55.レイちゃん
翌日、晴天に恵まれた中で、テオとサラ様の結婚式が行われた。
今日も花ちゃんにしか見えないテオは、白いのタキシードに黒いシャツ姿だった。これは年末の歌番組で着ていた全員お揃いの衣装である。
ガツンとサイドを上げて額を出しているテオは、とんでもなくカッコよかった。
サラ様はこの世界での一般的な婚礼衣装であるベアトップのドレスを着ている。色は深い赤だった。
艶やかに波打つ黒髪をサイドにまとめ、いつもより濃いめのメイクをしているサラ様は、ひれ伏したくなるほど圧倒的な華やかさと美を兼ね備えていた。
二人が並ぶと、迫力が凄い。
ちょっと近寄りがたいくらいの美しさである。
我が家の両親、そしてわたしとジョルジュ殿下。
バージンロードを挟んで、サラ様のご両親であるガニョン侯爵夫妻と、サラ様の弟である次期侯爵の二コラ様。そしてその後ろにはレオンもいる。
他にも執事のセバスを筆頭に我が家の使用人達、護衛や侍女達が見守る中、聖堂での宣誓が行われた。
外には領民たちも押しかけ、隙間からたくさんの人が見ている。それも領都ならではの緩さである。
我が領都の聖堂にあるクーリエ神は筋骨隆々な身体で魚を獲るための銛を掲げている。マーリー神は母に似た美女で、頭に百合を刺していた。
クーリエ神にテオが、マーリー神にサラ様が手を触れ、二人で見つめ合う。
「……テオ・ボネはサラ・ガニョンを生涯の妻とし、共に生きていくことを誓います」
(ああ……これは、テオの言葉でもあり、花ちゃんの言葉でもあるような気がする。覚悟、決まったのかなあ)
そう思いながら隣の殿下を見上げると、わたしの視線に気付いた殿下がそっと微笑み頷いてくれた。
「わたくし、サラ・ガニョンはテオ・ボネの妻として、いかなる時も夫を支え、共にあることを誓います」
こちらも覚悟の滲む言葉である。
きっと二人にしか分からない色々なことがあって、長い婚約期間の中でそれを乗り越えてきたのだ。
その直前に突然、二人の間に隙間が出来てしまったときの不安はいかばかりだっただろうか。
胸がいっぱいになって、涙がこぼれそうになる。
その時、ふわっと空気が揺れた。
ハッとして二人の間を見ると、二人とも驚いた顔で顔を見合わせていた。テオの髪とサラ様のドレスの裾が緩やかに揺れている。
「おおっ! 祝福の風だ!」
「長くないか!?」
「まだ吹いてますわ!」
レオンとコレット様の式で見た祝福の風は、目を開けられないほどの強風が一瞬で吹いた。
だが今は、そよそよと長く吹いている。まるで二人の間を天使がふわふわと泳いでいるかのようだ。
皆が注目し、誰も身動き出来なかった。
緩やかな風が音も立てずに舞っている。
そよ風はしばらく続き、ゆっくりと、緩やかに止まった。
一瞬の間のあと、拍手が沸き起こった。
それは外にいた領民たちへも伝わり、どんどん大きなものとなっていった。
「……良かったね」
拍手の中ぽつりと呟いたジョーくんの言葉に、涙を潤ませながら頷いた。
(この先どうなるかなんて分からないけれど、大好きな二人が幸せでありますように)
艶やかな微笑みを見せるマーリー神の像に、そう祈らずにはいられなかった。
その後は、ボネ家の屋敷に移動して領民入り乱れてのパーティーである。酒も入り、場はすぐにぐちゃぐちゃになってしまうのだが、それもまた領地ならではなのだ。
レオンはコレット様と参列する予定だったのだが、コレット様の妊娠が分かったため今回はレオンのみの参加となった。これは逆に都合がいい。
場がある程度温まったところで、ボネ家の客室にレオンを呼び出した。
「失礼します」
殿下の呼び出しとあって、ちょっと緊張気味のレオンがやってきた。今日は正装をしているので、いつも通り見目麗しい。
「ああ、よく来てくれた」
「レオン様、お久しぶりです」
何故呼び出されたのか分からないのだろう、どこか落ち着かない様子でレオンがわたし達の前に座った。
ジョンが砂糖を添えた緑茶を出すと、レオンは当然のように砂糖を入れて緑茶を啜った。
(いや、これほんとにレイちゃんなの? 砂糖入れてるよ? 普通に飲んでるよ?)
「ジョン、あれを」
「はっ」
殿下の言葉でジョンが差し出してきたのは、赤いおにぎりである。
昨夜のうちにわたしが炊いておいたものだ。
レオンの前におにぎりを置くと、ジョンを始めとする使用人たちは下がっていった。人払いである。
「これは?」
「おにぎり。赤いけど」
その言葉に目を丸くしたレオンが、おにぎりから視線を上げる。そして、フッと肩の力を抜いて笑った。
それはわたしが思い出せるレイちゃんの笑顔と重なっている。
「なんだ、やっぱりゆずちゃん?」
ほんわかした空気がレイちゃんそのものである。ジョーくんのことをゆずちゃんと呼ぶのもレイちゃんだけだ。
「やっぱりって何だよ。気付いてたの?」
「うーん、何となく? そうなのかなあって思うことはあったから」
「嶺くんはいつからレオンだったの?」
「いつだったかなあ。結構前の旅の途中だったな。ああ、あれだ。ジョルジュ殿下の二十歳祝? あの夜会の前くらい」
ということは、やっぱりわたしと同じくらいの時期だ。
わたしがジュリエットとしてレオンに会った時にはもう、レオンはレイちゃんだったということだ。全く気が付かなかった。
「一年以上前じゃねえか」
「うん。最初はなっかなか覚めない変な夢だなあと思ったけど、ほら、そういえばなんかすげえ地震あったなって思い出して」
「地震?」
「うん。あれに巻き込まれてあのまま死んだのかなあって思って」
「そんなのあった?」
ジョーくんがわたしに聞いてくるが、わたしにも覚えはない。首を横に振りながらも、漣さんが言っていた世界の終わりに繋がる自然災害のひとつなのかなと感じていた。
「あれ? じゃああの地震も夢だったのかなあ。まあいいや。よく分かんねえけど、ここも快適だし、コレットは可愛いし、幸せだからいいよ」
「……うん。あなたはどこでも生きていける人だよね」
呆れながらも、どこか嬉しそうに言うジョーくん。
レイちゃんもへへっと笑っている。平和だ。尊い。泣きそう。
「んで、話の流れ的に、ジュリエットも日本人なの?」
「はい。初めまして、宮崎友梨亜と申します」
「……おお? 顔変わったぞ?」
首を傾げてきょとんとしているレイちゃんが可愛すぎる。癒しである。
「多分、嶺くんも自分の顔見えると思うよ」
「あ、鏡どうぞ」
こんな展開になるかと持っていた手鏡を差し出すと、レイちゃんが「あんがと」と受け取って鏡を覗き込んだ。
「ん? 見えないけど?」
「えっ?」
「……どういうことだ? 自分の顔が見えるようになるのは、他人にそうだと知られたからじゃないのか?」
「んー、テオはどうでしたっけ?」
「そういや確認してないな。ジョン!」
「はっ」
「テオを呼んできてくれ。すぐ終わるから」
「かしこまりました」
あっという間に現れて、瞬く間に消えていくジョン。相変わらず忍者である。
「何、テオって、もしかして直なの?」
「ああ、直くんは最近思い出したみたいだけど」
「へー。どうりで、今日はめっちゃ直に見えると思った」
「見え方違ってんのにそのまま受け入れるのが嶺くんらしいわ」
「ゆずちゃんは最初からゆずちゃんに見えてたぞ?」
「俺の方が思い出したの早かったみたいだからね。多分、日本での人格を思い出すと見え方が変わるんだよ」
「ふーん、すげえな。そんなことまで分かってんだ」
二人の会話が尊すぎて、ひたすら聞き役に徹するわたし。
推し同士が会話してるの、たまらなく尊いです。
コンコンとノックの音がして会話が中断された。
「お呼びでしょうか」
入ってきたのは今日の主役であるテオだ。
部屋に入ってきたテオは中にいるメンツを見て、不機嫌そうに眉を寄せた。
「何でレオンまで?」
「おー、ほんとに直じゃん」
「え? ……嶺なの?」
「うん、久しぶり」
「マジで? 何で?」
「あー、その辺のやり取りは長くなりそうだから後にしてよ。それより、直くん鏡見た?」
花ちゃんレイちゃんの感動の再会をぶった切るジョーくん。
こういうところ、末っ子っぽくて大好物である。ニマニマしてしまいそうな頬を必死で抑える。
「そうなんだよ! 昨日から突然直の顔に戻ってるんだけど! でもサラも何にも言わねえし、俺だけそう見えてんの??」
「……直くんは戻ってるのか。何で嶺くんは戻らない? 違いは何だ?」
「相手の顔が見えるようになるのは、日本での名前が分かってからですよね? それなら自分の顔が見えるようになるのも、名前が関係してるとか?」
「確かに。……名前を呼ばれると? いやでもさっきから呼んでるよな」
「お前らいっつもそんなことやってんの?」
呆れたように言う花ちゃんをレイちゃんがまあまあと抑えている。同い年だからこそのリーダー副リーダーなやり取りも尊い。
「あ、フルネームとか? 江本嶺さーん、なんて」
思い付きでふざけてみると、鏡を見たレイちゃんが「おお! 変わった!」と声を上げた。
「うっそ! ほんとですか?」
「ほんとほんと。あーこの顔久しぶりに見たわ。でも髪も目も青いまんまなんだな」
「染めてたのとカラコン? そういや俺もコンタクト入れたままの視力あるな」
「いやしかし、すげーな友梨亜ちゃん」
(やっば!!! レイちゃんが友梨亜ちゃんって呼んでくれた!!! 認識されてるだけでも嬉しいのに、名前呼びまで!!! 幸せすぎるぅぅ)
「馴れ馴れしく呼ぶなよ」
「何でだよ、喜んでんじゃん。ファンサービスだよ」
「ここではファンサとかいらねんだよ。この子は俺の婚約者なんだから」
(えええええ!!!! 待って無理! 何そのちょっと拗ねた顔! メンバーにしか見せなさそうな顔!!)
内心で悶えまくっているわたしは顔が赤くなるまま、言葉にならない。
するとニヤリと笑った花ちゃんまで会話に加わってきた。
「ヤキモチ? ゆずも可愛いとこあるじゃん」
「うるせえよ。直くんはもういいから戻れよ」
「俺の扱い雑じゃねえ!?」
「忙しいんでしょ? 主役なんだから」
「そうだよ分かったよ戻るよ!」
くっそ、と言いながらも律儀に戻っていくのが花ちゃんらしい。花ちゃんにツンツンしているジョーくんも可愛すぎる。
「ふふっ、直は変わんねえなあ」
「テオもあんな感じあっただろ? リュカも柳くんみたいなこと言う時あったんだよなあ」
「ああ、リュカもりゅーちんなんだ?」
「らしいよ。柳くんも数日前に思い出したみたいだから、まだコンタクトはとってないけど」
「まあ、りゅーちんは上手くやってるでしょ。おれでも何とかなったんだし」
「まあね。それよりさ、俺ら全員揃ってやらなきゃいけないことがあるみたいで」
「ふーん」
「今はまだ分かんないけど、そのうち協力お願いすると思うからよろしく」
「りょーかい」
レイちゃんには素直なジョーくんも可愛すぎる。尊い。死にそう。
「よし、とりあえずはこれでいいかな。俺らも戻ろうか」
立て続けに花ちゃんやレイちゃんと会ったせいなのか、ジョーくんがどんどんジョーくんに見えてくる。
わたししか知らなかったジョーくんの頃より、ずっと。
その後はパーティーという名の宴会に戻り、ジュリエットとジョルジュ、そしてレオンとしての顔で過ごした。
盛り上がる会の中で幸せそうに笑うサラ様と、寄り添うテオ。
外見は花ちゃんにしか見えないのに、その行動はちゃんとテオのものだから複雑な気持ちだ。
わたしも少しはブラコンの気質があったのかもしれない。
わたしと殿下は翌日すぐに王都へ向けて出発したのだが、見送りのときに殿下がテオに何やら耳打ちをしていた。
目を丸くしたテオの表情が印象的だったのだが、何を言ったのかは教えてもらえなかった。
きっとデレの方のジョーくんだったのだと思う。




