52.新疑惑
殿下の滞在には、ボネ家の屋敷で一番豪華な客室が用意された。
その客室の応接用スペースにあるソファーに向かい合い、わたしとジョーくんはお茶をしていた。
「さて、どういうことだろうね?」
優雅な仕草で緑茶を飲むジョーくん。
本日のお茶うけは、ボネ領自慢のパティシエ・ベイカーさんのお店の名品・百合のフィナンシェである。
我が家の紋章である百合をかたどった、バターたっぷりのフィナンシェを頂きながら、先ほどのテオについて分かったことを話し合うつもりだ。
緑茶にフィナンシェも意外と合うのである。
「えーっと、本人に記憶があって、かつ、その人の名前を知っていれば、その人の顔に見える。でしたよね?」
「うん。その辺もそうなんだけど、急にテオの記憶が戻ったのは謎だよね」
それはきっと、元の世界で、花ちゃんが亡くなったのが最近だからじゃないだろうか。
元の世界は世界の終わりを迎えているらしいし、大規模な災害が起こっているという。わたしやジョーくんもきっと巻き込まれたはずで、花ちゃんもきっとそうなんだと思う。
でもその辺のことは漣さんが内緒にしろって言っていたから、口にしてはいけないのだろう。
突拍子もないことだから信じてくれるとも思えないし、それが本当だとして、そんな残酷な事実をジョーくんに言えるはずもない。
「みんな、バラバラなんですかね? わたしよりもジョーくんが早かったみたいですし、スズキさんも最近でしたよね」
「その辺の時差も気になるな。……あと、俺は恐ろしいことに気が付いた」
「え? 何ですか?」
カップを置いたジョーくんが、真剣な表情でわたしを見つめる。
今までにない空気に、思わずごくりと唾を飲み込んだ。
「レオンも、記憶あるんじゃないかな」
「……え?」
レオンのことを思い浮かべる。結婚式でのレオンは、今までのレオンと同じだったように思う。少なくとも、テオのように外見的に明らかな違いはなかった。
「何でですか? レオンはレオンのままだったと思うんですけど」
「あの人、元々年齢不詳じゃん? 数年前とあんまり変わってないし」
「んー、確かにレイちゃんは若いですけど」
言われてみれば、髪と瞳の色に惑わされていたかもしれないが、顔だけ見ればレイちゃんとすぐ分かるレベルである。雰囲気が違いすぎて、特に疑問にも思わなかった。
「でもレオン、緑茶に砂糖入れて飲んでましたよ?」
「あの人、麦茶に砂糖入れて飲む人だから」
「え……そんな人実在するんですね」
「それに思い出したのがさ、俺がここに来る数日前、あの人髪染めてたんだよね」
「……もしかして?」
「そう、役作りで青い髪に。カラコンも入れてた」
「うっそでしょう!?」
ジョーくんが言うには、ジョーくんがここに来る数日前、”シャルモン”のメンバーが集まって仕事をした日が、最後にメンバーに会った日らしい。
そこで、レイちゃんがアニメの実写舞台をやることになり、そのキャラクターの役作りのために髪を青く染めていたことを知ったという。
「え、でも、それならかなり早い段階で記憶あったことになりません? わたしが見たときはもう今のレオンだったから、わたしより早かったのかも」
「うん。でもあの人、例え記憶あったとしても言わなさそうだし、普通に馴染んでそうじゃない?」
「……確かに」
レイちゃんはあのおっとりとした穏やかな笑顔で、いつの間にか場の空気を和ませる存在だ。誰からも好かれる、好感度の高い人なのだ。
その割に自分のことは一人で背負い込むタイプなので、もし江本嶺としての記憶があったとしても上手く隠してしまいそうだ。
「レオンも、明後日来るんだよな?」
「そうですね。近いので当日来ることになってます」
「じゃあ式が終わったら時間あるか。その時確かめてみよう」
「……はい」
確かめるのが怖いような、楽しみなような、不思議な気持ちだ。
ここにきて、”シャルモン”が揃いそうなことにも何か意味があるのだろうか。
少なくとも、ジョルジュ殿下とテオ・ボネの関係性は変わってしまうだろうし、レオンがレイちゃんなら、レオン・モローとの関係性も変わってしまう。
それが今後どのように影響してくるのか。今はまだ分からない。
「テオは……どうしましょうね?」
「いや、もう放置でいいんじゃない?」
「えっ!?」
まさかの答えに目を丸くすると、ジョーくんは少し不機嫌そうに眉をひそめた。
「だって、俺も友梨亜ちゃんも、別にそれでやってきたわけだし」
「それはそう、ですけど」
「テオの記憶もあるんだし、大丈夫でしょ。あの人ならうまくやると思うし」
「……最初から躓いてましたけど」
「直くんは理解するまでが長いけど、理解したらもう迷わない人だから大丈夫」
十五年以上一緒にいたメンバーが言う言葉だ。わたしが勝手に持っているイメージとは重みが違う。
ジョーくんがそう言うなら、きっと大丈夫なのだろうと思える。
「それにさあ、どっちかといえば友梨亜ちゃんの方が心配なんだけど」
「え? わたしですか?」
「だって考えてもみなよ。今までテオが溺愛……いや、シスコンだったでしょ?」
「で、でき……まあ、そうですね」
「これから、直くんに同じ態度取られて、あなた平気で受け止められるの?」
今までのテオを思い出してみれば、出会い頭のハグから始まり、頭ぽんぽんに甘々な言葉のオンパレードである。
それをテオではなくてあの花ちゃんにされると想像してみる。
(いや、無理!! 花ちゃんがリアルお兄ちゃん!? 無理無理無理!! あんなカッコいいお兄ちゃんに溺愛とかむーりー!!)
ハグされるだけで顔が赤くなってしまいそうだ。スキンシップが多すぎる。
「ほらね? あー、やっぱ面白くねえな」
「ええっ!?」
「だからもう放置でいいんだって。テオなら許せるけど直くんは無理」
「いや同じ人……」
「見た目がもう直くんだろ」
「ですね……」
結局、花ちゃんの方から何か具体的なヘルプ要請がくるまでは様子を見ることになった。
ジョーくんのあれはヤキモチじゃないのかなあと思ったものの、口にした後が恐ろしいのが目に見えている。口をつぐんだわたしは賢い。
夕食時のテオは、明らかに以前のテオに近付いていたので胸を撫でおろした。
サラ様の笑顔も自然だったように思う。好みドンピシャということだし、花ちゃんならきっと上手くやってくれるだろう。
テオの記憶があるということは、両親やジュリエット、それにサラ様と共に過ごした時間の記憶もきちんと持っているということだ。
わたしでさえ馴染んでいけたのだから、花ちゃんもすぐに馴染むと思う。
妹として、適切な距離で見守ることにしよう。




