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77.前途(最終話)



結局、王都へ帰り着いたのはその一週間後だった。


ルネの処遇やスワンプ爺やのお孫さんへの聴取などでモメたのである。そりゃそうだ。


ちなみに、ルネはふて腐れた様子のままだったようだが、お孫さんの方はガチギレの毒舌全開なリュカをも恐れずに自分の世界を生きていたらしい。怖い。どっちも怖い。



王城へ帰り着いたわたしは、王妃陛下の熱烈なハグに迎えられた。なんなら泣かれた。


推し同士の娘に何かあったらと気が気じゃなかったようだ。大変申し訳ない。

無事の一報があと一日遅れていたら王都を飛び出すところだったと聞いて、「ああ……親子なんだなあ」と遠い目になった。



そしてわたしは、変わらぬ百合の間でエマがいれてくれたジャスミンティーを飲んでいた。


久しぶりのゴージャスなドレスも、むしろ装備が厳重なようで心地よさすら感じる。


「はあ……おいしい」

「ベイカーさんのフィナンシェもお出ししましょうか?」

「ええ。シナモンがいいわ」

「かしこまりました」


部屋を出て行ったエマの代わりにオデットが入ってきた。


ルネは今のところ自宅謹慎が言い渡され、領地へ戻っている。

新たな侍女を入れなくてはという話にもなっているが、ああいうことがあったので王家も慎重になっているようだ。


そして、エマはダミアンの求婚を受け入れ、先日無事に婚約を交わした。

それはつまりエマがオデットの義姉になるということでもある。


「オデット、その……言いにくいかもしれないけど、兄嫁と同じ職場というのは大丈夫なのかしら」


いわゆる小姑である。オデットと小姑という字面はイコールで結んだところで違和感しかないが、やりにくさはあるかもしれない。


「はい。エマさんには尊敬しかありませんので、むしろ身内となっていただくこちらの方が恐縮と言いますか……」


いつも無表情なオデットが分かりやすくデレた。見たこともない表情である。


(これは……!? 分かる、エマ推しなのね! 大好きな兄と推しが結婚、めっちゃいいよね!?)


「そう。それなら安心したわ。今後もよろしくね」


うんうんと内心で激しく頷きながらにこやかに微笑んでおいた。

いつか彼女とはエマの良さについて夜更かしして語り合いたいものである。



ちなみにカカワの実は赤い実も青い実も持ち帰り、王城のシェフ――もはやわたしの懐刀的存在となっている彼らとともに食品開発を始めた。


アンリが実家にお願いしてリロイ産ジョコの実も送ってもらったおかげで、二つが同じものであり、採取の方法も同じようにできると分かったのは大きい。

わたしはきっとジョコ狩りに行くことはないだろうが、高く買い取るので許して欲しい。


そして青い方の実は狙い通りカカオバターのようだ。

削って抽出しなくても良いのはありがたい。進化の神秘に感謝したい。


(とはいえ、ショコラトゥールは再現できてもまだ普及できるようなものじゃない。チョコレートへの道はとてつもなく険しいわ……)


いつか王都にショコラ専門店を出したいものである。

その時は今度こそわたしの名前でお店を出してみせる。



「ジュリエット様、殿下がお呼びのようです」


ドアの外からエマの声が聞こえてきた。


「分かったわ」


立ち上がるとすぐにオデットが服や髪を整えてくれた。


今日のわたしはお気に入りのライラック色のドレスである。胸周りはしっかりとした生地だがスカート部分はいつかリュカが献上してくれた薄い生地を重ね合わせている。

夜会のドレスよりは簡易だが、王城に滞在している身としてはすぐに主と分かる服装をするのは大切なのだ。


エマの先導で歩いていくと、そこはいつもの――わたしがまだボネ家のタウンハウスから通っていた時に二人のお茶会場としてお馴染みの場所となっていた、中庭のガゼポだった。


「殿下もすぐにいらっしゃるそうですので、こちらでお待ちください」

「ええ」


椅子に座ったわたしのドレスを整えると、エマは去って行ってしまった。

人払いをされているのだろう、周辺には誰もいない。


季節ごとに植えられている花々が違うこの中庭は今、一面の百合畑になっていた。

ここへ初めて来たときと同じ、虹色の百合畑である。


色とりどりの百合の花に囲まれ、風に乗ってその爽やかな香りが漂ってくる。

あの時と同じように、夢のような景色である。



ふと、足音が聞こえてきた。

スッと立ち上がって膝を曲げ、顔を伏せる。


「友梨亜ちゃん」


そう呼ばれたということは、この礼は不要なのかと姿勢を正して顔を上げた。


「っ!!!」


瞬間、くらりと倒れそうになってしまった。


「っと、危なっ!」


よろめいたわたしをジョーくんが支えてくれた。そのせいで余計にクラクラしてしまう。


(待って!! ヤバいヤバいこの衣装はヤバいってば!! わたしの五本指に入る大好きなリボンタイ!! |≪アミュレットじゃないですかああああ!!!)


最近ずっと、歌番組レベルのうろ覚えな衣装が続いていたせいで油断をしていた。


今日のジョーくんは記念すべき十枚目のアルバム『|アミュレット』の同名リード曲の衣装を着ていた。

白い詰襟シャツに黒いリボンタイ、そして深いネイビーのスーツ。


正装に近い出で立ちなのに、髪はそのままおろしているのはわたしが今のマッシュルームヘアを気に入っているのがバレているせいなのか。


「倒れるほどとは思わなかったわ」


ニヤリと笑ったジョーくんがわたしを椅子へ座らせてくれた。


「……五本指に入るくらい好きだって言いませんでした?」

「聞いたよ? だからコレ残しておいたんだし」

「え?」


わたしを座らせたジョーくんも座るのかと思いきや、わたしの斜め横で跪いてきた。そしてわたしの左手をとった。


「……え?」


何が起こるのかと目を瞬く。

この状況がデジャヴであるように、ジョーくんはあの時と同じ真剣な顔になった。


「友梨亜ちゃん」

「は、はいっ」

「俺、愛は重ためだし結構わがままだししつこいし、普段は全然アイドルっぽくないし尻フェチだしすげえ普通の男だけど……友梨亜ちゃんと一緒にいるのはすごく楽しいし、でも楽に呼吸できる感じが心地よくて。ずっと一緒にいられたらって思ってる」

「ジョーくん……」

「好きだよ、多分もう愛してる。俺と結婚してください」


そしてわたしを見つめたまま、左手をそっと持ち上げて薬指にキスを落としてきた。


(待ってほんとに無理!! 死ぬ!!! 息できない!!!!)


鼓動が激しくなりすぎて、自分の鼓動なのに耳元で聞こえている感覚がした。

今までにないくらい顔が熱くなり、頭がのぼせていくのを感じる。


そしてたらりと鼻から何かが流れていく感覚。


「ちょっと、ちゃんと息して!? 待って鼻血!? ジョン、いやエマ! エマ来てくれ!」

「む、むり……死ぬ……」

「馬鹿なの!?」


わたしを抱えて横にならせてくれるジョーくん。

口調はとんでもなく慌てているのに、その手つきはとっても優しい。


「ジュリエット様……」


ものすごく残念な生き物を見る目でエマがやってきて、綺麗なハンカチを当ててくれた。


「しばらく動かさない方がいいでしょう。濡れたタオルをお持ちしますね」

「ああ、頼む」


エマが去っていき、鼻にハンカチを当てたままジョーくんに抱きかかえられたわたしが残った。


「大丈夫?」

「……はい。でも、あんまり近くで見ないでください」

「はー。まさか鼻血出してぶっ倒れるとは」


溜息を吐きながら目を閉じるジョーくん。


「だ、だって! ご自分がカッコよすぎるの自覚してくださいよ! そんな衣装であんなことされてぷ、プロポーズなんて」

「そんなの、イエスの返事もらうためにはなりふり構ってらんないでしょ」

「……何なのどうしたいんですかわたしを!」

「だから嫁にしたいって言ってんだろ」

「ひい! もー無理! …………いや、でも、あの、わたしも、すき、です」


恥ずかしすぎて、自分で持っていたもう一枚のハンカチで顔を全部隠した。

これだけ伝えるのでも恥ずかしいのに、あんなことできるジョーくんが凄い。やっぱ舞台に立ってる人は度胸が違うのだ。


「……何なの。あなたこそどうしたいの俺を」

「だ、旦那さんに、したいです」


ハンカチの下から言うと、ハンカチ越しでも視界が突然暗くなったのが分かる。

そしてハンカチ越しに、唇が何かに触れた。


「えっ!?」

「あと一か月だぞ? 間に合うのかよ」

「じょ、じょーくん……?」

「おまえ、キスするたびに鼻血とか出してたら、挿れる前に出血多量で死ぬからな?」

「な! 何言い出して」


思わずハンカチを外してその顔を見ると、何だかとても不機嫌そうに唇をへの字にしていた。


「何じゃねえよ、あと一か月で初夜、俺とセッ「ちょっと待ってえええ」何だよ、出来んのかって話だよ」

「待って、待ってください!」

「やだ。待たない。もう遠慮しないことにした。今日から毎日練習するから」

「れ、練習!?」

「そう、中断しちゃってたでしょ。そうと決まれば俺の部屋に移動しよう」

「いや何も決まってませんけど!?」

「うるせえ、今俺が決めた」


今までも時折顔を出していた俺様ジョーくんの頻度が、最近高すぎやしないだろうか。

いやそれもカッコいいのは事実なんですけども。

どのジョーくんもおいしく頂く自信はありますが、わたしを頂いてもらう自信はありません。


が、こういう時に逆らうと後がもっと怖いことを知っているわたしは、何も言わずにお姫様抱っこをされるがままだ。


「濡れたタオルをお持ちしましたが……?」

「ああ、ありがとう。ユリアの額に乗せてやって」

「は、はい」


額にひやりとした感触がするとともに、戸惑った様子のエマと目が合った。助けを求め、すがる目を向けようとしたわたし。

だがすぐにジョーくんが立ち上がり、エマが視界から消えてしまった。


「俺の部屋に運ぶから。しばらく誰も近づけるな」

「はっ」


返事をしたのは殿下の従順な侍従であるジョンだ。

誰の助けも得られないまま、わたしはあっという間にジョーくんの部屋へと連れていかれてしまった。



一ヶ月後、わたし達が無事に初夜を迎えられるのかどうか。

今はまだ誰にも分からない。


今のところ、前途は多難である。




END.



これで完結です。

読んで頂いてありがとうございました!

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