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50.レッドバック

※討伐シーンがあります



ボネ領までは、六本足の馬シュヴァールが引く馬車で約三日かかる。

シュヴァールは三日から四日なら夜間の休憩のみで走り続けられる体力があるので、ボネ領はぎりぎりちょうどいい場所にある。


ボネ領の領都まで、あと一日というところ。


ここはレオンのモロー領であり、ちょうど海と山脈に囲まれた街道である。

右を見れば青々とした山が、左を見れば遠目に海が見える。景色は最高だ。


だが、一行の空気はどことなくピリピリしている。

それもそのはずで、ここはこの時期、熊が出やすいのである。


熊と聞いて多くの日本人が思い浮かべるのは、ツキノワグマだろう。

人間の大人よりは少し小さめな、黒い熊。首元に白い三日月型の毛があることでもお馴染みだ。


しかしながら、ここにいる熊はヒグマに近い熊らしい。

人間の大人よりも大きい、二メートル越えのサイズが普通で、毛も茶色い。

近衛騎士を務めるような騎士たちでも、一対一だと危ないほど凶暴らしい。怖すぎる。


さらに怖い情報として、熊の中でも突然変異のように出てくる個体がある。それは通常の熊よりも大きくて凶暴で、見かけたらすぐに逃げろと言われている存在だ。

それがプーゲ――黄色い熊である。


「ジョーくんは、プーゲを見たことがあるんでしたっけ?」

「ああ、友梨亜ちゃんはまだなかったんだっけ? 死体もない?」

「ないですないです!」

「アレはやべえよ。出会わないに越したことはないけど……ちょっと待って、すげえ嫌な予感するな。こういう話してると」

「総員配置につけ!!!」


ジョーくんの言葉を遮ったのは、マクシム隊長の大きな声だった。ビリビリと空気が震えるような声である。そしてその次に聞こえてきたのが――


「ヴヴアアアアアアアア!!!!!!」


そのさらに上を行くような、とんでもなく凶悪な鳴き声だった。


「……え?」

「ジョン、色は?」


視線を鋭くしたジョーくんが、窓際にいた侍従へ問いかける。さっと窓を確認したジョンが珍しく驚きを見せていた。


「黄色ですね。しかもレッドバックです」

「最悪だな」


はあっと息を吐くジョーくん。騎士たちがわたし達の馬車の周りを取り囲む。シュヴァール達も怯えたように足を止めた。


「あの……?」


もしかして、という言葉を込めて見つめると、ジョーくんが重々しく頷いた。


「プーゲだよ。しかも最凶のレッドバックだ」

「レッドバック?」

「プーゲはまれになぜか背中に赤い毛が生えてくるやつがいるんだ。レッドバックと呼ばれてる個体なんだけど、プーゲの中でもさらに凶暴だと言われてる」


ゴリラのシルバーバックみたいなものだろうか。

しかし黄色い熊に赤い毛って。


「色合い的に、かわいい感じがしますね……?」


ハチミツとか与えたら、大人しくなったりしないんだろうか。風船とか与えたら飛んでいったりとか。穴に突っ込んだらお尻が引っかかって出られなくなったりとか。


「俺も最初はそう思ったけど……まあ、見てみれば?」


すっと窓を指すジョーくん。好奇心を抑えられなくなったわたしは、そっと窓を覗き込んでみた。


「ヒッ!」


窓から見えた光景は、とんでもなかった。

直前まであの有名な黄色い熊を想像していたから、なおさらである。


二メートルどころではない、その倍くらい――ちょっとしたビルくらいの大きさで、ものすごい口が大きくて、牙を見せてよだれをダラダラ垂らしている黄色い熊。正面からだから赤い毛は見えなかったが、とんでもなく怖い生き物がいた。


「な、ななな、何ですかあれ!!!」

「だからあれがプーゲだって。やべえやつだよ」

「だだだ大丈夫なんですかあれ!!」

「うーん」


窓を覗き込みながら難しい顔をしているジョーくん。


「ジョン、どうだ?」

「マクシムとダミアンもおりますし、問題ないでしょう」

「だってさ」


(マクシムとダミアンへの信頼度ぱねえな!? あの二人でどうにかなるの!?)


「ど、どうやって倒すのあれ……」


がくがく震えながら窓枠を掴む。外では騎士たちが、全く怯む様子もなくプーゲに立ち向かっていた。凄すぎる。


殿下付きの近衛第三隊に交じり、マクシムとダミアンの姿もあった。二人は左右の両翼を担っているようだ。

正面に配している第三隊が、襲い掛かるプーゲの腕を引き付けて長い剣で切り掛かっている。そのたびにプーゲの腕からは血が噴き出て、「ヴガアアア!!!」と世にも恐ろしい声で鳴いていた。

が、見た目よりダメージが小さいようで、相変わらず手を振り回しながら暴れている。


窓枠を掴んでいた手に、ジョーくんの手が重なってきた。


「大丈夫だよ。プーゲの倒し方は確立されてるから」

「……ほんとに?」


涙目になっている自覚はあるが、どうしようもない。だって怖すぎる。

ジョーくんがよしよしと頭を撫でてくれ、窓枠を掴んでいたわたしの手をそっと広げて離した。


「うん。ほら、見てな。マクシムとダミアンが動いた」


目線を戻すと、両翼にいた二人が同時に動き出した。体勢を低くしてプーゲに向かって駆け出している。


「ええ! 危ない!」

「大丈夫だよ」


ジョーくんの声が落ち着いているおかげで、立ち上がりそうな腰を何とか押しとどめることができた。


左右からプーゲに近付いた二人が、同時にジャンプして後ろから膝に切り掛かった。正面で引き付けていた騎士たちも、同時に駆け出して左右に分かれている。

そして両膝を切り付けられたプーゲは、膝から血を噴き出し、ゆっくりと正面へ倒れ込んだ。そのせいで背中の赤い毛がしっかりと見えた。後姿だけ見ると、完全にあの有名な熊さんだ。

ズシンと、ちょっとした地震のように地面が揺れた。


「ヴガアアアアア!!!!」


顔が地面についているせいか、雄叫びもより近く感じる。ぞわりと鳥肌が立つ。


しかし騎士たちは冷静に動いており、統率のとれた動きで起き上がれないプーゲに切り付けていく。噴き出す血の量が目に見えて減っていき、そのたびに吠えていたプーゲの声もどんどん弱々しくなっていった。

最後は、我らがマクシム隊長が首を切り落として、討伐終了となった。


「よ、良かった……」

「ああ、ホントに」


はあっと息を吐いたジョーくんが、すっとジョルジュ殿下の表情になった。そして馬車のドアを開けて外へ出た。


「全員、無事か!?」

「はっ」

「よくやってくれた。第三隊とマクシム、ダミアンは下がって休んでくれ。残りの第四隊、あとを頼むぞ。一時間後に出発する」

「「「はっ」」」


討伐の中心となっていたメンバー達は返り血を浴びてひどいことになっている。顔も疲れ切っていた。

侍女や侍従もタオルや飲み物などを運び、他の騎士たちはプーゲの死体の後始末に取り掛かっている。場が一気に動き出した。


「エマ、わたしは大丈夫だから、あなたも行ってちょうだい」

「かしこまりました」


ジョンはもちろんとっくに動き出していて、馬車の中はわたし一人だ。

殿下はともかくわたしが動いたところで恐縮されてしまい、邪魔になるだけだから仕方がない。

後始末をしているマチアス達を窓からぼーっと見つめていると、ジョーくんが戻ってきた。


「大丈夫?」

「はい。わたしは何もしてませんので」

「いやでも、初めて見たんなら衝撃的だったでしょ?」

「それは……もう、二度と出会いたくないですね」

「だよね。でも落ち着いていてくれて良かったよ。ご令嬢が初めてアレ見ると、パニックで馬車から飛び出しちゃうことも多いらしいから」


その気持ちは分からなくもない。あんな生物がいるなんて、信じられない。我を失っても仕方がないと思う。


隣に座ったジョーくんが、またしても頭を撫でてくれた。そのままぎゅっと抱きしめてくれたので、ここぞとばかりに頭を擦りつける。


(だって、怖かったんだもん!!!!)


「よしよし。怖かったね」

「……はい」

「ふふ、素直に甘えてくるの、めっちゃ貴重だな」

「本気で怖かった……みんな無事でよかった……」

「うん。あとで労ってやってよ」

「はい」


護衛は仕事とはいえ、まさに命の恩人である。


その日の宿泊地に着いてから、マクシムやダミアンを始めとする騎士たちに感謝の気持ちと立ち向かう勇気への絶賛を捧げていると、さすがにしつこかったのかジョーくんに引き離されてしまった。


「カッコ良かったのは分かるけど、言い過ぎですよお嬢さん」

「ウザかったですかね?」

「いや。俺の気分が下がっただけ」

「……ん? どういう?」

「うるせーな、ヤキモチだよ」


ぷいっと視線を逸らしたジョーくんがあまりにも可愛すぎて、言葉を失うわたし。

感情が揺れすぎると、語彙力どころか言葉までなくなってしまうのだと思い知ったのである。


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