46.お詫び
「ジュリエット様、いかがでしょう」
オデットの声にハッとした。
気付けばわたしは水色のドレスに着替え、髪もハーフアップにされていた。今日の髪飾りは大ぶりの真珠がついたものである。
「ありがとう。オデットの見立てはいつも完璧ね」
微笑んで言うと、オデットがさっと視線を伏せた。でもその頬が少し赤らんでいる。
オデットはいつも表情を崩さないのだが、褒めるとこうやってちょっと照れるのが大変可愛い。
今なら前から疑問に思っていたことを聞けそうな気がした。
「オデットは、ダミアン副隊長とは血縁なのかしら?」
「……はい」
(なんか凄い嫌そうなのが伝わってくるのだけど、地雷踏んじゃった!? やっば!!)
「あ、やっぱりそうよね。……ちょっと、顔立ちが似ているから気になってしまって」
オデットがパッと顔を上げた。その瞳が輝いているような気がして驚く。
「似て、いますか?」
「え? ええ、そうね。初対面でも分かるくらいには」
「そうですか……」
何だろう、仲があまり良くないのだろうか。よく分からない反応である。
「義姉を亡くしてから、兄はあまり実家にも寄りつかなくなりまして。元々似ていないと言われておりましたので、兄妹だと気付いていない方も多いのです」
「まあ……そうなのね。職場が同じなのはやりづらいのかしら?」
「いえっ! そのようなことは」
これが本音なのか遠慮なのか、残念ながら付き合いの浅いわたしにはまだ分からない。言葉通りに受け止めるほかない。
「なら良かったわ。ダミアン副隊長もオデットも、頼りになるから。このままわたしのそばにいてくれたら心強いわ」
「光栄なことです。仰せのままに」
オデットの表情はいつも通りになってしまった。
「ジュリエット様、そろそろ参りましょう」
「そうね」
エマが先導してくれて、食堂へ向かう。
殿下は既に来ていた。
今日もオフっぽく前髪をおろしていて、上着は着ずにシャツだけの姿だ。一層オフっぽくて大変素敵である。
「おはよう、ユリア」
(朝一のジョーくん、破壊力がぱねえです!!!! かっこよ!!!)
「おはようございます」
淑やかに見えるように微笑みながら、殿下が引いてくれた椅子に座る。
本来ならばテーブルを挟んで向かい合うのだろうが、今日はすぐ隣に席が用意されていた。
「先に話をしてもいい?」
「ええ、構いませんが」
殿下の侍従ジョンが緑茶を出してくれて、使用人たちが遠くの壁に控えた。内緒話のようだ。
「あの、宗麗って人なんだけどね」
「スズキレイカさん?」
「そう。元日本人なのは確定だね。リュカのこと見てりゅっちって言ってたらしい」
「え!」
まさかリュカにまでそんなことを言っていたなんて、レイカさんのメンタルは強すぎはしないだろうか。知り合いだから距離感が近いせいなのか。
「ちなみに、リュカの反応は?」
「何言ってんのこいつ、みたいな顔」
「ですよねー」
そりゃそうだ。
リュカもテオもレオンも、緑茶に砂糖を入れて飲む人間だ。りゅっちや花ちゃん、レイちゃんに似ていても、日本人の訳がない。
「レオンやテオには会わせない方がいいだろうな。はるばる来てもらって悪いけど、今回はとっとと帰ってもらうことにした」
「え、いいんですか?」
「何が?」
あっさりとそう言うジョーくんは、全く何も思うところがないのだろうか。せっかくお知り合いに会えたというのに。
「その……お知り合いだった、んですよね?」
「うん。でも仕事上の知り合いだし、別に特に思い入れもないし」
「けど、日本の話出来る人ですよ?」
「そんなの、あなたがいればいいし」
(くぅぅ!! こういうことをナチュラルに言うから性質が悪いんですよ、アイドルってやつは!!)
「で、でも、あの人めっちゃ綺麗だし」
「……友梨亜ちゃんの方が可愛いけど? それにあんな公の場で突然取り乱す奴、普通に怖いわ」
それは確かにそうかもしれない。取り押さえられていたレイカさんを思い出すと、その怖さも分かってしまう。
そのせいか、その前の言葉もすんなり信じることが出来てしまった。ふっと肩の力が抜ける。
「あー、ヤキモチ? 最近ちょっと掛かりきりだったもんな。ごめんね?」
ニコニコ笑うジョーくんが恨めしい。絶対悪いなんて思ってない顔だ。
そもそも、この人がこんなにカッコいいのが悪いのだ。
「知りません」
「ふふふ、そんな拗ねないでよ。友梨亜ちゃんを妬かせちゃったお詫びはするから」
「……ちょっとやそっとじゃ許しませんけど」
「大丈夫、自信あるよ」
いつもの意地悪な笑顔じゃなく、優しい笑顔でそんなことを言うジョーくん。
手元のベルを鳴らして合図をすると、すぐに食堂のドアが開いてカートが運ばれてきた。
丸い蓋がかぶせられたお皿が前に置かれる。その蓋がサッと外されたとき、わたしは思わず息を飲んだ。
「こ、これ……!」
銀の皿にちょこんと乗せられていたのは、なんと、わたしが探し求めていたあいつだったのだ。
そう、おにぎりである!!!!
「な、なんで? え? どうしたんですかこれ!」
「まあまあ落ち着いて」
「お、落ち着けません!」
「気持ちは分かるけど。これはね、今回宗殿が持ってきてくれたものの一つ。うちのシェフが炊き方をマスターするのにちょっと時間がかかってね。俺も協力して、あの宗麗にも協力してもらって、昨日やっと出来たんだ」
「そう、だったんですね」
久しぶりの再会に泣きそうだ。このつやっとした光り方は日本米そのものである。
「ちなみに、この白い米はすんげえ貴重らしい」
「え」
「向こうでもお偉いさんをもてなす時くらいしか食べられないんだって」
「えええ」
そんなに貴重なものを頂いてもいいのだろうか。いやでも見てしまったら食べずにはいられない。
脳内の友梨亜がじゅるりとよだれを垂らしている。
「ふふ、じゃあ食べちゃおっか」
「はい! い、いただきます!」
両手で持って、ぱくりと食べた。
もっちりとした感触、ほんのりとした塩気。いい塩梅である。
目を閉じてじっくりと噛みしめた。幸せだ。外見がいくら変わろうと、世界すら変わってしまおうと、この幸せは本物だ。
「……最高ですね」
「ああ」
小さめのおにぎりは、あっという間にわたしの胃へ収まってしまった。名残惜しいが、仕方がない。
温かい緑茶を飲むと、ほうっと満足げな溜息がこぼれた。
「普段は赤い米を食べてるんだってさ。それも頂いたけど、味はそんなに変わりなかったよ」
「そうなんですね! そっちは貴重ではない?」
「うん。見た目は赤飯より赤いけどね。これから定期的に一定量を輸入することにした」
「さすがですぅぅぅ!!!!」
わたしの推し……ではなく、わたしの婚約者は仕事ができる男なのである。
「あの人がやらかしてくれたおかげで、かなり安く仕入れ値を設定できたから。まあその辺は感謝だな」
「ええ……」
「これで、許してくれる?」
あざとい上目遣いだけど、まんまとやられてしまうチョロすぎるわたし。
そのうえおにぎりまで頂いてしまったのだ。許さない選択肢などあり得ない。
そしてそれを分かっているジョーくんが小憎らしい。好きだけど!
「……今日の夕食も、ご一緒にしていただけるなら」
「ふふ、りょーかい」
ここでパチンとウインクをかましてくるジョーくんは、やっぱり根っからのアイドルであると思うのだ。




