなく、我がプロウライト家と元婚約者の家・クレド伯爵家で事業提携して進めようとしていたインフラ整備と輸送業について、リンドル侯爵が両伯爵家がさらに利を得ることが出来る形で話に加わったのだ。
莫大な出資をしてくれる上に当初の計画よりもグレードも規模もアップし、最初こそ詐欺を疑いもしたが、契約上何の不備もない。リンドル侯爵自体も、悪どい人ではないのだ。
三者ともが私たちが結婚せずとも利益を得ることが出来る関係となり、それならば私と元婚約者の婚約は白紙とし、さらにより良い関係を新たに築けるところと結婚させるべきだろうという、両家とも合理的で円満な婚約解消だった。
所詮、貴族の結婚などそういうものだろう。
ジョシュア様にエスコートされ会場に入ると、すでに会場に入っていた人たちが一斉にこちらに視線を投げかけた。
覚悟はしていたが、その目は好奇・奇異・驚愕・落胆とさまざまな色を含んでいて、少しだけ怯んでしまう。ジョシュア様の腕に添える手に力が入ってしまうと、彼は反対の手を私の手に重ねた。
「大丈夫、アメリアは誰より美しい」
そう言って顔を覗きこみ、柔らかく微笑んだ途端に。
周囲から「きゃあ!」だとか「本当に!?」だとか悲鳴のような歓声が次々に聞こえてきたため、緊張は緩んだ。
この反応からすると、ジョシュア様があまり笑わないのは本当なのかもしれないなと思いつつ、もう一度手に力を入れ「ありがとうございます」と伝えた。
最初に主催者であるリンドル侯爵へ挨拶に向かうと、黒髪に口髭、銀縁の眼鏡というダンディなリンドル侯爵が快く迎えてくれた。
「リンドル侯爵閣下。本日はお招きいただき感謝します。彼女は婚約者のアメリア・プロウライト伯爵令嬢です」
「アメリア・プロウライトと申します」
「二人とも婚約おめでとう。ジョシュア卿は独身主義かと思っていたがどうやら……運命の相手を探していたようだね」
「ありがとうございます」
「アメリア嬢、今日はプロウライト伯爵夫妻も来るよ。今は公爵家に滞在しているのだろう? 久しぶりに親子の時間を楽しむといいよ」
侯爵はわずかに口角をあげ目を細めただけだが、歓迎してくれているのが伝わってくる。
両親にも挨拶をするが相変わらずジョシュア様は離れない。その様子にお母様が目を輝かせ、喜んでいる。
ジョシュア様はいつも私といる時と同じで終始にこやかであり、彼が普段は仏頂面で冷たいなどとはどうも信じられないが、この場にいる人の驚き具合を見れば真実なのかもしれない。
……一体彼はどうしたというのだろう。