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62.この国



デュポワ家での夕食はとても楽しい時間となった。


男爵夫妻は本当に人が良く、わたし達一行を客としてもてなしてくれた。

エマやルネ、そして最後まで固辞していたダミアンも一緒にテーブルに招いてくれて、王都の話をせがんできた。

なかなか行く機会がないから、と言いつつわたし達が話しやすい空気を作り出してくれるところはさすがである。


わたしからはレオンやテオの結婚式の話や、修道院や孤児院を巡っていた時の話。

ダミアンはさすがに話題豊富で、騎士団での苦労話や失敗話で笑わせてくれたり、おいしいものを出すお店の話を教えてくれたり。

ルネも若い女性ならではの話題で、王都でのファッションやスイーツなどの流行りを詳しく教えてくれた。


エマは出しゃばらずにこにこと相槌を打つことが多かったのだが、夕食後もダミアンにプーゲの討伐話を詳しく聞きたいという男爵夫妻と共に残ったので、きっとゆっくり話すことが出来たと思う。

わたしは明日に備えて早めに眠るべく、ルネを連れて部屋に戻った。



アンリはもう部屋にスタンバイしてくれていた。まだ予定より早い時刻だ。

せっかくなので寝る前のティータイムに付き合って頂こうと席を勧め、ルネと共に女子三人で簡易お茶会だ。


「今日はカモミールティーがいいわ。ルネ、はちみつもよろしくね」

「かしこまりました」


そう答えながらも、ルネからはどことなく不服そうな雰囲気が出ている。

カモミールティーはわたしが寝る前によく飲むお茶の一つだが、はちみつを入れるのは久しぶりだ。今日は少し甘めにしたい気分だったのだが、その一手間が面倒だっただろうか。


移動続きなのが辛いのは皆同じだが、今回はわたしの我儘に付き合わせている自覚があるため、わたしも少し気まずいのである。


とはいえ、ルネがいれてくれたはちみつ入りのカモミールティーはおいしかった。

が、安易にこのようなお茶の席を設けてしまったわたしはやはり、どこか頭のネジが緩んでしまっているようだ。


(話題が……ないわ……)


そもそも、ルネはアンリを嫌っているのか見下しているのか分からないがとにかく軽視しているし、アンリは気にしていないかもしれないが元々寡黙で余計なことを話さないタイプである。


こんなとき日本人お得意の天気の話は、四季があって天候が不安定な日本だからこその話題だ。

ここは一年中穏やかで雨もしとしとレベルなので、よほどの悪天候がない限りは誰も天気の話などしない。


かといって先ほどのディナーにアンリは参加していないから「ごはんおいしかったよね~」などという話題も禁句である。


わたし達に共通の趣味などあるわけもないし、恋バナはこの二人の前では暗黙のタブーである。


沈黙の中、カップの音だけがかすかに響く。


「……ルネは、ご実家には顔を出しているのかしら」


沈黙に耐え切れず出した話題は無難なものだったはずだ。

姿勢良くお茶を飲んでいたルネがカップを置いて頷いた。


「はい。わたくしの実家はルナール子爵家ですので、王都にも近いのです。日帰りできる距離ですから、休みが一日でも顔を出せるのですわ」

「そうだったわね。ルグラン公爵領とラフィット伯爵領の間だったかしら。いいところね」


子爵領なので、日本でいえば町くらいになるだろうか。ここデュポワ男爵領が村と考えれば、町に近いだろう。

王都が首都東京、公爵領が大阪などの大都市、侯爵領がもう少し地方の政令指定都市、伯爵領が市、子爵領が町、男爵領が村。

もちろん規模は比較にならないほど小さいが、イメージとしてはそんなものだ。


しかし地理的には、東京を大阪などの大都市が囲み、さらにその周りを政令指定都市が囲み、市はその周りに点々と存在し、隙間を埋めるように町や村がある。


そのせいか王都に近いことはある種のステイタスとなっている。

男爵領や子爵領でも地理的には王都に近いところもあるので、そういったところは同じ爵位の中でも嫁ぎ先や婿入り先として人気が高いという。

ルネがドヤ顔で日帰りできることを強調するのにはそんな理由があるのだ。


「はい。ルグラン領の領都を通る道ですので治安も良く、買い物にも困りませんの」


(池袋へ買い物に行くとドヤっていた一部の埼玉県民みたいなものかしら)


友梨亜の実家は地方であり、大変な田舎である。

さすがにここデュポワ領ほどとは言わないが、ボネ伯爵領と似たようなレベルなので、そういったマウンティングからは程遠い、まさに低見の見物である。

東京に住んではいたが、こんな田舎者がすみませんという思いは常にどこかに抱えていた。


「それはいいわねえ。ルグラン領の領都は街並みがとても素敵だと本で読んだことがあるわ」

「それはもう! 戦火に巻き込まれたことも、プーゲが襲い掛かってきたこともございませんので、古き良き街並みも残っているのですわ」

「そうなのね。これからルグラン領へも慰問に向かうこともあるでしょうし、楽しみね」

「はい! ぜひわたくしにご案内させてくださいませ」

「おいしいお店を教えて頂戴ね」


微笑みながら、後からどうとでも取れる返事ではぐらかす。

こんなことがサラっとできるようになってしまったのも王妃教育の賜物だろうか。


「アンリのご実家はどんなところなの? ルフェーブル家は砂漠が近かったかしら」

「そうですね。ラフィット領の端に近いところで隣接していますので、砂漠はすぐ近くにあります」

「砂漠といっても、暑い訳ではないのよね?」

「暑い? いえ、気候的には変わりませんが……」


アンリが不思議そうに首を傾げる。

やはり、砂漠イコール暑いというイメージは友梨亜のもののようだ。昼夜の温度差が激しく、オアシスがあって、ラクダが荷物を運んで……ということはなさそうだというのは、ジュリエットの知識から何となく感じてはいた。


ジュリエットの知識では、リロイ王国の山々から繋がる川とおそらく朱の国から繋がる川がぶつかるところで大きな湖ができている。そのため砂漠でも水に困ることはないし、そもそも温暖な気候なのでそこまで過酷な状況でもない。ただ、作物は育ちにくいため、住んでいる人はほぼいない。


「そうよね。一度は砂漠を見てみたいものだわ」

「砂漠をですか? 砂しかありませんが……」

「ふふっ、その砂しかない景色を見てみたいのよ」


想像はつくけれど、見たことはない景色。

それは友梨亜が写真や映像で見た記憶が元になっている。日本で暮らしていた友梨亜はそういった記憶がたくさんあるが、実際に目で見た景色がそれ以上に素晴らしいこともあるということも知っている。

アンリが砂しかないという景色は、きっとわたしにとっては圧倒的な自然を前にちっぽけな自分を感じるようなものだろう。


「自分の目で確かめたいの。どんな景色でも、どんなことでも」

「……そうですね。わたしも初めて海を見たときは感動しました。海を見慣れているジュリエット様には、砂漠も新鮮に映るかもしれません」

「そうでしょう? 王妃教育のおかげで知識が増えたから、行ってみたい場所も多くなってしまったわ」

「えー、でも、王都には何でもあるし、何でも集まってくるじゃないですか? わざわざ何もないところへ行く必要ありますか?」


ルネの言うことも理解できる。

この国では、いやこの世界では観光を目的とした旅行という慣習はない。旅をするのはあくまでも仕事や社交、そして帰省のためだけだ。


そんな余裕もないという方が正しい。

経済的にも、精神的にも、この世界はまだまだ貧しいのである。

真剣に考え込むと苦しくなってしまうくらい、日本とは何もかもが違う。


「そうね。色々な場所を見てみたいっていう、わたしの我儘かもしれないわ。でも、二人の話を聞いて実際に行ってみたような気分になれたわね。ありがとう。……さ、じゃあそろそろ寝ようかしら。ルネ、アンリ。あとはよろしくね」


にっこり笑って、その場を締めた。


カモミールティーでほんのり温まった身体が心地よい。

小さな違和感、おかしいと思うこと、考えなくてはならないことは色々あるけれど、この旅の間だけは頭の片隅に追いやっておきたいのである。


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