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54.傍に



「さて……問題は、どうやって切り出すかだよね」


気持ちは急くが、明日はテオとサラ様の結婚式である。

領都での式は領民への顔見せの意味合いが強いので、来賓はそう多くない。

テオは次期伯爵ではあるが現伯爵でもないので、来賓はわたしの婚約者としてジョルジュ殿下と、領地が隣のレオン夫妻くらいだ。

それでも領民たちを招いてのパーティーはあるので、屋敷の中は準備に追われて慌ただしい。


しかしわたし達の方は何もすることがないので、ジョーくんに領内を案内する予定だった。


「ジョーくん、良かったら海の方へ行きません?」

「うん、いいね」

「じゃあランチを持って行きましょう」


海デートである。泳げないし二人きりでもないが、誰が何と言おうとわたしとジョーくんの初海デートである。


馬車に乗って護衛を引き連れ、のんびりと海へ向かった。

今日のジョーくんはジャケットなしのシャツ姿。緩いラインの白いシャツに細身の黒パンツを合わせている。これもきっと衣装なのだろうが、いつもよりカジュアルな感じがたまらなくカッコいい。前髪もおろしてオフモードである。



三十分ほど進むと、かすかに潮の香りが漂ってきた。何だか懐かしい気がする。


「ああ、見えてきた」


つられるように窓へ目をやると、道の先にキラキラ輝く水面が見えた。

どうして、海を見ると心が躍るのだろうか。すべての生命は海からやってきたせいなのか。


波の音が聞こえる砂浜。

馬車では砂浜を進めないので、その手前で降ろしてもらった。


ここは一応伯爵家のプライベート・ビーチである。とはいえ海水浴などという習慣はないので、漁に出にくい浅瀬の砂浜をボネ家の領地としているだけだ。

わたしもテオも両親もお気に入りの場所なので、砂浜に石造りの屋根付き休憩所を設けてある。

今日はそこでランチをするつもりなのだ。


見晴らしのいい場所なので、護衛も気張ることはない。

全ての用意を済ませると、ジョーくんは皆を下がらせてくれた。二人きりになりたいわたしの気持ちを汲んでくれたのだろう。


ザザー、ザザーと繰り返す波の音。遠くに鳥が飛んでいる。

海には幾つかの船が出ているようで、黒い点がぽつぽつと見える。


「気持ちいい天気だね」

「そうですね。暑くもなく寒くもなく」


ジョーくんが用意されていたポットからお茶を注いでくれた。

今日は冷たいアイスティーである。氷はないのだが、ヒョウオという川魚のおかげである程度冷たいものは運べるようになっている。ヒョウオが泳ぐ桶と一緒に冷やしたいものを入れておくと、なぜかちゃんと冷やされているのだ。不思議な魚である。


「で、何かあった?」


アイスティーを一口飲んで、ジョーくんが問いかけてきた。


「分かります?」

「んー、何かソワソワしてるじゃん?」


ジョーくんの観察眼の前では、わたしには隠し事などできない。

そのまま直球で切り出すことにした。


「あのー、ジョーくん、漣さんってご存知ですか?」

「サザナミさん?」


こてんと首を傾げるジョーくんの愛らしさよ。カッコいいのに可愛い、最強の生き物である。


「誰?」

「茶髪で、くるっくるの髪の毛してて」

「……黒い丸眼鏡の?」

「そう! その人!」


ちゃんと通じた! と喜ぶわたしとは対照的に、ジョーくんの表情は訝しげだ。


「何で友梨亜ちゃんがその人のこと知ってんの?」

「いやー、わたしも夢の中で会ったので」

「は? 俺と同じ夢見てたってこと?」

「同じ夢と言いますか、なんか寝てる間に天界ってところに呼び出されたと言いますか」

「天界? ちょっと待って、あれただの夢じゃなかったってこと?」


さすがに混乱してきたのか、片手で顔を覆うジョーくん。


「何言われました?」

「……俺がいた元の世界が崩壊するからこの世界に来たとか」

「そうですね、わたしも同じことを言われました。花ちゃんだけじゃなく、レイちゃんやりゅっちも来てるそうです」

「は? ってことは俺らが同時に同じ異世界に来たってこと? それは出来すぎな話じゃない?」


それはわたしもそう思う。そこにわたしも一緒に来ているというのが、わたしにとっても出来すぎな話である。


「なんか、“シャルモン”が揃ってるのはわざとみたいです」

「……あなたは、何を言われたの?」


椅子に深く腰掛けながらジョーくんが言う。既に顔が疲れているのが申し訳ない。


「えーっと、元の世界は崩壊するから、そこにいるべきだった魂を他のたくさんの世界へ連れて行ったとか」

「何それ? 他にも世界あんの?」

「数えきれないほどたくさんあるそうです」

「パラレルワールドってやつ?」

「その辺は詳しくないので分かりませんけど。でもほとんどの人は見た目も場所も変わらない小さな違いしかない世界に移動しているそうです。でもわたし達は新人さんのミスでこんなに何もかも違う世界に来てしまったとか」

「ミスって何だよ……」


はあっと大きく息を吐くジョーくん。


「なんか、漣さんもジョーくんに直接その辺のことを説明したかったそうなんですが、疑い深いうえに精神力が強靭過ぎて跳ね返されてしまうそうです」

「こんな話、疑うなって方が無理じゃない? 友梨亜ちゃんが言うから信じるレベルだよ」


さらりと言った言葉に目を見開いた。さすがにスルーできない。


「え、わたしってそんなに信用あるんですか!?」

「あるでしょ。だって友梨亜ちゃんが俺に嘘つくメリットないじゃん? それに俺のこと大好きだし」

「……恥ずかしいんでやめてください」

「ホントのことでしょ」

「そうだけど!!」


悔しいが、ニヤニヤしているジョーくんに何も言い返せないほど、大好きがダダ洩れになっている自覚はある。


「それで? 他には?」

「……あとは、新たな世界に来たわたし達には役割があって、その中でもジョーくんの、ジョルジュ・リロイの役割は他の人に代行は出来ないそうです」

「俺の役割?」

「わたしは、ジョーくんに伝える役割」

「何を?」


漣さんからの伝言を思い出すと、あの時の空気の違いも思い出せる。不思議な声だった。


「ジョルジュの志を忘れるな」

「……ふうん」

「あとは、仲間が役立つとか」

「仲間、ねえ……」


顎に手を当てて、じっくりと考え込むジョーくん。

わたしはここぞとばかりにそんな麗しい姿を目に焼き付ける。何をしていたって様になるのだからずるい。


「何となく、このことだろうなって想像はつくんだよ。テオとレオン、リュカの置かれている状況を鑑みても、きっとそうだろうなって思う」

「言えば分かると言っていましたよ?」

「ふうん、じゃあやっぱりこれのことかな」

「聞いても良さげな感じです?」

「うん。ほら、ジョルジュは元々女性の立場を向上させたがってたでしょ? 多分それ」

「ああー」


エミリ事件の偽エミリを重用しようとしていたのも、元々はそのせいだったはずだ。

ジョルジュ殿下には年の離れた姉が二人いて、末っ子男子のせいか女性にはとても優しくするよう躾けられていたそうだ。主にお姉様方に。


一番上のお姉様が、ジョーくんの七歳上。隣国ザハロに嫁いで王太子妃となっているパトリシア様。

二番目のお姉様は、ジョーくんの五歳上。このリロイ王国のフォルティエ公爵に降嫁された、アレクシア様。

お二人とも華やかな雰囲気の美女である。ちなみにレオンの姉であるクラリス・ドルレアック公爵夫人はパトリシア様と同じ年で仲が良く、その繋がりと同じ公爵夫人ということでアレクシア様とも仲が良い。

三人揃うことはもうほとんどないと思うが、想像するだけで何だか怖いくらいだ。


「未だにアレクシア姉様には色々言われるんだよなあ」

「アレクシア様は、フォルティエ領にいらっしゃるんですよね?」

「うん。フォルティエ公爵が国の財務を担ってるから、領地の方はほとんどアレクシア姉様がやってるらしい」

「なかなか王都にもいらっしゃいませんもんね」

「ああ。でも領地経営は楽しんでるみたいだけどね。その分、女性につけない仕事が多すぎるって文句がよく送られてくる」

「女性につけない仕事……」


現代日本でも習う、男女雇用機会均等法といった法律はもちろん存在しない。それどころか、クロエのように貴族女性が働くことそのものが未だ忌避されている。

アレクシア様やサラ様は身分のおかげで表立って何かを言われることはないが、変わり者として見られているのは間違いない。


庶民の女性はそれこそ働かないと生きていけないため、そんな常識は通用しない。あくまでも身分階級の中での話だ。

だが、どうしても友梨亜の常識が、この現状に苛立ちを感じてしまう。


「身分関係なく、皆がやりたいことを出来るようになるのが一番だけど……そもそもさ、貴族とか王国って歴史的に長続きしなさそうじゃん? 今は意識的にそういう過渡期なのかなって思うよ」

「……革命とか? ちょっと怖いですね」

「俺らのやることに不満が大きくなれば、あり得なくはないけど。緩やかに共生していけるようになればいいよね。そのためには女性の立場を向上させていくのが大事なことなんだろうなって、俺も思う」

「確かに、貴族の中でも庶民の中でも、男尊女卑が凄まじいですもんね。ボネ家は恵まれてると思います」


嫁ぎ先に有無を言わせないのはもちろんのこと、商品として扱われるが故に行動の制限も交友の制限も当然のように行われる。

家長である父親の言うことが絶対的なのだ。そこに女性の意思は必要とされない。


「うん。だからこそ、俺の傍に理解あるあなたがいてくれるんじゃないかな」

「……そうなんでしょうか」

「ちなみに、あの時は嫌だったら結婚までに逃げられるって言ったけどさ、もう状況が変わってるって気付いてる?」


婚約を申し込まれた時の話だ。あの時はとりあえず婚約だけ、結婚が嫌だったら逃げていいという話だった。

今更わたしに逃げる気はないとはいえ、状況の変化については思い当たることがない。


「えっと……どういう?」

「やっぱ分かってないか。あのさあ、テオが直くんになっちゃった訳でしょ? ってことは友梨亜ちゃんが逃げたいってなったときに、テオはもう役に立たないの。直くんなら俺の味方してくれるもん」


何その絶対的な自信。萌えしかない。めっちゃ末っ子っぽくて可愛すぎる。

確かに、花ちゃんはわたしなんかより絶対にジョーくんの味方になるに決まっている。


「そうですね……」

「ボネ伯爵はジュリエットの味方だろうけど、身内に俺の味方がいると逃げられない確率の方が高いだろうね。どうする? 今ならまだテオが訳分かってないからギリギリ逃げられるかもよ?」


そう言っているジョーくんは余裕たっぷりの笑みを見せている。だけど、その瞳にほんの少しの不安が見えているように思えるのは、わたしの気のせいなのだろうか。いや、ここは自惚れるしかない。


「わたし、ジョーくんに会うまでは、元の世界に帰りたくて泣いてました。……でも、今はもう帰りたいとさえ思わないです」

「……そっか」

「ジョーくんが望んでくれる限り、傍にいたいです。……いて、いいですか?」


ジョーくんの顔が、一瞬だけ泣きそうに歪んだ。その一瞬だけで胸が詰まる。


「俺が、お願いしたいくらいだよ」


そう言って笑うジョーくんの顔は、今まで見た中で一番優しい笑顔だった。


響く波音と、香る潮風。

この時のジョーくんの笑顔とともに焼き付いたこの光景を、わたしは一生忘れないと思う。


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