56.新年の宴
ヴィクトル暦二十三年の幕開けとなる、新年の宴。
わたしはジョルジュ殿下の婚約者として、彼のエスコートで参加していた。
新年の宴は新たな年の幕開けを祝う恒例行事だが、貴族が一堂に会する場でもあるため、何かニュースがあればこの時に伝えられることになっている。
ちなみに去年はわたしの公務開始が通達されたし、一昨年はトーマス男爵家の没落が伝えられたらしい。
そして今年は――そう、カリー伯爵の爆誕である。
正式な発表は今日とはいえ、噂は既に出回っている。
クロエのご両親であるデュポン子爵夫妻の周りには多くの貴族が集っているし、その子息であるクロエの兄夫妻も人々に囲まれていた。
そしてクロエの横には、リュカが、りゅっちとなったリュカがいるのである。
「やっぱり、りゅっちに見えますね?」
こっそりとジョーくんに耳打ちする。
金髪にゴールドの瞳だったリュカではなく、黒髪に茶色い瞳のりゅっちに見えている。
今日は以前ジョーくんが着ていたカーキのジャケットの形違いである衣装を着ているから、なおさらりゅっちにしか見えない。相変わらず細いが。
「ああ、間違いないな」
「……どうします? てかクロエがめっちゃ幸せそうでやばいです」
「泣くなよ? でも柳くんもあれ、照れてるの隠してる時の顔だよ。耳と首が赤い」
「ホントだ! え、やばい。かわいい」
「あー、前言わなかったっけ? あいつギャル系大好きなの」
「……覚えてますよ、花ちゃんが巨乳でレイちゃんがモデルでりゅっちがギャル系でジョーくんが尻フェチでしょ」
あんなに衝撃的な発言を忘れるはずもない。
何が悲しくて推しが尻フェチと本人から聞かねばならなかったのか。わたしはこんなに薄い尻しかないというのに。
「俺は別に尻フェチじゃないけど。一生懸命な子が好きって言わなかった?」
「クロエは確かにギャルっぽいですもんね」
「おい、無視かよ」
「サラ様は不二子ちゃんだし、コレット様もお人形みたいだし、あつらえたようにぴったりですね」
「俺も友梨亜ちゃんで良かったと思ってるよ?」
「尻はありませんけどね」
「ボリュームより形じゃない? 俺はこう鍛えられた丸い形の」
「やっぱフェチじゃん!」
新年早々、こそこそと何というアホな会話をしているのか。
こんな二人が次期国王と王妃って、この国は大丈夫なのかと我ながらとても心配になる。
音楽が鳴り出し、国王陛下と王妃陛下が入って来た。わたしもジョルジュ殿下の隣に立ち、少し高いところから全体を見下ろす。
クロエとリュカはもちろん、テオとサラ様、両親、そしてレオンの姿もあった。
みんな、新年のお祝いにふさわしく着飾っている。もちろんわたしも、皆からは花の妖精姫に見えていることだろう。全く実感はないけれど。
開会の挨拶、そしてデュポン子爵がカリー伯爵になることが国王陛下の口から発表されると、ホール内は大きな拍手に包まれた。
デュポン子爵夫妻が前に出てきて、その旨が書かれた紙を恭しく受け取る。
「これで、デュポン子爵はカリー伯爵となった。これまで、デュポン子爵としてラフィット伯爵のもとで朱の国との貿易を担ってきたが、それはこれからも変わらぬ。今まで以上に両家の結びつきを強めるため、ラフィット伯爵子息リュカとカリー伯爵令嬢クロエの婚約をここに命じる」
厳かな空気の中で響く国王陛下の声。
リュカにエスコートされたクロエがカリー伯爵夫妻の後ろに並び、王家への礼をとった。同じように頭を下げたリュカが答える。
「リュカ・ラフィット、承りました」
「クロエ・カリー、承りました」
クロエが普通にカリーと名乗ることに違和感を抱きつつも、何とか吹き出さなかった。危なかった。
二人が了承したことで、ホールは再び大きな拍手に包まれていく。
わたしももちろん淑やかに見えるギリギリの勢いで拍手を送った。目が合ったクロエは照れたようにはにかんでいて、とっても可愛い。見た目ギャルなのにシャイって、天使だと思う。
リュカに目をやると、穴が開きそうなほどの勢いで殿下を見つめていた。きっと、ジョーくんに見えているのだろう。
「帰りに呼び出すわ」
「はい」
その視線を受け止めながらも何事もないように流すジョーくんが凄い。
今日の主役でもある二人は、宴の開始とともに大きな人の輪に飲み込まれていった。クロエに心の中でエールを送っておく。
さて、本日の宴はカリー伯爵爆誕を祝う宴でもあるので、食事はもちろんカリーがメインである。
とはいえ紳士淑女の皆様が集うエレガントな夜会に、ナンやカリーライスは鬼門である。主に衣装的な面で。煌びやかなドレスにカレーをこぼしでもしたら、洗濯係の皆さんに恨まれると思う。
そこで、わたしとジョーくんは考えた。
ごはんのことを考えている時がいちばん楽しいのは日本人だからなのだろうか。SNSに食べ物の写真を載せる割合は日本人だけずば抜けているらしい。
それはともかく、とにかくこぼさないように食べられればいいのである。つまり一口で食べればいいのだ。
そこで、わたし発案アフタヌーンティーに振り回された王城のシェフ達の出番である。
彩りよくコンパクトに、というわたしの無茶ぶりを達成した彼らには、カリーを一口サイズの料理に落とし込むことなど朝飯前だった。さすがプロ。
ナンドッグに添えていたドロドロのカリーを、一口サイズのパイに包み込んだカリーパイ。
スプーンなら一口だろと、ライスとカリーをバランスよくオシャレなスプーンに乗せたもの。
じゃあナンも一口にしちゃえと、ミニミニナンのカリー乗せチーズトッピング。
パウンドケーキをカリー味にしたらこぼさないよなと、カリー味のケークサレ。
その路線ならそもそもスパイスだけライスと炊き込めと、カリーピラフ。
放っておいたらいくらでもカリー料理を編み出しそうだったが、今回はこの辺でストップをかけた。
とにかくカリーまみれの夜会なのである。わたしは大変満足している。
カリー伯爵一家に近づけない人々は、カリーの香りにつられてどんどん料理に手を伸ばしていた。
わたしは挨拶を受けながらもそれを視界で捉えている。
目を丸くした驚きの表情、その後にくる満足そうな顔。ドヤ顔をしないように押さえ込むのが大変だ。
(ふふふ。カリーの素晴らしさ、身をもって感じるがいいわ。そして領地に持ち帰り、地域ごとの特産品と融合したカリーを生み出すのよ!)
旅する先々で特色のある食事があれば、何と幸せなことか。
この国はまだ貧しく、日々を生きるので精一杯な庶民がたくさんいる。
だけどおいしい食事があれば、生きる気力も違ってくると思うのだ。学のないわたしでも、それくらいのお手伝いならできるのである。
王家は宴の会場を早めに後にする習わしだ。
わたしもジョルジュ殿下と一緒にホールを後にしたが、そのまま近くの客室に控えていた。
しばらくするとリュカがやってくることだろう。それまではしばしの休憩時間だ。
二人で数々のカリー料理をいただきながら待つことにする。




