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58.立場



新年の宴も終え、テオとサラ様の王都での結婚式も無事に終えた。

ちなみに、王都での結婚式でも聖堂で宣誓をしたのだが、その時は祝福の風は吹かなかった。

例え式を何回やったとしても、最初の式でしか吹かないという。



そして、わたしとジョーくん、いやジュリエットとジョルジュ殿下の結婚式と、殿下の立太子も正式に日取りが決まった。

この年の七番目・(ネサン)の月の一週目・太陽(ソレイユ)の週、一番目・(テール)の日だ。


重々しく国王陛下から告げられたのだが、後で殿下から裏話を聞いたところ、怪しげなお抱え占い師が決めた日にちらしい。ちょっと下がる。


とにかくあと六ヶ月後である。

全く実感が湧かないが、とにもかくにも、ジョルジュ・リロイ殿下とジュリエット・ボネ伯爵令嬢との婚礼はすぐそこまで近づいているのである。

婚約してから約二年後の式となる予定だ。


(ってことは、もうジュリエットとして一年半近く過ごしているんだよね……)


この国は一年が十か月、一か月が五週、一週間が七日なので、一年は三百五十日。日本の一年よりは短いが、規則的なので分かりやすく、日々の移ろいを感じやすい。


四季はないが、春と冬はある。

春の始まりが一年の始まりなのだ。


今は二番目・|美≪マーリー≫の月なので春。

結婚式が行われる|朝≪ネサン≫の月は七番目なので冬である。

とはいえ雪が降るのは北国近くの国境付近という僅かなエリアのみなので、冬でも特に活動や行動が制限されることはない。

なかなか暮らしやすい天候なのだ。そのせいで植物や動物も大きく発展しているのかもしれない。


ちなみに年末に出会ってしまったプーゲのレッドバッグは災害級の獣害をもたらすと言われていたのだが、わたしの付きの護衛であるダミアン副隊長が倒し方を確立し、隊長のマクシムと実践してものにしたという。そのおかげでダミアンは騎士爵位となったのだ。

仕事ができるダミアンは、とーっても仕事ができる男だったらしい。そんな人がわたしの護衛なんてしていていいのだろうか。



わたしがこんなにとりとめのない物思いにふけっているのには訳がある。


わたしは今、王城にあるジョルジュ殿下の執務室、その応接スペースにあるソファーに座っている。


仕事をしている男性というのは大変素敵に見えるのは世界が変わっても共通事項のようで、難しい顔をしながらジョンと話しているジョルジュ殿下をこっそりと見つめ、物思いにふけり、お茶を飲みながら至福の時間を過ごしていた。


ここにいるのは彼に呼び出されたからであって、わたしが邪魔しにきている訳ではない。

しかし呼び出したはずの殿下はわたしをここに座らせたまま、執務を続けている。

今日もとても忙しそうだ。立太子と結婚式を控えているせいだろう。


立太子の儀式では、これからの展望のようなもの――所信表明演説のようなものをしなくてはならないため、草稿を作り始めている。

そのため殿下とジョンだけではなく、大きな机を取り囲むように殿下の側近候補達――お察しの通り、レオン、テオ、リュカの三人である――も一緒にいるのである。


(はああああ“シャルモン”が! “シャルモン”が勢揃いしてるぅぅぅ!!!)


気を抜けば脳内は絶叫し、顔はだらしなくニヤニヤしてしまう。

そのため、意識的に別のことを考えながらもこっそり彼らを盗み見ている状況なのだ。


(ああ、りゅっちが花ちゃんを肘で小突いた! かわいい! レイちゃんの笑顔も! 真剣な顔のジョーくんも最高! はああああ尊い。尊すぎて死ねる。何この特等席……)


「やっぱり目玉は女性の社会進出?」

「うん。そこは譲れないかな」

「宰相はサラの味方だから良しとして、問題は他のオッサン達だよなあ」

「話題のカリー伯爵もクロエの功績が大きいから、それも使える」

「モーリ・ドヌーヴ伯爵夫人もカリーには関わってるよ」

「領地経営に関してはアレクシア様も後押ししてくれるだろうしな」

「コレットは修道院に行くしかない女性の保護を訴えてくれるって」

「そう考えると、ジュリエットちゃんの存在も大きいよね」


真面目に議論をしている中でリュカからわたしの名前が出てきて、目を瞬く。

全員が一斉にこちらを向いたものだから、飛び上がりそうになった。


「え?」

「確かに。この子、市民の人気も高いんだよな。カリー事業に噛んでるのも皆知ってるし」

「え?」

「奇跡みたいに可愛いのに気さくすぎるって言われてんのよ」

「花の妖精姫、改め百合の聖女らしいよ」

「何ですかそれ!!」


初めて聞く新たな二つ名に思わず叫んだ。

どっちにしろ恥ずかしさが突き抜けている二つ名である。

何だ聖女って。わたしは光魔法も使えないし奇跡も起こせないぞ。


「ほら、あなた孤児院やら修道院やらで大判振る舞いしてるから」

「マーリー神にそっくりだって評判でさ。王都のマーリー神も百合だし、ボネ家の紋章も百合だしって」

「確かに似てるよなあ。そろそろジュリエットの顔忘れそうだけど」

「あー、百合の聖女ねえ。確かに使えるかも」

「ま、待って? 皆さん普通に知ってる感じなんですか?」


慌てて言うと、全員当然のように頷いた。何ならジョンも頷いている。

どうやらその恥ずかしい二つ名ニューバージョンを知らなかったのはわたしだけらしい。


「こういう、分かりやすい前に出てくれる存在って貴重だよね」

「無理……恥ずかしい……もう慰問行けない……」

「何言ってんの、これからは王都の外にまでその名を轟かせてもらいますよ」


リュカが、りゅっちが厳しすぎて泣きそうである。さすがドSと名高い男。クロエが心配だ。


それから何やかんやで資料をまとめていき、スピーチの骨組みが完成した。

まだまだここから肉付けをしていき、説得力を持たせていく作業が必要だ。先は長い。



今日の分は終了だと、わたしが座っていたソファーに皆がやってくる。

ジョンがさっと緑茶を用意してくれて、エマやナタリーが軽くつまめるサンドイッチなどの軽食を用意してくれた。そしてスッといなくなる。

四人は思い思いにサンドイッチやスコーンなどを手に取りながら、ここでの顔を脱ぎ捨てていく。


「いやー、しかし俺らで国回すとか、やばくね?」


軽い感じで言うテオに、全員が頷く。


「選挙で投票したくらいじゃん? 政治に参加したって言える経験」

「まあでも、ここのオッサン達って昭和どころか中世? 選民思想もやばいし、庶民すぐ殺そうとするし」

「処刑好きだよなあ。娯楽になってるのが恐ろしいわ」

「それよりはおれらの方がだいぶマトモかもね」

「日本って、マジで平和には恵まれてたよなあ……」


緑茶を飲みながらしみじみしてしまう。


「俺らは立場あるからまだいいけど、普通に庶民として覚醒した日本人もいるんだよな?」

「この世界に覚醒組はあと百人弱はいるらしいから」

「いくら空気読むの上手いって言ってもなあ、シンドイよなあ」


悲しげに眉を下げるレオン。

わたしもここでの暮らしが長くなってきたから、自分がどれほど恵まれた立場にいるのかは身に染みている。


だけど、多くの貴族は――きっとサラ様やクラリス様、それに国王夫妻やわたしの両親達も含め、この立場を当然のように受け止めている。

貴族なのだから贅沢をして経済を回す必要があるし、その代わりに彼らの生活と安全を保障していると思っている。

ノブレス・オブリージュ。日本には馴染みがないが、そういった考え方もある。


だけど、取りこぼしはどこにでも、日本にだってあるのだ。

この世界の取りこぼしが小さくないことは想像に難くない。それを思いやれる貴族という存在は、この世界にとってどれほど貴重なのだろう。

ジョルジュ・リロイにしかできない何かのヒントが、ここにあるように思える。


「庶民差別もやばいけど、男女差別もひでーよなあ」

「男尊女卑ね。やっぱとりあえずここからだよなあ。貴族女性も声を上げやすいだろうし」

「庶民にいきなり告発しろっって言えねえもんな。命の危機だよ」

「貧富の差もエグいし。ああ、聞いてよ。俺んとこの領地のさ、山間部は未だに物々交換なんだけど! 金使えねえの」

「あー、塩が貨幣代わりなんだっけ? 聞いたことあるわ。リュカの領地だったんだな」

「さすが殿下、教育が行き届いてますなあ」


わたしは聞いているだけだが、少なくともこの人達に国を任せても問題はないように思える。

今、この国を回しているオジサン達より紳士だし、誠実だし、一生懸命だ。

チートと呼ばれる能力はないだろうが、現代日本でうけた義務教育の知識と生活の経験だけでも、大幅な助けになりそうである。


(何より、全員揃うとやっぱり楽しそうなんだよねえ……)


十五年以上苦楽を共にしてきたメンバーが傍にいるというだけで、全員の表情が輝いて見える。

わたしがここに居るのが申し訳ないくらいだ。


そんなことを思っていると、コンコンとノックの後エマの声がした。


「失礼いたします。ジュリエット様、そろそろお時間でございます」

「はい、今行くわ」


忙しいのはこの人達だけではない。正式な王太子妃となるべく、わたしの教育も再びぎゅぎゅっと詰め込まれているのだ。今日はモーリ先生と北国の言葉のレッスンである。


「では、皆様方。失礼いたします」


ジュリエットの仮面を被ってお辞儀をすると、殿下が立ち上がってエスコートしてくれた。他の三人はひらひらと手を振っている。


「今日は外国語だったっけ?」

「はい」

「しばらく夜も行けないと思うんだけど、また空き時間に呼んでもいい?」

「もちろんです」


ドアの前までのほんの短い距離で別れた。

わたし達は恵まれた立場ではあるが、窮屈な立場でもあるのだ。


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