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2/11

2 距離感おかしいんですけど


 あのパーティーの日、挨拶を交わしたあと。


 いじめてくれていたであろう令嬢に挨拶に行きたかった。面白そうな人が他にいなかったから。

 直接私に文句を言い、直接足を引っかけるなどの物理で攻撃してくる人だから嫌いではない。素直な人だ。

 前世を思い出した今なら、煽り技だって持っている。

 からかって遊ぼうと思ったのに……


 前世の夫こと、ジョシュア様がずっと付いてくるから、挨拶すらできなかった。

 飲み物はいらないか、これは美味しいぞと何から何まで、まるで従者のように付いてくる。

 ──公爵子息が。


 それを周りは遠まきから信じられないとばかりに、目をまん丸にして見ている。

 兄よ、見ているのならなんとかしてくれ。

 父も母も遠まきだし、私たちの付近からサァーっと人が波のように引いていく。


 目をまん丸にしたいのはこっちだ。

 この人のせいで交流する人がいなくなってしまったし、もう一刻も早く帰りたい。


 初めて夜会に出席する私は、貴族年鑑はある程度知っていようとも、その人たちの人となりなどは知らない。

 なぜ海を割るかのように人が周りからいなくなったのか。この人は危険人物か何かなのだろうか。

 兄はたやすく声をかけていたと言うのに。


 「庭園に出ないか? ライトアップされていて綺麗なんだ」

 「いえ……はい」


 この人は公爵子息。

 私に断る権利などないではないか。

 身分社会が憎い。



 確かにライトアップされた庭園は美しく、きっと本来は白い花が咲き誇っているであろう木はピンク色のライトで照らされ、幻想的に色づいている。

 花は違えど、夜桜のようだ。


 そういえば──こうやって花見をしたこともあった。

 お互い仕事帰りに合流し、唐揚げとビールだけ買って食べたのだ。

 帰りに木の根っこに引っかかり、思いっきり転けた私をおんぶして連れて帰ってくれた。

 同じような木の根を見つけ、つい笑みが溢れてしまう。


 ゆっくりと歩きながら、少しずつ彼は話してくれた。

 微笑みを浮かべながら。


 「アメリア嬢のことは聞いたことがあったんだ。マクラーレンが賢い妹がいると話していたのもそうだけど、ここ最近の申請書の資料を作っているのがアメリア嬢だと」


 あぁ、私も一週間前なら自分が天才だと思っていたあの資料ね。


 「わたくしなど偶然思いついて、ほんの少し父の手伝いをしているだけですので……大したことではありません」


 頭上からじっとこちらを見ている気配がする。

 もうビシバシと視線が当たる。

 でも私は見上げたりしない。今世は関わるつもりなどないのだから、目を合わせて情に訴えかけられても困る。

 私は前世のことなど覚えてないのだ、ということにする。


 この場さえ乗り切れば、もう会うことはない。

 私は本来領地に引きこもっているのだから。


 「アメリア嬢……俺に……」

 「はい?」

 「俺に、本当に見覚えは……?」


 その声は独り言なのかと思えるほどか細く、不安げで悲哀を帯びていて、つい彼の顔を見上げてしまった。

 銀色の髪が月明かりに照らされキラキラと輝き、紺碧の瞳は不安げに揺れている。


 ──やはり、私のことを覚えているのだ。

 妻という肩書きだけを持った女のことを。


 ……それを確認してどうなるというのか。

 覚えていると言えば、あの時は夫婦だったなと語り合うのか。

 私に興味などなかったのに。


 しばらく考えたふりをしてから、私は微笑んだ。


 「ごめんなさい。やはりジョシュア様とお会いした記憶はないのです。申し訳ございません。──あ、そろそろ父達も心配しますので戻らせていただきますね」

 「あの……! しばらくはタウンハウスにいるだろうか?」

 「──いえ。この夜会のために出てきただけですので、わたくしはすぐに領地に戻ります。……お会いできて光栄でした。失礼いたします」


 ニッコリと微笑み、足早に会場に戻った。




 帰りの馬車では、両親と兄が興味津々で質問攻めだ。

 

 「ジョシュアが誰かに興味を持ってるの初めて見た! アメリア、すごいぞ!?」

 「表情が変わらないことで有名な彼が、明らかにアメリアを気にしていたな?」


 いや、表情は結構豊かだったと思うけど。よく喋ってたし。前世比だけど。

 

 「アメリアすごいわ! もしかしたら未来の公爵夫人かもしれないわよ?」

 「まったく興味ございません。早く領地に帰りたいです。いつ戻るのですか? 明日? 明後日?」

 「社交シーズンなんだから一月は滞在するわよ……最初にそう言ったでしょ?」

 「私は一足先に帰ろうかと」


 3人は顔を見合わせ、「ジョシュア様となにかあったの?」と聞いてくるが「なにも」と答える以外にない。


 前世も、結局は紙切れ一枚だけの関係だったのだ。

 もちろん肉体関係はあったが、それも義務だったのだろう。


 前世を思い出して間もないからか、いきなり夫が出てきたことで一気に色んな感情が呼び起こされ、完全に頭が混乱している。


 黙り込んだ私に気を遣ってか、家族は首を傾げながらも何も言わずそっとしておくことにしたようだ。


 車窓から外の街明かりを見れば、先ほどの庭園のライトアップが思い起こされ、不意に涙が込み上げてきそうになり、グッと奥歯に力を入れ、こらえた。




 翌朝早々に、我が家のタウンハウスは大騒ぎとなった。

 昨日の今日で眠くてたまらないのに、叩き起こされ無理矢理支度をされ、父の執務室に行けば家族勢揃い。

 神妙な顔なのか、ニヤニヤしているのかよくわからない微妙な表情を3人とも浮かべている。


 「お待たせしました……? 朝からどうされましたか?」

 「アメリア……! 公爵家から求婚状が届いたぞ!」

 「昨夜だけであの堅物ジョシュアを堕とすとは……さすが俺の妹!」

 「アメリア、もちろんお受けするわよね!?」


 一人で呆然とする私に、YES以外の返答などあり得ないとばかりに盛り上がり、ありもしない昨夜の私たちのロマンスを妄想し語りあう3人。


 3人の妄想はノンストップ。


 「きゃーっ! 二人は手を取り見つめ合ったのね……! 初めてアメリアを見つけた彼は、そこにいる妖精のような女性に一目で……」


 お母様、そんなことはしていない。

 あと話が長い。


 「堅物ジョシュアと妹か……美男美女! 初めての出会いで高鳴る恋心……!」


 意味がわからない。

 というより、この後どう切り抜けようという動悸ならあった。ある意味脈拍としては高鳴ったかもしれない。


 「庭園に出ていく二人を僕はちゃんと見ていたよ。月夜の下で見つめ合い、愛を語らう二人……僕の可愛い娘が……っ! でも嬉しいことだ!」


 別に月夜の下で愛なんて語られてない。


 居た堪れないから、三人ともそろそろ妄想ラブロマンスを語るのはやめてほしい。

 

 どうやら昨夜の馬車の中での私の神妙さは、ジョシュア様に一目惚れした私の恋煩いということに収まっているようだ。

 ──なぜに。


 まぁそもそも、貴族の結婚などほぼ全て政略結婚。

 その中でも、うちが掴めるはずもない縁をあちらから結んでくれるというのだから……

 ただの伯爵家の娘の私に、そんな良縁を断るという選択ができようか。


 別に今世は元々政略結婚のつもりだったのだ。

 ────文句の言いようもないではないか。


 「……それが我が家のためになるのですよね。それでしたら、構いません」

 

 私のそっけない返答は照れ隠しと受け取られてしまった。違う。断じて違う。


 「では結婚相手も見つかったことですし、私は領地に帰ろうと思います」

 「何を言ってるんだアメリア。そんなことできるはずもないだろう?」

 「あちらは1日でも早く、公爵家に入り色々覚えて欲しいと言っているわ」



 ……どうやら、領地にすらもう戻れなくなるようだ。



◆◆



 一週間後。


 あれよあれよと準備が進められ、荷造りが行われ、花嫁修行という名の住み込み生活が始まろうとしている。


 ジョシュア様のウォーカー公爵家タウンハウス前に馬車が止まった。

 タウンハウスといえど広大な敷地には、建築の巨匠バレリー作だと言われる洗練された屋敷が馬車の窓から見える。

 扉が開けばそこには、ジョシュア様がエスコートすべく私に手を差し出して待っていた。


 「アメリア嬢、お待ちしておりました」

 「……お世話になります。よろしくお願いいたします」


 心底私のことを待っていたとでもいうべき、春の日差しのような微笑みを向ける彼に、やはり前世の彼とは違うのだと……悲しさなのか安堵なのか分からない思いで、胸が一瞬苦しくなった。


 当たり前だが、前世のことは忘れ、違う人物として扱うべきだろう。

 そんなことは分かっている。分かっているのだ。


 それにしても……この歳まで次期公爵である彼に婚約者がいなかったなどあり得ないのだし、毎回婚約者は住み込みなのだろうか。

 住み込んだ上に却下されて家に帰されるなどもあるかもしれないなと、玄関に至るまでにずらっと並び、一糸乱れぬ動きをする使用人を見ながら考えていた。


 彼らが、朗らかに微笑みながら私をエスコートするジョシュア様を見て、頭を下げながら全力で「!??」と混乱していたことなど、その時は知る由もなかった。




 通された部屋は2階の大きなバルコニーのある日当たりの良い部屋。

 クリーム色で統一された非常に私好みなこの部屋は、なんとジョシュア様の隣の部屋らしい。


 伯爵家からお付きの侍女がいれば連れてきても良いと言われていたが、ずっと付いてくれていた侍女がちょうど妊娠中だったため、誰も連れてきてはいない。

 新しく私につく侍女として紹介されたのは、アニーという30代の落ち着いた女性だった。


 「はじめましてお嬢様。アニーと申します。なんでもお申し付けください」

 「ありがとうアニー。早速なのだけど、聞いても良いかしら。ジョシュア様の以前の婚約者はどれくらいの期間こちらで過ごされたの?」

 「……? いえ、ジョシュア様は今まで婚約者がいらっしゃったことがございませんので、今回が初めてとなります。私たちも楽しみにしておりました」


 なんと。

 公爵家の跡取りが25になるまで婚約者がいなかったと?

 何か理由があるのかもしれない。

 跡目争いとか。

 結婚できないような地位に恋人がいるとか。

 男色とか。


 まぁどれも受け入れよう。

 所詮政略なのだから。




 夜、晩餐の際に初めてお会いした公爵夫妻からは驚くほど温かく迎えられた。


 「こんな……こんなに可愛らしいご令嬢が我が家に来てくれるなんて……もう養子でも取るべきかと悩んでいたところなのよ。本当に嬉しいわ」

 「アメリア嬢の手腕は王宮でも何度か話題に上がっていたんだ。心より歓迎するよ。なにか不都合があったらいつでも言ってくれ」

 「もったいないお言葉、感謝いたします。では早速お伺いしたいことがあるのですが……公爵家ではこのように距離が近く食事をなさるのが習慣なのですか?」


 私は微笑みを浮かべながら、私の真横、肩が触れるほどの距離にいるジョシュア様を意味しながら伝えた。


 近い。近すぎる。

 さすがに肩が当たって食べにくい。

 さらに言えば、先ほどからジョシュア様は私のステーキを一口サイズにカットし、さぁどうぞと満面の笑みを浮かべながら皿ごと渡してくる。

 ……私は子供ではないが。


 私もニッコリ微笑みつつ、ギギギ……と音がしそうに首を夫妻の方に回し、尋ねたが……。

 二人ともバツが悪そうに、無言のまま、ふいっと顔を背けた。


 おぉーーい。

 お宅の息子さん、距離感おかしいんですけどぉー?

 これ、標準なんですかー?


 ちらりと周りにいる使用人に目を配っても、ふいっと逸される。

 真横を見るとデロデロに溶けそうなほど甘い顔をした人。


 ……カオス。


 

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