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3 座り方を紹介します


 この屋敷に来て一週間。

 公爵家としての付き合いを覚えたり、家を切り盛りする仕事を覚えたり。

 婚約者の時点からやるとは、さすが公爵家。


 そして──ジョシュア様、心配になるくらい家にいる。

 仕事はどうしたのだろう?

 外交を引き受ける第二王子の側近ではないのか?

 



 さぁ、ここで彼と私の座り方について紹介しよう。

 最初に言っておく。

 家族が揃う、晩餐の場での話だ。

 他の食事やお茶の時間もこれと似たような感じだと思ってくれて良い。



 初日の晩餐で私の真横に座った彼。

 肩が触れそうなほど近い。ステーキは小さくカットされた。


 翌日も真横。

 ただし手は私の腰に回される。

 高位の方に失礼ながらも腰に回された手をパシッと叩いたが、何度も懲りずにやるものだから疲れて諦めた。

 相変わらず全部一口サイズにカットされてしまった。


 三日目。

 真横から腰に手を回したまま、食べ物を私の口に入れた。

 「あーん」だ。

 私が食べるまでずっと待ってる。

 しばらく相手にしなかったが、捨て犬みたいな目をしてキューンと泣きそうな勢いで待ってる。

 仕方なしに食べると満面の笑み。

 ……グサッと胸に矢が刺さった。なんとか抜いた。


 四日目。

 もちろん彼の手は私の腰に巻きついている。

 さらに私の口に入る全ての食べ物は、彼が食べさせるもののみとなる。

 なぜかって?

 ……私の席にカトラリーが用意されてなかった。

 いや、多分先に来たジョシュア様が移動させた。ジョシュア様の席のカトラリーが多い。倍だ。それは私の分のはず。

 使用人が申し訳なさそうにハラハラしていたのを私は見逃さなかった。

 この頃から『無』の境地を極める試練が始まった。


 五日目。

 彼の膝の上に乗せられる。もちろんそのまま食べさせられる。

 なぜかって?

 ……私の座る椅子がない。

 なんか椅子が遠いところに追いやられている。完全にジョシュア様の仕業。

 満面の笑みでポンポンと自分の膝を叩き、「ここに座るんだよ」とアピールする。もちろん拒否したが、捕まった。

 この状態で普通に会話を続けようとする公爵夫妻だが、明らかに視線が合っていない。

 完全にこっちを見ないようにしている。


 六日目。

 膝の上から抜け出せない。

 ほぼ抱きしめられている。多分頭とかに色々キスされてる。

 もちろん椅子もなければカトラリーもない。

 見方によっては、公爵家によるイジメだ。

 『あなたの座る席なんてないわ! 地べたで十分よ! カトラリー? 贅沢な! 手で食べなさい、手でっ!!』

 こんな感じだろうか。

 要所要所で公爵夫妻や使用人に、心底申し訳なさそうに頭を下げられ、かつ同情した視線を投げかけられるから、全然違うが。

 同情するなら止めてくれ。


 七日目。

 完全に諦めた現在。

 朝食の時にジョシュア様よりも早く行き、椅子もカトラリーもある状態で席につき、後から来たジョシュア様を平然と待ち構えてやる! と意気込んで行ったら……まさに椅子を撤去中のジョシュア様と目が合った。

 ──朝食時間1時間も前のことだ。

 1時間前ですでに作業中。

 私を見るなりパァーっと顔を輝かせ、飼い主を見つけた犬のように私に飛びつき抱き抱え膝に乗せられ、朝食前のフルーツなんかを口に入れられながら「こんなに早く会えるなんて」と、いつもより1時間も長く膝に乗せられていた。

 ──諦めた。



 この一週間平気なふりをしているが、実は私の心には矢がザクザク刺さりまくっている。

 ハートの矢。

 刺さっては抜きを繰り返し、もう血だらけ。


 そう……元々この人の顔は私のどストライクだ。

 彼が私のことをどう思っていたのかは置いておいて、私は誰よりも愛していたのだけは確かだ。

 前世の寡黙で穏やかな感じも好きだったが、現在の無表情顔が私を見て満面の笑みに変わるのもまた良い。

 ただ、明らかに色々やり過ぎ。対応しかねる。



 そんな私たちを見ているはずの、この家の人たち。

 夫妻をはじめ、使用人のすべては、この行為を窘めることなど一切なく、そこには何もないかのように、ただひたすら……こっちを見ない。


 え、私、空気だっけ?

 いるよね? ここにいるよね?

 おぉーい、見えてますかー? とたまに手を振りたくなる。


 ジョシュア様は食事の後に私の部屋にまでついてきて、またしてもお膝抱っこをされるが、それもすでに三日目。

 果物が次々と口に入る。デザートだ。

 朝食前に食べたがまたしても。


 いい加減お膝抱っこされるのも慣れたものだ、フフン。

 無の境地を極めつつある。

 そろそろこの状態で寝れるかもしれない。

 だんだん抵抗するのも疲れてきた。

 一体どういうつもりなのやら。


 そして今日。

 彼は、とんでもないことを口にした。

 ギリギリ聞き取れるほどの小さな声で。



 「愛してる……愛してるよ」

 「…………」



 耳を疑った。

 やはり完全に前世と別人物として扱えてないせいか、そんなこと言えたんだという思いが強く、どんな顔してそんなセリフ言ってるんだと見上げると。


 くしゃりと泣きそうにも見える顔で微笑みつつも、耳も首も真っ赤になっている。


 ──て、照れまくってる!!

 そ、そそそんなに照れるなら言わなきゃ良いのに!?


 非常に端正な顔立ちでカッコいい人(前世もそうだった。黒髪だったが)だが、かわいく見えるし、言い慣れてないのが一目でわかる。

 釣られて、ボワっとこっちまで一気に体温が上がり頬が熱くなった。

 言われたこっちが挙動不審になってしまうし、言った本人はいまだに照れてるし、こんなに大きな人なのに可愛いし、なんなの!? と目を逸らしつつ手でパタパタと顔を仰ぐ。


 あぁ、熱い。



 「……あ、ありがとうございます」

 「ふっ……はははっ! こんなかわいい反応するならもっと早く言えば良かった。本当に、本当に愛してるよ。──世界中の誰よりも」



 ギュッと強く抱きしめてくるから、顔は見えないけれど。

 出会って二週間しか経ってないが、ジョシュア様は私が好きらしい。


 ──そうか。私のことが好きなのか。

 

 胸に温かいものが注ぎ込まれていく。

 ……違う。すでにどんどん注がれていたというべきか。



 その翌日から、彼は私に軽く触れる程度の口付けをするようになった。

 頬はもちろんだが、唇にも。


 ──頻繁に。

 ……他に人がいても。……おい。


 もちろん、恥ずかしいからやめて、と言いたくなる。

 が、あまりに嬉しそうな、幸せそうな顔を彼がするものだから……なされるがままの私。


 そして……さらに胸の中がポカポカと温かくなっていく。



 その間、相変わらずこの屋敷の人たちは──

 こっちを見ない。


 ……私たち、生きてここに存在してるよね?

 大丈夫だよね?


 一人の時はお互い、他の人と会話もお世話もされてるから大丈夫だと思うんだけど、ジョシュア様の行動は貴族的には完全に奇行と呼べるはず。


 だが、スルー。みんな、スルー。

 ストッパーが一人もいない。

 ごめんね、と憐れみの視線が注がれるだけ。



 しばらくしてから、人前でするのはどうなのかと少しムッとして話し合おうとしたところ。


 「怒った顔も可愛い」とか「アメリアが可愛いから仕方ない」とか「みんなに俺のだって見せとかなきゃ」とか言いながら、至る所に啄むようなキスをする。


 歯が浮くようなセリフのオンパレードで、赤面して動揺ばかりする私。


 さらにこの翌日から、今度は仕事へ行くジョシュア様をお見送りの時に『抱き抱えられて』キスをする項目が加わった。

 そうはされまいと次の日はじりじりと間合いを見ながら、やばいと思った時に逃げ出すべく走り出したら……あっさりと捕まり、今度はもっと長くキスされた。


 ──どう対応して良いのか、本気でわからないっ!!



 少し離れたところで公爵夫人が「……メロメロね」と死んだ魚のような目をして呟いたのが目に入ったが、私と目が合うと、「ニ、ニコ……!」と音声付きのようなぎこちない笑みを浮かべられた挙句、頑張って! の意味だろうか、グッと拳を握られた。

 ……説明、求む。


 ちなみに、ジョシュア様の話題を振ろうとすると、全員顔と共に話題も逸らす。


 「あ、あぁーっ! そういえばっ!」みたいに。

 わざとらしいにもほどがある。



 公爵家っ! 本当にこれで良いのですかっ!?




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