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73.色々



ぽつんと一人残されたところに、物凄い勢いで白馬が駆けてきた。

途中で白馬を降りてからは、もう全速力なのか瞬きする間に目の前にいた。


「友梨亜ちゃん!!」


その勢いのまま手を伸ばしたジョーくんは、その腕の中にわたしをぎゅうっと閉じ込めた。

ぶつかるようにくっついた胸元からは、激しい鼓動が聞こえている。


「良かった……ホントに、いた……」

「ジョー、くん……」


頭まで抱え込むようにすっぽりと抱きしめられ、ぎゅうぎゅうに力を込められた。

いつもの爽やかな香りに混じって、汗の匂いもする。それが落ち着くのにときめく。


ふと身体を離すと、ジョーくんはわたしの頬を手のひらで包み込み、至近距離で見つめてきた。

その瞳が心配そうに、不安げに揺れていた。それだけで、どれほどの心配を掛けてしまったのかが分かる。


「ご、ごめんなさい……」

「……何で、謝るの」

「だって、心配、掛けちゃったから」

「じゃあ……何で、早く帰ってこなかったの」


それを言われると辛い。わたしとしては手を尽くしたつもりだったけれど、こんな風に反則技のような手段で帰ってきてしまった今、もっと早く帰ることが出来たのは間違いない。

わたしの食欲が大暴走していたのも事実だから、余計にである。


「それはっ、その、色々と、あったんですよ」


視線が痛くて俯こうとしたのだが、ジョーくんの手がそれを許してくれない。


「色々あったの? 色々って何かな?」


さっさと白状しろとばかりに、にっこりと微笑んで追い打ちをかけてくるジョーくん。

この圧が怖いのである。


「……チョコを、見つけちゃって」

「チョコ?」

「はい。あの、まだ、飲み物ですけど」

「チョコの飲み物って、それココアじゃん」

「違いますよ、ショコラトゥールです。ついでに、カカオバターみたいなのも、見つけたので、あれでどうにか、チョコを作れないかなと、思ってるんですけど」


枯れた声でも頑張りながら言うと、はああっと至近距離で溜息を吐かれてしまった。

見上げると、ジョーくんはわたしの頬から手を離し、グーと拳を作ったかと思うとわたしのこめかみをグリグリとしてきた。


「いっ! いだだだだだ!」

「くっそ、どんだけ心配したと思ってんだよ。無事で良かったけど、良かったんだけど! いつも通りすぎてすげえ腹立つ!」

「ごごごごめんなさいいいい!!!」


気が済んだのか、グリグリが止まったかと思うとまたぎゅうっと抱きしめられた。


「……ジョーくん?」

「うん。あれ、チョコはさ、すげえ大変だけどカカオバターがあるなら何とかなると思うよ」

「えっ? ホントですか?」


思わず顔を上げようとしたわたしだが、ジョーくんの腕の強さに阻まれた。


「昔、ロケでやらされたから。カカオ豆からチョコレートを作る企画」

「あー、ありましたねえ。だからわたし、カカオバターとか知ってたんだ」

「見てたんなら分かるだろ、すげえ大変なの。二度とやりたくないって思った」

「じゃあ、作り方だけ教えてください! わたしがやります」


魅惑のチョコレートがすぐそこにあるというのに、諦められるはずもない。

やった後でわたしも二度とやりたくないと思うかもしれないが、一回やってやろうと思うほどにはチョコが食べたい。食べたいのである。


わたしの言葉で何故かジョーくんの腕の力が強くなった。わたしの肩にあったジョーくんの顔が、どんどん埋まっていく。

そしてわたしにしか聞こえない声で呟いた。


「……結婚が嫌で、逃げたんじゃないの?」

「え?」

「王妃から、友梨亜ちゃんがずっと思い悩んでたって聞いた。忙しすぎて最近全然笑顔も見てなかったし、二人でゆっくりなんて出来ないし、結果的に仕事ばっかり押し付けてたじゃん。だから、さすがに嫌になったのかな、って」

「えええっ!!!」

「……違うの?」


顔を上げたジョーくんと目が合う。まるで捨てられる子犬のような瞳をしていて、胸がグッと詰まった。

慌てて首を横に振る。


「そ、そんなわけ! そりゃ、ちょっとは、寂しかったけど……」

「だよね、ごめんね」

「……ずっと、傍にいるって、言いました」

「うん。かわいい」

「な、に言って、もう! だから、その、マリッジ・ブルーみたいな、ほんとにわたしでいいの? っていう」

「良いに決まってるでしょ。俺から申し込んだの忘れてない?」

「そうなんですけど! だから、やっぱり、マリッジ・ブルーだったのかな」


今、こうしてジョーくんを目の前にしている時も、離れていた時も。

彼の隣を自ら離れるなんて、もう絶対に思わない。

隣に並び立つと決めたあの時、それがわたしのこの世界で生きるための覚悟だったのだ。


「そっか……てか、その声は何なの?」

「帰りの手段が、怖すぎて、叫び過ぎました」

「あー、すっげえ揺れてたもんね」

「死ぬかと思いました。遭難より怖かった」

「よしよし」


さっき花ちゃんがしてくれたように、優しく頭を撫でてもらえた。だけど甘さが全然違う。きゅんきゅんする。


「あれ、北国のダウナーだよな?」

「さすが、ご存じで」

「実物見るのは初めてだけどね。マジでプテラノドンだな」

「でも、アダーリ様に、懐いてて、犬みたい」

「へー。あのお姫様に送ってもらったの? 仲良くなったんだ、さすがだね」


ジョーくんに褒めてもらえるのは何よりも嬉しい。

きっとわたしもダウナーのように、ジョーくんへ擦り寄っていることだろう。尻尾があったらぶんぶん振りまくっている自覚はある。


「クレッシェの、ウィンベリー公爵夫人になられたみたいで」

「へえ、聞いてたけどもうクレッシェにいたのか。よし、じゃあ俺からも礼を言わないと。歩ける? 抱っこしようか?」

「とんでもない! あ、歩けます」


こんな衆目の中で抱っこ、しかもこの人の言う抱っこはお姫様抱っこに違いないので、そんなことをされるわけにはいかない。

感動の再会を見せつけてしまったことに気付いた今、それだけでも恥ずかしすぎるというのに。


「遠慮しなくていいのに」

「して、ません!」


ジョーくんに密着気味のエスコートをされたまま、ダウナーの周りに集う皆の元へ向かう。

殿下の姿を認めたアダーリ夫人が、隣国の王女としてではなく隣国の公爵夫人として礼をとった。


「やあ、姫。いや、もう夫人になられたのか。この度はご結婚おめでとう」

「ありがとう存じます、ジョルジュ殿下。この度、クレッシェのウィンベリー公爵へ嫁ぎ、アダーリ・ウィンベリーとなりましたわ。このような機会でご挨拶させて頂けるとは思ってもみませんでしたが、どなたよりも早く貴国へご報告できたことも何かの縁でございましょう。ジュリエット様と共に、今後は仲良くしていただきたいものですわ」


前回お会いした婚約披露の夜会とはまるで違う、親しみの込められた態度である。さすがのジョーくんも驚いているようだが、もちろんその感情には蓋をして「ぜひ」とにこやかに握手を求めていた。


「それに、我が婚約者のことも感謝する。無事に送り届けてくれて本当にありがとう」

「ふふ、何とか無事に、ですけれどね。多少乱暴な手段でも、早めにお帰り頂いた方がいいかと思いましたの」

「ああ。あと一日でも延びていたら、無理やり船を出しかねなかった」

「殿下がおっしゃると冗談には聞こえませんわね。相変わらずで安心致しましたわ」


そういえば、あの夜会ではこの方にジョルジュ殿下を諦めていただくべく、ジョーくんが見せつけるように甘い態度を演じていたのだった。溺愛されていると思われているのだろう。

最近は、それが本当になりつつあって怖い。


「貴女もご結婚されたようだから、分かるだろう? 愛する人と離れている時間がどれほど長いものなのか」

「まあ……そう、ですわね」


ポッと頬を染めるゴージャス美女の可憐さと言ったら。画家を呼んで来い、画家を!! と叫びたいくらいである。


「お疲れだろうし、今日はこちらでゆっくり……と思ったが、早めに帰っていただいた方が良さそうだ。この礼は必ず、近いうちに貴国へ伺った時にと誓おう。ご夫君……ウィンベリー公爵にもどうかよろしく伝えてくれ」

「ええ、その……夫も、殿下がどれほど心配なさっているかと心を痛めておりましたの。その言葉しかとお伝えしますわ」


(夫って言うの、照れてたあああ!! かあわいいい!!)


ニマニマしてしまいそうな表情を、微笑みで何とか押しとどめる。


「では、暗くなる前に戻らせていただきますわね。ジュリエット様、また近くお会いできるのを楽しみにしておりますわ」

「ええ、アダーリ夫人。本当に感謝いたします。お気をつけてお帰りくださいませ」

「ふふっ、じゃあね」


そう微笑んだアダーリ夫人は、いつも通り妖艶な美女の空気を纏っていた。

そして身軽な動きで小屋からダウナーに登っていく。

その動きに見とれていたわたしは、ジョーくんに腕を引き寄せられてハッとした。


「危ないから下がろう」

「あ、はい」


全員が一定の距離を取ったのを確認したアダーリ夫人が何やら合図すると、ダウナーは再び羽ばたきを始めた。

二回も乗ったのに、こうして外からその動きを見るのは初めてである。


バッサバッサと聞こえていたのは羽ばたきの音に違いないが、それは浮かび上がるためのものではなかった。

浮かび上がるのは、その場でダウナーがジャンプしていたようだ。そして羽ばたきで姿勢を保っている。


アダーリ夫人が手を振ると、ダウナーはあっという間に上空へと飛んで行った。ものすごいスピードである。


「行っちゃった……」

「俺らも戻ろうか。ご両親も待ってるよ」

「はい」


振り向けば、見慣れた景色が目に入る。

肩に入っていた力がようやく少しずつ抜けていくのを感じた。


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