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60.準備



結果として、わたしの領地帰りは至極あっさりと許可が下りた。


今、王都にジョルジュ殿下がいないこともあって、王妃陛下が国王陛下に進言してくださったようだ。

わたしの義母(予定)は見た目とは裏腹に大変お優しい方である。そろそろお義母さまと呼ばねばなるまい。


出立は三日後。

そこから二日でエマの実家であるデュポワ男爵家の領地へ到着する。そこで一日滞在して、翌日午後にボネ領へ向かう。そこからはまた二日ほどで到着だ。

とはいえ、一週間後には両親に会えると思うと嬉しくてソワソワしてしまう。


帰りはまっすぐ帰ってくるので三日で戻ることができる。

今は五番目・|勇敢≪ヴァーレ≫の月なので、結婚式まで二か月ある。一週間以上領地に滞在しても大丈夫だろう。


「エマ、おじ様達へのお土産は何がいいかしら? カリーのケークサレは日持ちしそうだからどう?」

「ありがとうございます。両親はジュリエット様がお選びになったものなら何でも喜びますし、お顔を拝見するだけで十分かと思います」

「そうよね。エマの元気な様子を見るのが一番よね」

「いえわたしではなくジュリエット様の」

「何言ってるのよ、娘が一番に決まってるわ」

「我が家の両親はジュリエット様を崇拝しておりますので」


もはや忘れかけていたが、わたしは絶世の美少女から美女に進化を遂げているところなのである。

十九歳になり、身体つきもかなり女性らしい曲線を帯びてきた。コンプレックスだった胸の方も、エマやサラ様ほどではないが何とか母に近づいてきた。

とはいえ、肝心の尻はまだ薄っぺらいのだが。


容姿的にはかなり恵まれているのだが、わたしにはもうそんな自覚がないので、そんな風に振る舞えない。鏡を見ても友梨亜なので、調子に乗れないのだ。

それが謙虚で奥ゆかしいと捉えられて好感度が上がっていくのだからどうしようもない。ありがとうございます。


「ジュリエット様、よろしいでしょうか」


わたし好みの声がドアの外から聞こえてきた。このイケボはマクシム隊長である。


「どうぞ」

「失礼いたします」


今日も大きな身体をビシッと折り曲げてから入ってきたマクシム隊長。


「ボネ領へ行かれる際の護衛の件です」

「ええ。今回はわたしだけで荷物も少ないですし、プーゲの出る時期でもありませんから、全員連れて行く必要はないように思っているの」

「馬車は二台と伺っておりますが」

「そうね。わたしの馬車にエマともう一人侍女を乗せて、もう一台は荷馬車で」

「なるほど……あまり大袈裟にはされたくないということですね」


その言葉に大きく頷いた。

マリッジブルーで領地へ帰るなんて、大々的に知らせて欲しくない。できればこっそり帰って、知らぬ間に戻ってきたいのである。


「では、私とマチアス、セルジュとアンリでいかがでしょう」

「任せるわ。ダミアンとアルノー、マノンが残るのね」

「はっ。ではそのように」

「お願いね」


再び「はっ」といい声で敬礼をしたマクシム隊長が去っていく。

護衛はお任せするとして、侍女も決めなくてはならない。


「エマ、侍女を全員呼んで頂戴」

「かしこまりました」


エマは確定として、あと一人。

わたしとしては頼もしいナタリーに来てほしいところだけど、残るのがオデットとルネだけというのはあまりよろしくない。この二人のどちらかを連れて行くのが現実的だろう。



「そういうわけで、護衛も半分にするから、侍女も半分はこちらに残ってもらおうと思うの」


ナタリー侍女長にオデットとルネ。全員ここに揃うのは珍しい。


「なるほど。マクシム隊長は帯同されるのですよね?」

「そうね。マクシムとマチアス、セルジュとアンリが来てくれるそうよ」

「では、わたくしは残った方が良さそうですわ。急ぎの案件に対応させていただきます」

「ええ、お願いね。じゃあ、オデットかルネについてきて欲しいのだけど」


そう言いながら両者の顔を見ると、オデットはいつもの無表情だったが、ルネは明らかに不服そうな顔をしていた。

前回、去年の年末に行った際に遭遇したプーゲを一番怖がっていたのはルネだったし、仕方がない。


「……オデット、お願いしてもいいかしら」

「はい。かしこまりました」

「出立は三日後なの。急ぎで申し訳ないけれど、よろしくね」




その後は慌ただしく過ぎていった。里帰りとはいえ、旅の準備には時間がかかる。


途中で母からフクロウ便が届いたのだが、母というのは鋭いものだ。わたしの空元気を手紙でも見抜いていて『身一つで帰ってくればいいのよ』なんて優しい言葉が書いてあった。ますます会いたくなって困る。


ちなみに殿下にもフクロウを送ったのだが、返事はまだない。今は北国近くの領地にいる予定となっていたから、王都からもボネ領からも遠いのだ。




出立の前日になって、マクシム隊長とダミアン副隊長が揃ってやってきた。ダミアンはいつも通りにこやかだが、マクシム隊長が難しい顔をしている。


「ジュリエット様、ご相談がございます」

「何かしら?」


今日はエマが休みなので、ルネがついてくれている。二人にお茶を出すようにルネに指示をしてから、目の前の二人に椅子を勧めた。


「実は、隊長の奥様が昨日から寝込んでおりまして」

「まあ。ご病気?」

「……風邪だとは思うのですが、熱があります」

「それは心配ね。明日からの護衛は、ダミアンに代わってもらうわけにはいかないのかしら?」


わたしがそう言うと、二人は顔を見合わせた。マクシムは目を丸くし、ダミアンは得意げに笑っている。どういう反応かよく分からない。


「言ったじゃないですか。ジュリエット様なら絶対こう言うって」

「いや、しかし。一度お引き受けしたのに」

「大丈夫ですよ。ね、ジュリエット様?」

「え?」

「隊長が、一度引き受けたのに家庭の事情でお断りするのはどうなのかと頑ななのです」


マクシムが難しい顔をしていたのはそういう理由らしい。


「まあ。仕事に誇りを持つのは素晴らしいけれど、誰のための仕事なのかを忘れてはいけないと思うわ。騎士だから主人のためかもしれないけれど、わたしはご病気のご家族を放ってまで仕えて欲しいとは思いません」

「……はい」

「奥様はきっと心細いと思うし、お子様だってまだ小さい子もいるのでしょう? こういう時は支え合うべきです。マクシム、あなたは居残りを命じます」


毅然と言い放ってやった。マクシムが大きな身体をすぼめているから気の毒だけれど、ダミアンは可笑しそうに笑っている。


「さすがジュリエット様。では、隊長に代わって私が帯同させていただくということでよろしいでしょうか」

「ええ。お願いね」

「「はっ」」


二人が出ていくと、ふっと息を吐いた。主人らしく振る舞うということに未だ慣れないのである。


「ああ、ルネ。そういうことだから、ナタリーに伝えておいてくれる? マクシム隊長が残って、ダミアン副隊長が帯同することになったわ」

「……あの、やっぱり私も連れて行ってもらえませんか」

「え?」


だってプーゲが怖いんじゃないのか。確かにこの時期は出ないけれど、最初に打診した時は不満そうに見えていたというのにどういう心境の変化なのか。


(わたしがあまりにも楽しそうに準備していたせいかな?)


自分でも自覚しているくらい、ワクワクしていたと思う。間近で見ていたルネも羨ましくなってしまったのかもしれない。


「うーん、でもこれ以上の変更はどうかしら。エマもオデットも準備してくれているだろうし」

「……でも、いつもエマさんじゃないですか?」

「そうね。今回は特にエマのご実家にも顔を出すわけだし」

「じゃあ、オデットさんが良いと言ったら代わってもらっていいですか?」


そんなに行きたいのだろうか。必死なルネがちょっと可哀想に思えてきた。そして疲れた。


「いいわよ。でも無理強いはしないで頂戴ね」

「ありがとうございます!」


もはや決まったとばかりに弾んだ声だ。ちょっと面倒くさいことになった。

許可したことを後悔し始めた頃には、もうルネは部屋を出て行ってしまっていた。


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