69.再会
『さあ、それはさておき。何が食べたい? わたしのおすすめはハーブ焼きね。カニもエビも食べるでしょう?』
『もちろん! じゃあラミアのおすすめを頂くわ』
ハーブ焼きだなんて、聞いただけでよだれが出てしまいそうだ。
エビもカニも、基本的には茹でてそのまま食べる。だけどせっかくなら、焼きガニも食べたいしエビフライだって食べたいしカニグラタンとかエビマヨとかも食べたい。
食に貪欲なわたしが顔を出す。
(こういう時、ジョーくんがいたら一緒に色々考えられるのになあ……)
帰ったら、とにかく手紙を書こう。|イブート≪フクロウ≫が嫌がるくらいの重さになるかもしれないが、伝えたいことがたくさんある。
日常で起きたとりとめもない話を聞いてほしいし、一緒に笑ってほしい。おいしいごはんを食べて、おいしいねって笑い合いたい。事件なんて起きなくてもいい、ただそんな日常が続いてほしい。
こんな気持ちがずっと続くのが、愛ってやつなのかもしれない。
ハーブ焼きは大変おいしかった。
バジルとコショウしか分からなかったけれど、色んなハーブを細かく砕いたものがかけられていて、その香りが食欲をそそるのだ。
カニもエビも殻が焦げ付くくらいの焼き具合で、中はプリプリホクホクである。
『うん、とってもおいしい!』
『お口に合って良かった。わたしも大好きなのよ』
『いくらでも食べちゃえるわよ』
(ホント最高! 酒をくれ、酒を!)
表面上はにこやかに上品に食べ進めながらも、脳内の友梨亜はあまりのおいしさにオヤジ化していた。
出されたものをすべて綺麗に食べ終えたわたしは大満足であった。
ニコニコ顔で食後の紅茶を飲んでいると、コンコンとドアがノックされた。
『あら、来たようね。どうぞ、お入りになって』
先ほど言っていた常連客だろう。ラミアが声を掛けると、ゆっくりとドアが開いた。
給仕に連れられて顔を出したのは、予想もしなかった人物だった。反射的にサッと音もなく立ち上がり、片膝を曲げて礼をとる。
「お久しぶりね、ジュリエット様」
「はい。お久しゅうございます。ジュリエット・ボネがアダーリ・フォン・ケーニヒライヒ王女殿下にご挨拶申し上げます」
そう、すっかりその存在を忘れかけていた、北国の赤髪セクシー王女殿下である。
元はといえばこの人のせいで……いや、おかげでジョーくんと婚約することになったのだ。そう思うと、今となっては感謝を捧げたいくらいである。
「まあ、そのような堅苦しい挨拶はお止めになって。それに、わたくしはもうケーニヒライヒではないのよ」
「……えっ?」
驚いて顔を上げると、あの頃よりは少しふっくらとしたアダーリ姫がいた。
艶やかな赤髪に真っ赤な口紅、口元のホクロのセクシーさは変わっていない。だが服装がクレッシェ独特のゆったりしたラインのドレスを着ているせいか、記憶の中の彼女よりももっと穏やかに見える。
そんな姫は、わたしの驚いた顔を見てクスリと笑った。
「まだ、正式に発表はしていないのだけれどね。このクレッシェのウィンベリー公爵に嫁いだの」
ウィンベリー公爵といえば、このアルケミスト侯爵領のお隣さんである。リロイ王国との貿易を始めるにあたって、色々と協力をしてくださったと話には聞いている。
だが、現公爵はわたしの父ほどの年だったはず。代替わりでもしたのだろうか。
外国の話が伝わるのが遅いのは仕方がないが、驚きである。
「まあ……それは存じ上げず失礼いたしました。ウィンベリー公爵夫人」
「やだ! 夫人だなんてそんな、でもそうよね、嫁いだのだからそうなのよね」
突然もじもじとした姫に驚きながらも表情を変えずにラミアの方をちらりと見る。ラミアはふふふっと楽しそうに笑っていた。
ラミアは大陸共通語はあまり話せないが、ウィンベリーの名前が出てきたことから話題ぐらいは分かるはずなのに。
どういう事情で嫁いだのかは分からないが、とりあえず姫が幸せそうで何よりだ。
ジョルジュ殿下のことはすっぱり諦めてくださったようで一安心である。あの時は身構えていたのにあっさりと引かれて拍子抜けしたから、何となく気になっていたのだ。
『アダーリ様、とりあえずお座りになられては?』
『あら、そうね。ラミア夫人もお久しぶりね。お身体に変わりはないかしら』
『はい。順調に大きくなっていますわ』
『それは良かったわ』
アダーリ姫、いや夫人の席も用意されて、そんな会話を交わしながら席についた。
わたしはアダーリ夫人とお会いしたのがあの婚約披露の夜会だけだったこともあり、友好的な雰囲気に未だ戸惑っている。わたしは嫌われていたのではないだろうか。
『ジュリエット様は災難だったわね。無事で何よりよ』
『ありがとうございます。アルケミスト夫妻に助けて頂きましたので、本当に感謝しております』
『今日はたまたまこの店に予約を入れていたのだけれど、貴女がいるって聞いて本当に驚いたの。でも良かったわ、貴女とはちゃんと話したいと思っていたから』
きた。この前振りは怖いやつだ。
何を言われても良いように、お腹にぎゅっと力を込めてアダーリ夫人を見据えた。
だが、彼女の口から出てきたのは、わたしが全く予想していないものだった。
「貴女には悪いことをしたと思っているのよ。婚約披露というおめでたい場で、あんな態度をとってしまってごめんなさいね」
「え……」
「ふふ、わたしはもうケーニヒライヒではなくなってしまったから言うのだけれど、あの時は父が……王がね、何としてでもリロイに入り込め、殿下に取り入れとうるさかったのよ」
(えー!! それって国家転覆? いや乗っ取り? そんな計画サラッと暴露しないで欲しいんですけど!!)
「そう、だったのですね」
「もうリロイにも知られていると思うのだけれど、やっと父が亡くなってね。兄が跡を継いだところよ」
「……それも存じ上げませんでした」
「つい最近のことだから。兄は穏健派だし、リロイとの小競り合いもなくなると思うわ。それでやっと、わたくしも好きに縁談を選べるようになったというわけ」
「つまり……ジョルジュ殿下に婚約を申し入れていたのは、本意ではなかったと?」
「当然じゃない! あら、やだ。ごめんなさいね。ジョルジュ殿下はとても素敵な方だと思うけれど」
当然である。わたしの推しなのだ。あんなに素敵な人は他にいないと自信を持って言える。
だが、アダーリ夫人は眉を下げ、とても言いにくそうにしながらもハッキリと言った。
「……わたくしには、とても頼りないというか」
「ええっ!?」
あんなに頼れる男なのに? 基本優しいのにたまに意地悪だし、優しい笑顔の裏で結構腹黒いことも考えて自分の思い通りにしちゃう男なのに? わたし、翻弄されまくってますけど?? という疑問が通じたのか何なのか、アダーリ夫人は緩やかに首を振った。
「違うの、そういうことではなくて。性格がどうこうではなく、年齢的にね?」
(あああー!!! 分かった、つまり姫はオジ専? いや枯れ専? とにかくそういうやつね! 分かる分かる、性癖はどうしようもないもんね!)
友梨亜は枯れ専も腐女子も百合もおねショタも、性癖としては理解できる包容力の持ち主である。もちろん実際に行動するにあたっては法令順守、犯罪はダメ絶対が鉄則であるが、妄想は好きにすればいい。
「なるほど。それならば確かにアダーリ様にとってはジョルジュ殿下は頼りなく思えるでしょうね」
「そうなの! 分かってくださるかしら」
「ええ。ウィンベリー公爵閣下はきっと素敵な方なのでしょうね」
『お二人とも、内緒話が終わったならわたしも仲間に入れてくださいな』
絶妙のタイミングで話に割り込んでくるラミアはさすがである。
『ふふ、ごめんなさいね。今はわたくしの旦那様がどれほど素敵な方なのかをジュリエット様にお話するところよ』
『まあ。ジュリエット、なんて迂闊な質問をするのかしら。その話は一日かかっても終わらないわよ』
『そんなに!? どうしましょう』
『ラミア夫人ったら! そうだ、せっかくだからジュリエット様にもと思って、アレを持ってきたのよ。ここで出してもいいかしら?』
アレ? アレとは何だろうか。
『もちろんですわ! わたしにも頂けるのでしたら』
『当然じゃない。でも貴女は控えめにしておきなさいな』
『ええ、とっても惜しいですが。たくさん頂くのは産まれてからのお楽しみにしておきます』
アダーリ夫人が侍女に指示をすると、侍女が小さな箱を持って入ってきた。両手に乗るほどの小さな薄い箱である。
そしてグラスが用意され、侍女がその箱を開けた。
その途端、ふわりと広がる香ばしい香り。
ぶわっと一気に懐かしさのようなものがこみあげてきた。
『……これは?』
『うふふ。良い香りでしょう? ウィンベリー公爵領自慢の飲み物なの。ショコラトゥールよ』
(え、待って! 絶対あれじゃん! ショコラってもう、チョコじゃん!!! うっそ!!!)
わたしが驚いている間にも、アダーリ夫人の侍女がうやうやしく準備を進めている。
おそらくカカオ豆と思われる黒い粉と、はちみつのようにとろりとした液体、それにあたためた牛乳を混ぜはじめた。
(ココアなの? いやホットチョコレートってやつ?? どっちにしろやばい、早く飲みたいぃぃぃ!)
ジョーくんがあんこと知り合って真っ先に饅頭や餡子パイを開発したように、我がリロイ王国のスイーツ事情が壊滅的なのである。
焼菓子といえば庶民ならクッキー、貴族ならフィナンシェ。あとはフルーツくらいだっただろうか。
ジョーくんのおかげで王城だけはスイーツの種類が豊富なのだ。
だがチョコレートなどという魅惑の存在はまだない。
(もう絶対持って帰る! リロイのどっかでカカオ育ててもらうんだから!)
わたし達がチョコレートと聞いて思い浮かべる固形のチョコを作るには、ものすごい大変な時間と手間がかかる。だけどこうやって飲み物にするくらいなら、何とかなるだろう。
大発見である。
遭難のことなど吹き飛ぶくらいに、むしろして良かったと心から思えてしまうほどに嬉しい。脳内は拍手喝采、万歳三唱していた。




