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67.クレッシェ



集まっている人々は、どう見ても庶民の皆さんだった。

わたしと目が合うと、みんな驚愕の表情で目を見開いていく。


(あー……そっか、滅多にないレベルの美少女だったわ、わたし)


忘れてしまいがちな事実を心に刻み、にこっと微笑んでみた。

そしてアンリに手を引いてもらいながら砂浜を進み、人々に近づいていく。


『こんにちは、クレッシェのみなさん』


内心は言葉が通じるのかびくびくしながらも、表には絶対に出さないように細心の注意を払いながら微笑む。


『しゃべった!』

『生きてるのか?』

『今しゃべったぞ!』

『人形じゃないのか!?』

『おい、だれか領主様呼んで来い!』


人々は完全にパニックを起こしている。慌ただしく何人か駆け出していったのは、領主様とやらを呼びに行ってくれたのかもしれない。正直助かる。

つうか生きてるのかって何だ。歩いてるし喋ってるんだから生きてるだろうに。


『どなたか、ここがどこなのか教えてくださらない? わたし達は遭難してしまったの』


ほんの少し眉を下げながら言うと、人々の表情には一気に同情が含まれた。若干チョロい。


『こ、ここはサルーンだ』


一人のおじさまが答えてくれた。日に焼けた立派な身体のおじさまだ。きっと漁師なのだろう。


『サルーンというと、アルケミスト領かしら』

『そうだ。知ってるのか?』

『ラミア夫人とはお友達なの』

『や、やっぱり! じゃああんたがあの、リロイの女神か!』


(またなんか新しいの出てきたあああ!!!)


花の妖精、百合の聖女ときて、リロイの女神である。段々ランクアップしている上に、今度は国まで背負ってしまった。重すぎる。


『やっぱりな!』『人形みたいって言ってたもんな!』『女神様!』と勝手に盛り上がるのは勘弁してほしい。どう考えても絶対に出所はアルケミスト夫妻である。というかラミア夫人だろう。


『……とにかく、誰でもいいからここの長のところへ案内してくださる?』

『それには及ばねえです、女神様! ちょうど領主様、ダリウス様がここの別荘に滞在してるんで、呼びに行ってます』

『あら、そうなの? それはありがとう』


ナチュラルに女神様呼びしてくるのはどうかと思うが、もはやわたしに訂正する気力はない。好きに呼んでくれたまえ。


「ダリウス…領主がここの別荘に滞在してるから、呼んでくれてるみたい。このままポール達も待てるし、ちょうどいいわね」


振り向いてダミアンに告げると、ダミアンは頷いて微笑んだ。ちらほらいた女性陣からきゃあっと歓声が上がる。さすがダミアンだ。イケメンは全国共通らしい。


「分かりました。ではあの木陰に移動しましょうか」


海沿いの平野にある大きめの木を指すダミアン。エマはもう手荷物からシートを出している。


「そうね。そうしましょう」


わたしは頷くと、もう一度集まっている人々に向き合って微笑んだ。


『まだ船に人がいるの。順番に降りてくるから、わたし達はあの木の近くにいるわね。ダリウス様が来たらそう伝えてくださる?』

『はっ、はい!』


少しのやり取りだけでも、ここの人々が気のいい人々ばかりだと伝わる。それはきっとダリウスやラミアの統治もいいものだからだろう。


エマが木陰にシートを敷いてくれたので、遠慮なく座らせてもらった。


海を見るとボートはもう戻っていて、船員たちを乗せている。今回はわたしを乗せて少しだけ走る予定だったから、大きな荷物もない。それは良かったのだが、逆に旅や滞在の準備も全くないのである。


(アルケミスト夫妻には迷惑を掛けるわね……)


御礼は後日しっかりとすることにして、今回ばかりはお世話になるしかない。

繋いでいたプルーが死んでしまったからには、船を借りるかプルーを買い上げるかしか帰る方法はないのである。



ボートが三往復し、ポールの姿が陸に見えた頃、大きな足音が聞こえてきた。

ドッドッドッドッという規則正しい足音に混じって、カラカラと車輪の回る音も聞こえる。


道の方へ視線を遣ると、浮かび上がってきたのは六本足の馬、シュヴァールのシルエットではなかった。

大きな馬車を引いていたのは、二本足で立つ大きなピンク色のトカゲのような生き物だった。


(いやあああ、待って、トカゲっていうか羽毛あるし! これもう恐竜!! 恐竜じゃん!)


シルエット、というか姿形はどう見てもティラノサウルスのような恐竜である。羽毛がある最新バージョンの恐竜だ。

だが博物館で見た化石の全身骨格よりはかなり小さいように思う。


そして何より異様なのが、羽毛の色がピンク色なことだ。しかもパステルピンク。爪はマカロンラベンダーと言えば伝わるだろうか。どこぞのユニコーン配色である。顔はティラノなのに。

色合いと顔とシルエットがアンバランスすぎて、全体の印象としては異様すぎるのである。


そんなファンシー恐竜が二匹並び、大きめの荷馬車が付いた豪華な馬車を引いている。シュヴァールと同じくらいのスピードだ。


わたし達がいる木陰の少し手前で停まった馬車から降り立ったのは、予想通りのダリウスである。

そしてその後ろからはお腹の大きなラミアも。


『ジュリエット!!』


ラミアがわたしを見た瞬間駆け出そうとした。もちろんダリウスが慌てて止めていたけれど、見ているこちらがヒヤヒヤしてしまう。まさかラミアが妊娠中だったとは知らなかった。

わたしも立ち上がり、足早に二人の元へ向かう。


『ダリウス、ラミア!!』

『おいおい、本当にジュリエットじゃないか。これは一体どういうことなんだ?』

『ジュリエット、無事で何よりよ! 知らせを聞いたときは驚きすぎて産まれるかと思ったわ』

『ごめんなさい。御迷惑をお掛けするわ』

『迷惑だなんてとんでもない。ずっとジュリエットにもクレッシェへ来てほしかったんだ。歓迎するよ』

『そうよ。わたしも来てくれて嬉しいわ。せっかくだからゆっくりしていって頂戴』


侯爵夫妻とは思えぬ気さくさで迎え入れてくれた二人の優しさが心に染みる。


『ありがとう……本当に助かるわ』

『船員たちもみんな無事かい?』

『ええ。船も無事よ。プルーだけが死んでしまったの』

『そうなのか。奇妙なこともあるものだな』

『奇妙?』


ダリウスの言葉に首を傾げる。


『ああ、プルーが寿命を迎えるときは、身体の色がゆっくりと変わっていくんだ。ケガなどの出血で死ぬ時もそうだ。死んだプルーはみんな赤い。だがあのプルーは死んでいるのに色が変わっていない』


そう言われて船の方を振り向いた。

船に繋がれたままのプルーは海面に浮いているが、確かにその色は青いままである。足先は少しだけ赤くなっているように見えるが。


『本当だわ。どういうことかしら』

『船長はいるのかい? 話をしたい』

『ええ。ちょっと待って』


ポールはまだ船員たちを誘導しているところだ。だが船員たちはもう既にみんな降りているし、問題はないだろう。


「アンリ、ポールを呼んできてくれる?」

「はっ」


すぐさまアンリが駆けていく。


『さて、航海のことは船長に聞くとして。君がここにいる経緯を聞いても?』

『ちょっとダリウスってば! とりあえず移動しましょうよ。こんなところじゃ落ち着いて話もできないわ』

『あ、ああ。そうだな。ジュリエット、船員はあそこにいるだけで全部?』

『ええ。全部で十五人と聞いているわ。それと船長』

『ということはジュリエットを入れて全部で……二十人か。大丈夫そうだな』

『お世話になります』


そうしてわたし達は、ファンシーな恐竜が引く馬車と荷馬車に分かれて乗り込み、アルケミスト侯爵家のサルーン別荘へと向かったのだった。


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