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65.発覚



「ジュリエット様」


エマの声に振り向くと、暗い顔をしたエマと、そんなエマを支えるように寄り添うダミアンがいた。


「エマ。話を聞かせてくれるのね?」


エマがこっくりと頷いてくれたので、皆で船室に戻った。アンリはドアの外に立ってくれている。


船室には船員用のベッドと椅子がある。

わたしが椅子に座り、エマとダミアンは並んでベッドに座らせた。エマの顔色がとても悪かったからだ。


「顔色が悪いわ、エマ。言い辛い事なら無理しなくてもいいのよ」


わたしがそう言うと、エマは慌てたようにプルプルと首を横に振った。


「でも……」

「ジュリエット様。私からご説明させていただいてもよろしいでしょうか」

「ダミアンが? 事情を知っているの?」

「はい。元はと言えば、私が原因なのです」


何が何だかさっぱりだが、こんな顔色のエマに話をさせるよりは先にダミアンの話を聞いてもいいかもしれない。


「分かったわ。エマが良いなら、ダミアンが話して頂戴」


わたしが頷くと、ダミアンはエマに優しく問いかけた。


「エマ嬢。私から話して構わないね?」


その声に甘さが含まれているようでドキリとした。

エマは不安そうにダミアンを見上げ、一度わたしに視線を遣ったあと、ダミアンに向かってかすかに頷いた。

それを確認したダミアンが、すっと姿勢を正してわたしに向き直る。


「実は、私はこのエマ・デュポワ嬢に求婚しております」

「えっ!!!???」


(待って? 求婚? エマに? えええ? さっきの言葉は確かにちょっと甘いかもと思ったけど、求婚? でもダミアンってバツイチ、確か前の奥様を忘れられなくてどうとかってじゃなかった?)


一瞬でそんなことを考えながらエマを見れば、ほんのりと頬に朱がさしていた。さっきまであんなに顔色が悪かったというのに。照れているエマがレアすぎてかわいい。


「……ちょっと、驚きすぎてしまったわ。ひとまず、おめでとうと言わせてもらおうかしら」

「いえ、返事はまだ頂いておりませんので」

「そうなの!?」


(でもエマの顔、めっちゃ前向きじゃない? あんな顔しておいて保留なの!?)


「はい。……迂闊にも、私がエマ嬢を誘っているところを、ルネ・ルナール子爵令嬢に目撃されてしまいまして」

「ルネに?」


確かにそれは痛恨だろう。ルネは基本的におしゃべりなのである。


みんなの人気者であるダミアンは、前の奥様をずっと忘れられずにいるからこそ手に入らないというのは暗黙の了解だった。

そんな人がエマを口説いていたなんてスキャンダルに、ルネが食いつかないわけがない。


「はい。大変言いにくいのですが、その、ルナール子爵令嬢には以前から言い寄られておりまして」

「はっ?」

「もちろんお誘いはすべて断っておりますが、その……家のことを出されますとあまり強くは言えず」


(待って待って、ルネってダミアン狙いだったの? そういえばこの里帰りに行きたいって言い出したの、マクシムとダミアンが代わるって決まってからだったわね? そういうことなの?)


「その後、エマ嬢への嫌がらせのようなものを始め」

「なんですって!?」

「連絡事項の通達をエマ嬢にだけ怠ったり、私物をなくされたりと、一つ一つは大事になるようなものではなかったので、ジュリエット様への報告をすべきか悩んでいたようです」

「……すぐに言って欲しかったわ」


いつからだろう。そんな素振りはどちらも見せなかったのは、さすがプロだと言うべきなのかもしれない。

だが、わたしにとってエマは家族同然の存在である。そんな辛い思いをさせたまま傍にいたなんて。


「エマ……ごめんね、気付かなくて」

「いえ! ジュリエット様に、何かあればすぐに言うようにと……前もって言われていたのに、申し訳ありません。わたくしが躊躇ったせいで、こんなことになるなんて」

「え? 待って、エマが落ちたのもルネの仕業なの!?」


さすがにそれは犯罪、レッドカードである。

わたしが驚いて言うと、エマはそっと視線を伏せた。わたしはダミアンに促すような視線を送る。


「私ははっきりとは見ていませんでしたが、エマ嬢のすぐ後ろにルナール子爵令嬢がいたのは事実です。そして、エマ嬢は誰かに足を払われたと。さらに、アンリがルナール子爵令嬢の不審な動きを目撃していました」

「不審な動き?」

「エマ嬢が渡し板を歩き始めるまでは不自然なほど距離を縮めていたのに、落ちた途端、すぐ後ろに下がって陸に戻っていたようです。何が起こったか理解していないと対応できない速さじゃないかと疑わしいと」


そう言われてみると、出航前の会話でルネが余裕の笑みを浮かべていたことさえ気になってくる。あの笑みは、元々乗るつもりがなかったからこその余裕だったのではないだろうか。

話し続けるダミアンの表情は苦々しい。


「そしてこれが決定的なのですが、陸に残っていたセルジュがルネを拘束していたのが見えました」

「セルジュが……」

「はい。会話は聞こえませんでしたが、両手を拘束していました。おそらくその瞬間を見ていたのではと思います。彼は視野がとても広いですから」

「何よ、それ……」


身体中が沸騰しそうな、これは怒りの感情だ。


(つまりルネが、エマを海へ落としたということ……)


それも、好きな人に相手にされない苛立ちを、彼の想い人にぶつけるためだけに。

とてもじゃないが、絶対に許されない行為である。


立ち上がって、エマの隣に座る。そしてぎゅうっと抱きしめた。

いつもはわたしが抱きしめられている側だから、わたしがこんな風にエマを抱きしめるのは初めてだ。


「エマ……無事で良かったわ、本当に」

「ジュリエット様……」


「わたしは、エマを姉だと思っているわ。心配くらいさせて欲しいし、エマの事で迷惑だなんて何も思わないから」

「……はい。申し訳ありません」

「許します。その代わり、これからは何かあったらすぐ言うこと」


わざと胸を張って言うと、エマは少し口元を緩めて頷いた。


「わたしに言えなくても、ダミアンには言ってね。ダミアンに言えないことなら、わたしに相談して」

「えっ」

「うふふ、わたしがエマの気持ちを見誤ると思う?」


自信満々ににっこり笑うと、エマはポッと頬を染めた。かわいい。可愛すぎる。

エマの向こう側に居るダミアンにはこの表情が見えていないのは残念だ。


「ダミアン。教えてくれてありがとう。ルネのことはわたしが絶対に何とかするから任せて」

「はっ」

「エマ。そういうことだから、ダミアンにちゃんとお返事してあげてね?」

「……はい」


何となく空気がピンク色に変わっていくのを肌で感じ取ったわたしは、もう一度エマをぎゅうっと抱きしめて耳元で「がんばって」と囁いてから立ち上がった。


「じゃあ、わたしはアンリと一緒にポールの様子を見てくるわね。二人はわたしが戻ってくるまで休憩時間とします」


腰に手をあてて偉そうに言い切ると、ダミアンがすっと膝をついて頭を下げてきた。


「かしこまりました、我が主」

「ふふ、ゆっくりしているといいわ」


エマにはウインクを決めてから部屋を出た。こういう時にウインクをかませるようになったのは、きっとジョーくんの影響だ。


(あーあ、ジョーくん元気かなあ……。こんなことになるなら、もっとフクロウ飛ばしておけば良かったなあ。無事に帰れたら……ダメだ、こういうのフラグって言うんだった)


思考を止めるように首を振りながらドアを開けるとすぐそこにアンリが居た。


「状況は変わりない?」

「はい。特に船のスピードも落ちていませんね」

「そう。じゃあ一度ポールの様子を見に行くわ」


船室を出て操作室の方へ向かう。船内はもう慌ただしさを感じない。

遭難してしまったという危機感もあまり感じないのは、ポールをはじめとした船員たちに焦った様子が見られないからかもしれない。


操作室には舵輪を操作している船員が一人と、その横で何やら真剣に見ているポールがいるだけだった。

ノックをするとポールが顔を上げ、扉を開いてくれた。


「ポール、状況はどう?」

「ああ、このままならクレッシェまでは大丈夫そうだ。でもクレッシェの港までは無理かもしれない。手前の砂浜に停めるしかないかもな」

「そう……。向こうに先に知らせる方法は何かあるの?」

「ああ、船用の信号がある。もう少し岸が近づいたら送る手筈になってる」

「お願いね。無事にクレッシェに着いてからは、わたしがあなた達を守るから」

「ガハハハッ、そりゃ心強いや。任せとけ、俺が船長なんだから問題ない」


腕の筋肉を見せつけるように叩きながら、ポールが笑う。


「お嬢様はのんびり景色でも眺めてな。あんまり身を乗り出すんじゃねえぞ」

「だから! 子どもじゃないんだってば!」


ついつい言い返してしまうのが子どもっぽいと言われればそれまでである。


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