4 お茶会
◆◆
「アメリアさん、今度小さなお茶会を開こうと思うの。誰か招待したい方はいるかしら?」
「そうですね……ハリス侯爵家のサンドラ様は学院時代のクラスメイトでした。先日の夜会でお話ししたかったのですが機会に恵まれませんでしたので」
ジョシュア様がずっと付いてきたせいだ。
「まぁ、そうなのね! ハリス夫人とはわたくしも仲良くしているのよ。サンドラ嬢ね、親子で招待するわ」
嬉しそうに微笑みながら言う公爵夫人は、美魔女。
私の母は可愛らしい感じの人だけれど、夫人はとにかく美しく見惚れてしまう。
ジョシュア様関連を完全スルー以外に関しては、とてもよくしてくださっている。その唯一スルーしていることについて、一番関わって欲しいところなのだけど。
あれが公爵家の通常スタイルなのかどうかだけでも教えていただきたい。
小規模なお茶会らしく、誰か呼びたい人……と言われても、私に高位貴族の友人はいない。
公爵夫人の主催する小規模な集まりに、明らかに公爵夫人と交流のなさそうな男爵令嬢や子爵令嬢が呼ばれても困るだけだろう。
思いついたのは、この前の夜会で話せずじまいだった同級生。
私に可愛らしいいたずらを仕掛けてくださっていた、令嬢サンドラ様にお会いしようと思う。
学院時代は令嬢の中で最高位であり、私など関わりもなかったのになぜか目をつけられていたようだが……彼女はきっと私に興味があるはず。違うかもしれないけど。
この場合の嫌いと好きは、多分紙一重なほうではないだろうか。
ダメそうなら早々に撤退すれば良いのだ。
◇
公爵家のサロンの一室はガーデンに続く大きな扉が開け放たれ、柔らかな日差しとともに心地よい風が入り込む。
テーブルの上には一口サイズのサンドイッチや、小さく可愛らしいカラフルなお菓子たちが所狭しと並べられ、アレンジされた花々が周りを装飾する。
本日のサロンのイメージカラーはピンクゴールド。
ピンクと言っても落ち着いた色で、絶妙な色合いで全てがコーディネートされていた。
取り仕切るのはもちろん公爵夫人。
私はそばで勉強させてもらったが、公爵夫人は使う花から何からすべてに気を配り手配されていた。
「あぁ、この花はやめておきましょう。ラント夫人はこのお花が多分得意ではないのよ。くしゃみが出てしまうようなの。言わないけれどね」
柔らかく笑いながら、一人ひとりが心地よくいられるよう心を配るその姿に感服するしかない。
今回のお客様は六組。
高位貴族のお茶会に慣れていない私にとって、この規模にしてくれたのは本当に助かった。
挨拶をし和やかに始まったお茶会は、さすが公爵夫人がお誘いした方々。
私を見下して来るような方もいらっしゃらないし、非常に温かな目で受け入れてくださる。
サンドラ様のハリス侯爵家以外は前回の夜会に参加していなかったようだが、その後の夜会で我が両親と会っていたらしい。
「プロウライト夫人はなんだがお二人のロマンチックな話をされていたけれど……公爵夫人、本当ですか?」
「ふふふ、どうでしょう? ですがアメリアさんが我が家に来てくださり、わたくしたち本当に嬉しいのですよ」
「そうですね。ようやく悩みの種が減ったことでしょう」
「公爵家も安泰ですわね」
ジョシュア様に婚約者がいなかったのはなぜか分からないけれど、公爵夫妻が頭を悩ませていたであろうことは想像するに容易い。養子を取ろうかという話も出ていたようだし。
そして公爵夫人、ジョシュア様について濁す方向で通すようだ。「どうでしょう?」って、そんな美麗な微笑みで言われても。
「あの構い方はどうなのでしょう?」と私が夫人に聞きたいし、その問いに対して答えて欲しい。
そしてお母様。妄想話をよそでしている事実に、娘はショックを受けていますよ。
「ジョシュア様はしっかりした方だけれど、人にかまうタイプではないから……静かで穏やかな生活になりそうなのではなくて?」
「そうね。ジョシュア様は女性に関しては特にクールでいらっしゃるから。ウォーカー公爵はあなたに求婚するときはすごかったものね! 親子でもずいぶん違うものね」
公爵夫人は扇子で口元を隠しうふふと優雅に微笑む。
そしてクールとは……誰のことを話しているのだろう?あれがクールならば、我が家の朗らかなお父様なんて絶対零度ということになるが。
人を見るなり飛びつき抱き抱え、満面の笑みで甘い言葉を囁かれ、カトラリーすら持たせてもらえず膝に乗せられている生活は──静かな生活と呼べるのだろうか。
ならば、我が伯爵家などは実は日々お通夜レベルだったのだろうか。一体いつの間に私の基準が世間一般とズレてしまったのか。
「静か」と「穏やか」の定義について話し合いたい。
私は微笑んだまま公爵夫人に視線を送り、ほんの少し首を傾げ「どういうことでしょう?」とアイコンタクトすると、一瞬だけ「しまった!」という顔をしたあと……扇子で顔を隠され、なんとまたいつものようにスルーされた。
「おほほ……」という苦笑いが聞こえてきそう。
そういえば、お兄様がジョシュア様のことを「堅物」とか「無表情」とか言っていたことをようやく思い出した。
実際に接した彼があまりに違いすぎたため、すっかり忘れていた。
今世の彼はこういう感情をあらわにする性格なんだと思っていたが、もしかして違うのか?
◆
しばらくして公爵夫人が「若い人は少し散歩でもして来たらいかがかしら」と言われ、疑問は残したまま、ほとんど話せていなかったサンドラ様とガーデンに出ることに。
「はい、それでは少し失礼いたします。サンドラ様、参りましょう」
「はい。では皆様、また後ほど」
二人で席を立ち、ガーデンにつながる扉から外に出ると、日差しが直接当たり眩しさを感じる。一層花々の香りが濃く感じられ、胸いっぱいに香りを吸い込むと、先程の疑問は少し薄れた。
メイドが日傘をそれぞれに手渡してくれ、お肌の天敵である紫外線をカットしつつ、よく手入れされたガーデンに足を踏み入れる。
サンドラ様はブルネットの髪に少しきつめの顔立ちだがきれいな人。そして今は顔が少しこわばっている。
「あちらに東屋がありますの。少し散策してそこで休みませんか?」
「はい、喜んで」
ゆっくりとガーデンを散策し、先ほど食べたお菓子の話をしながら東屋に着くと、すでにティーセットが用意されていた。少し暑くなってきたせいか、なんとアイスティーを用意してくれているという手際の良さに感激する。
サンドラ様は席に着くなり、いきなり頭を下げた。
「あの……アメリア様。あの……あの時は、ごめんなさいっ!」
「…………はい?」
「足を引っ掛けてしまったあの時のことです……。あなた、わたくしが誘ってもお茶会にも来ないし、随分と勉強がお出来になるし……悔しくなってしまって」
──やはり素直な方だった。
やったことを後悔していたのだろう。もしくは単純に私が公爵家に嫁ぐことになったから、ゴマをすっているのかもしれないが。
「昨年のあなたの領地の収穫祭イベントに行ったわ。……初めて仮装をしたの。そのとき、あなたがステージの端で指示を出しているのを見かけて。他の人から、あなたが手がけたイベントだと聞いたわ」
「来てくださったのですか? いかがでした!?」
なんと、来てくださっていたとは。
ちなみにこのイベント、仮装をするのだが、今振り返れば完全にハロウィンが土台だ。
こんなこと考えつくなんて私、天才なんじゃ!? ともちろん思っていた。
が、私の中に秘められし能力ではなく、ただの記憶。
「……とても楽しかったわ。仮装することで貴族だとか平民だとか何も気にならないで楽しめたし、イベントの場所が決められていたでしょ? その区画は警備もすごく多かったから、おかしな行動をする人はすぐ声をかけられていたから安心して過ごせたの。
あんな大きなイベントを考えて実行するなんて、わたくしにはとても出来ない……張り合ったことを反省したの」
張り合っていたのか?
確かにサンドラ様も勉強は出来る方だった気がする。
しかも秘められた前世の記憶をこっそり持っていた私は、実際はただの凡人ということが判明したのだから、張り合ってもらえるほどの力は本来ないのだけど。
「わたくし……小さくて可愛いものが好きなの。だからあなたと仲良くなりたかったのに、全然わたくしのことに興味がなかったみたいだったから……嫌なことを言ったし、足を引っ掛けてしまって……ごめんなさい」
──小さくて可愛いものとは……もしかして私のことだろうか。
確かに前世より小さいし、少〜しだけ他の人よりも背が低い気がしないでもないが。
ま、まぁ可愛いと褒めてくれているのだから……気にしない気にしない。18歳になったばかりだから、まだ伸びるかもしれない。
当時言われたことに関しては、まったく響いていなかったのは……仕方がないと思う。
が、本日のサンドラ様の発言から、あらためて昔の発言を翻訳してみたいと思う。
「小さくて見えなかったわ。虫のように隅ばかり歩いているからでしょ、ふん」
(小さいのだから真ん中歩かないと見えないわよ! 堂々としなさい!)
「勉強しか出来ることがないのかしら。少しは周りに目を向けたらいかが? あぁお友達が少ないのね。おほほ」
(勉強ばかりしてないで交流を持ったら? わたくしがお友達になってあげても良いけど……?)
──こんなところだろうか。
……分かっていないと翻訳しづらいけれど、そう思うとやはり可愛い人だと感じる。
そしてサンドラ様のこの感じだと、サンドラ様が言葉以外でしたのは、足をひっかけた。あれだけなのだ。
モノを隠したりはしていないのだろう。
疑って申し訳ない。あなただと思っていた。
でもまぁこの際犯人はどうでも良い。
きっとサンドラ様のご友人方が調子に乗ったに違いない。
「いえ。謝ることなどございません。サンドラ様のおかげで自分ができることをさらに発見したのです。あのときは筋肉痛になってしまいましたが、その後自らを鍛え、今ではあの時の回転もスムーズに」
「あ、あなた、一体なにを目指しているの!? あの時も私すごく驚いて、何が起こったのかわからなかったのよ!?」
そんな私たちは目を見合わせ、しばらくしてクスクスと笑い合った。
あのハロウィン的なイベントでの仮装は、既成服をいくつも用意していた。レンタルも新品販売もあり、素材も安いものから高級なものまで取り揃えた結果、購入する人も多く、付属品の小物なども売れに売れた。
サンドラ様に何の仮装をしたのかと聞いてみれば、なんと海賊だと言う。いつもと違う口調をしてみたり、その場で食べ物を食べたり、新たな経験がたくさんできたとそれは嬉しそうに話した。
その格好で射的ゲームやスタンプラリーなどを楽しんだらしい。
用意してもらった紅茶で喉を潤していると、少し強めの風がブワッと吹いた。
白い小さな花をつけている木から一斉に花びらが舞う。ふわふわと踊るその花びらはどこまで遠くに行くのだろうと思えるほど、風に乗って見えなくなるほど遠くまで運ばれていった。
「──ジョシュア様と結婚だなんて、あなたも大変ね」
「……それに関しては完全に同意します」
大変極まりない。
どう対応して良いか、いまだに分からない。
「あの方が女性と話すのを先月の夜会でお見かけしたわ。あまりに反応がないジョシュア様に、次第に青ざめ、涙を浮かべていらっしゃったの」
「…………」
ん? どういうこと?
「でも前回の夜会ではあなたには話しかけていたし、少しは会話もするのかしら? 大変失礼なことを言うけれど……誰に対しても冷ややかな方だから、愛情が感じられなくてもあまり気にしないでね?」
心配でたまらないというように、綺麗な顔の眉を寄せる。
「……はい」とニッコリ微笑んだ私は、頭の中がハテナで占領されている。
「冷ややか」とは一体。
いつの間にか言葉の意味が変わったのだろうか。
まさか彼のあの対応が私にだけ……なんてことはないだろうし。
サロンに戻りながらサンドラ様はぽそりとつぶやいた。
「アメリア様、あんなにおモテになるのに」
「なにをおっしゃいますか。私、まったくモテませんよ」
「……本当に興味がなかったのね。あなたの使ってる物とか、よく持ち帰られていたわよ──男子生徒に」
「……」
へぇ、そうなんですね。
色々なくなっていたのはサンドラ様の周りのご友人方ではなく、男子生徒……。
──こ、こわっ!!
モノがなくなるの、そっち方面だったのか。
早く卒業して良かった。
「でも、それくらい愛がわかりやすい方が女は幸せだなんて言うでしょ? ジョシュア様は……わかりにくいでしょ……」
「…………」
無言でニッコリと微笑んだ私は、ジョシュア様のあれを分かりにくいと呼ぶなら、分かりやすい表現とは一体どんなものなんだと、冷や汗が出た。
それに、人のものを盗むようなのが分かりやすい愛だと言うのなら、私は必要としてないので大丈夫。
──どちらかと言うと、サンドラ様の恋愛観が心配。