74.報告
屋敷の前では、一報を聞きつけたのか両親が待ちわびていた。特に父は、ウロウロと所在なく歩き回っている。
「ほら、行ってこい」
先に降りたテオがわたしを降ろすと、ポンと肩を押してきた。
「ジュリエット!!!!」
すぐに大声と抱擁に包まれた。後ろからは柔らかな抱擁も追加された。父の肩越しに、サラ様が涙ぐんでいるのも見える。
「ジュリエット、無事で良かった……」
「お父様、お母様、ご心配、お掛けしました」
「まあ! その声は何なの?」
このくだり、会う人が追加されるたびにやるのだろうか。
「その辺りも含めて、これから報告してもらうところですよ。伯爵、部屋をお借りしても?」
「ええ、もちろんです殿下。私達もご一緒させていただけますか?」
「当然ですよ。関係者全員……ああ、もちろん例の彼女は除いてですが、全員集めましょう」
「かしこまりました。では準備が整うまで少々お待ちいただきたい」
殿下が頷くと、父は執事のセバスに指示を出しながら屋敷の中へ入っていった。残された母がにっこりと微笑む。
「それなら二人は殿下が滞在されている客室へどうぞ。お茶の用意をさせますわ。はちみつ入りのカモミールにしましょうか」
「お母様、ありがとうございます」
「テオはセドのお手伝いをお願いね。エマは……大丈夫そうね、じゃあジュリエットの部屋へお願い。護衛のお二人も荷物を運んで頂戴な」
テキパキと指示をしていく姿が頼もしい。もうお任せしてしまって大丈夫だろう。
「では行こうか」
以前も殿下が滞在していた客室である。だがまだ来たばかりだったのか、ジョンや他の侍従たちが荷ほどきをしているところだった。
「殿下は、いつ、こちらへ?」
「今朝だな。伯爵からフクロウが届いたのが三日前で、すぐにこっちに向かったから」
「そうなんですか……」
カモミールティーにはいつもより多めのはちみつが入れられていた。喉にじんわりと効いている感じがする。
「気にしてると思うから、先に伝えておくけど。ユリアの侍女、ルネは捕えてある」
「……やっぱり、ルネのせい、だったんですね」
重い溜息を吐きながら言うと、ジョーくんの顔も厳しいものになっていた。
「ああ。ルネが足を払うところをセルジュが見ていたから間違いない。他の証言とも合致したし」
「セルジュが……」
「あいつの視野は人間離れしてるから、視界の片隅で見てたんだって。すぐに捕らえたらしい」
確かダミアンも、セルジュがルネを捕らえていたと言っていた。ということは、あれからずっとルネは捕らえられたままということだ。
「ルネは、何か言ってるんですか?」
「殺意は否定してる。プルーは船から落ちた人間も助けると聞いたから、ちょっと驚かせるつもりだったと」
「は!? 服着せたまま落としておいて!?」
「そういう知識が無いんでしょ。どちらにしろ想像力が皆無としか思えないし、殺意がなかったってのもどうかねえ。あわよくば、とは思ってただろうね」
「・・・改めて、ダミアンに感謝ですね」
「そうだね」
そんな話をしたところでセバスが呼びに来た。
報告の会場はダイニングになったようだ。関係する人間の数を考えると妥当だろう。
ダイニングの上座に殿下とわたしが、右に両親、左はテオ夫妻。そして下座にはエマ、ダミアン、アンリが立ち、ドアの左右にはセルジュとマチアスが立った。
他にも、殿下の後ろには侍従のジョンが控えているし、殿下の護衛達もいる。記録係の侍従も隅に控えた。
なかなかの大人数である。
「よし、じゃあ報告を聞こうか」
ジョーくんが威厳のある殿下の声で言うと、場の空気が一気に厳かなものになった。
そしてダミアンが敬礼をしたまま、一歩前に出た。
「はっ。近衛第四隊副隊長、ダミアン・ロペスであります。今回の警備責任者としてご報告致します」
「ああ、頼む」
そうしてダミアンが今回の経緯を分かりやすく報告してくれた。エマの件はセルジュの目撃証言も加えられているが、推測を挟まずに事実のみを述べている辺りが信頼できる。さすが仕事のできる男だ。
エマの件だけでなく、船長のポールやクレッシェのアルケミスト侯爵ダリウスの証言として、プルーの様子がおかしかったことも報告された。
「なるほど。プルーの様子が……。テオ、ルネ・ルナールはプルーについて何か言っていたか?」
「いえ。賢いと聞いたという発言だけですね。暴走までは予想していなかったようです」
「そうか。その辺りは船長が戻ってきてからだな。ダミアン、他に気になることはあったか?」
「はっ。ございません」
「では下がれ」
「いえ。今回の件で警護すべき対象である主、ジュリエット様を危険にさらした責任を取るべく、ここで殿下に剣の返上を願い出たく存じます」
ダミアンの発言でわたしを含めた一部が衝撃で凍り付いた。
騎士が剣を返上するのは、その任を自ら放棄する時だ。
つまり、ダミアンは今ここで今回の責任をとって騎士を辞めると、騎士爵位も返上すると言っているのである。
わたしが目を見開いている間に、エマがすっと進み出てきた。
「ジョルジュ王子殿下、発言をお許しください」
「……許す」
「ありがとう存じます。今回の件は、わたくしとルナール子爵令嬢の個人的な諍いが原因にございます。その諍いが悪化していったにも関わらず、ジュリエット様への報告を怠ったわたくしにこそ非がございます。結果としてジュリエット様を巻き込み、その御身を危険にさらしてしまったことを深くお詫び申し上げるとともに、側仕えの任を解いていただきたく存じます」
深く頭を下げながらエマが言う言葉を、わたしは見開いた目もそのままに、ただ聞いていることしか出来なかった。
すると次はアンリまで膝をつき、騎士の礼をとった。
「殿下、私にも発言の許可を」
「ああ」
「今、デュポワ男爵令嬢からルナール子爵令嬢との個人的な諍いが原因とありましたが、私も、そしてマノン・メルシエもルナール子爵令嬢とは確執がございました。些細なことだと勝手に思い込み、報告を怠ったのは私達も同じであります。副隊長やデュポワ男爵令嬢に非があるならば、私達へも同じ処分を」
「はーい、殿下! それなら僕も、アルノーが平民風情と馬鹿にされてたり、勤務中にダミアン副隊長にしなだれかかって口説こうとしているのを見て見ぬふりしてましたぁ!」
軽い口調で割り込んできたのは、ピンク髪の子犬顔、セルジュである。こんな口の利き方でも許されるのは、彼の比類なきキャラクターのせいだろう。
「……発言の許可くらい取れ、セルジュ」
渋い顔をしている殿下にもめげず「てへっ」と笑って済ませるセルジュが強い。強すぎる。自己肯定感が高すぎて羨ましい。
けれどそんなセルジュのおかげで、わたしもようやく衝撃から立ち直ることができた。
「殿下、わたしもよろしいでしょうか」
そう言うと、「お前もか」と目だけで言うジョーくんと目が合った。
さっきのはちみつが効いているのか、声はかすれているけれど喉はもう痛くない。ちょっとカッコ悪い声だけど、もう黙っている訳にはいかなかった。
「どうぞ」
「侍女の教育は主の役目でございます。このように、多くの者が気付いていた事実に全く気付かなかったわたしこそ、主としての力不足にございます」
「……それで?」
若干声が硬くなっているのは、次にわたしが王太子妃を辞退するという言葉を続けるとでも思っているからなのだろうか。仕方がないけれど、彼の不安はこんなに短時間では取り除けなかったようだ。
「このような事態になるまで動けなかった己の未熟さを改めて自覚いたしました。殿下のお手を煩わせる事態に、深くお詫び申し上げます。……ですが、幸い、取り返しのつかない事態は避けられましたわ。このことを糧に、今後は殿下の隣を歩く身としてふさわしい振舞いを続けるよう、より一層精進していく所存にございます」
謝罪とともに頭を下げてから顔を上げると、ほんの僅かに驚きを見せたジョーくんと目が合った。
まさか本当に辞退すると思っていたのか。ずっと傍にいるって言ったのに。
(まあ、その後逃げたのは間違いないから、仕方ないか)
失った信用を取り戻すには時間がかかるのだ。一度気持ちを疑われてしまった今、もう一度信じてもらうのに時間がかかるのは当然である。
最も、ジョーくんが疑っているのは、わたしのジョーくんへの好意ではなく、わたしがジュリエットとしてジョルジュ殿下の隣に並び立つ覚悟の方だろうけれど。
「しかしながら、このような事態を引き起こした全責任がわたしにあるのは間違いございません。処罰が必要ならばすべてわたしが受けますわ」
「……いや。そもそも、ルネ・ルナールをユリアの侍女へと推薦したのは母、王妃だ。そして任命したのは私だ。監督責任の前に、任命責任もあるだろう。それに、今回の件はプルーの様子も気になる。先ほどから風も止んでいるようだし、明日には船も帰ってくるだろう。処罰の件は船長達の話を聞いてからにする」
何だか、某「俺が」「いや私が」「いや僕が」「じゃあ俺も」「どうぞどうぞ」な責任の押し付け合いになってしまった気がするが、受け止めてくれたジョーくんに感謝である。
さすがわたしの婚約者は器がでかい。
「とりあえず今日は解散。ゆっくり身体を休めてくれ」
「「「はっ」」」
場はお開きとなり、ジョーくんのエスコートでダイニングを出た。そしてそのままわたしの部屋まで送ってくれた。
「お疲れ。今日のところはゆっくり休んでね」
「はい……」
「ふふ、もう目ぇ閉じそうじゃん。お疲れだね。……友梨亜ちゃん」
「はい?」
眠い目を何とか広げて見上げると、ジョーくんが輝かんばかりに慈愛の笑みを浮かべていた。
「おかえり」
(……っ、今リアルで心臓止まりかけましたが!!!!)
「ただいま、です。ジョーくんも、おかえりなさい」
「……うん。ただいま」
嬉しさを噛みしめているような表情がたまらない。推しのこんな顔だけでも貴重なのに、彼にこんな顔をさせているのは自分だというのが未だ信じられない。奇跡に感謝したい。
「じゃあね、おやすみ」
「はい。おやすみなさい」
こんなふうに日常の挨拶を交わせることの幸せを噛みしめながら、わたしは泥のように眠った。
久しぶりに、ベッドへ入った記憶もなく眠っていた。




