45.意味
にわかには信じられない話だが、反論する材料は何もない。とりあえずは先を聞くしかなさそうだ。
「……そうですか」
「はい。それで、本当なら友梨亜さんもほんの僅かに違う、友梨亜さんが気付かないレベルの世界に移動するはずだったのですが、今回は新人がやっちまいましてねえ」
「新人さんが、何を?」
「実はですね、友梨亜さんが元いた世界では近年稀に見る大災害が起きてしまって」
「はい!?」
「いわゆる世界の終わりですよね」
かるーく言う事実が信じられなくて目を見開いてしまう。
「さすがにこれは不味いということで、その世界からすべての者を近くの世界に移動させることにしたのですが、そんなに都合よく同じ魂の身体が近くの世界で同時に亡くなるなんてことは、まあ多々あるんですけど、それにしたって例外はあるんですよ。それが貴女方です」
「あなた、がた」
「そう。もう出会ってますよね? 元日本人の方々」
思い浮かんだのはジョーくんとレイカさんだった。
「貴女方は、あの世界の周辺には同時に死ぬ同じ魂がなかった。だから見た目も環境も違う世界まで飛ばさないといけなくなってしまったんです。それにしたってもっと近い世界もあったというのに、世界の終わりを初めて体験した新人職員がちょっとパニックになってしまって、貴女方は結構遠くに飛ばされてしまいました」
「はあ」
「見た目も名前も常識も違う世界に説明もなく飛ばされ、さぞ大変な思いをされたことでしょう。申し訳ございませんでした」
「はあ」
机にくっつくくらい頭を下げられてしまったが、謝罪されてもどうしていいのか分からない。情報量が多すぎる。
「なら、元の世界にいたわたしは、死んでいる?」
「友梨亜さんの身体は、生命活動を維持してはおりませんね」
「じゃあ、今の世界のジュリエットは」
「そうですね。自然災害に巻き込まれて亡くなる予定でした」
そう言われてハッと思い出したことがある。
ジュリエットとして目覚めて数日後、台風のような日があった。あんなに荒れることは珍しいようで、土砂崩れなども起きたらしい。あれに巻き込まれるはずだったのだろうか。
「自然災害だけはね、我々は関与できないシステムなんです。そういう風に作られているから」
緑茶をずずっとすする姿があまりに達観しているせいか、目の前の男性が年齢不詳に見えてきた。
「ジュリエットの、魂は?」
「これは機密事項に該当するため、言えません」
「機密事項?」
「はい。宮崎さんが亡くなったら、きっと分かると思いますよ」
ということは、ジュリエットの魂はわたし達が思う死ということになるのだろう。それがこの世界でのジュリエットの運命だったのかもしれないとはいえ、何だか罪悪感が沸き起こる。
「ジュリエットの記憶があるのは何で?」
「身体に残った記憶だと思いますよ。融合するときに同化するはずなので、混乱されたのでしょうね」
ジョーくんも、ジョルジュ殿下の記憶があると言っていた。それはきっと彼も同じだということだ。
「それで、わたしは、その謝罪のために呼ばれたの?」
「そうですね。そういう建前です。貴女の魂は呼びやすい性質なので有難いです」
「建前って、じゃあ本音は?」
「また倒れられるとさすがに怒られちゃうんですよね。減給かも」
「はい?」
「いやいや、宮崎さんってば“ジョーくん”のこと大好きじゃないですか?」
「えっ!」
突然何を言い出すのかと顔が熱くなる。
「照れなくてもいいんですよ。いいですねえ、甘酸っぱくて」
「や、やめてください」
「あはは。それでね、友梨亜さんの魂とジュリエットさんの身体はそろそろ完全に融合するはずなので、色々書き換えられてお身体も丈夫になるはずなんですよ」
「丈夫に?」
そう言われてみれば、お出掛けすると高い確率で熱を出していたジュリエットだが、このところそういったことはほとんどない。
エミリのことで精神的にダメージを受けて起き上がれなくなったことはあったけれど、それくらいである。
「ね? 思い当たることありますでしょ?」
「まあ、はい」
「今回も思い詰めて倒れてしまうところだったので、急遽ご説明にお呼び立てしたという訳です」
「……え?」
倒れそうだったという自覚は全くなかった。
そりゃあ嫉妬はしていたけれど、それは身勝手なわたしの想いだからどうしようもない。
「宮崎さんは“ジョーくん”のことになると、ちょっと想いが強すぎるのかダメな方向に思い詰めてしまうようで、このままだと同化が止まる……まあ、端的に言えば危ないかなと思いまして」
「いや、だって……」
いくら異世界だとはいえ、あんなに素敵なジョーくんがわたしの婚約者な世界は、今もどこか夢のようで。
明日の朝、目が覚めて友梨亜の部屋だったとしても、ジョルジュ殿下が宗麗さんを選んでしまったとしても、わたしはきっと「やっぱりね」と思える。
そうなっても大丈夫なように、心の準備をしている。
「我々は“ジョーくん”の魂は呼べないのです。だから本当のところは分かりませんが、彼の魂はとても真摯な色をしていますよ。怖がって予防線を張らずに、信じてみてもいいのでは?」
丸眼鏡の奥が、優しい光を宿している。
不思議だ。初対面でこんなところであんな名刺で、どうしたって胡散臭いはずなのに、言葉がすっと心に落ちていく。
「……わたし達が、あの世界にいるのには意味があるんですよね?」
「そうですね。それが何かは教えられませんが……先ほどは歴史的な発明を例にしましたけど、多くはそんなに大きな事じゃないんです」
「……例えば?」
「貴女が歴史的な発明をする誰かの祖先なのかもしれないし、後世に残る何かを作り出すのかもしれないし、どこかの誰かや動物たちを助けるのかもしれない。貴女の部屋に飾ってある百合についた虫を、窓から逃がすことがそれなのかもしれない」
「虫を……」
「それはもう、神のみぞ知るってやつです。貴女の選択が何かに繋がることは間違いないし、それは貴女だから出来ることなのです。生きることは選択の連続ですからね」
にっこりと笑った彼が、タブレットに映し出されていた友梨亜とジュリエットの画面を消した。
そしてそのまま何やら操作するとわたしの左側にドアが現れた。見覚えのある、百合の間の立派すぎるドアだ。
「そろそろ、お目覚めの時間みたいです」
「あ……」
「今回は宮崎さんの為に特別な席をご用意しただけですので、今お話したことは、今のところ秘密にしておいてくださいね」
「今のところ?」
「ええ。貴女の選択によって、またお会いすることもあるやもしれませんから」
そう言ってスッと立ち上がる。そしてわたしを手でドアへと促した。
夢見心地のまま、わたしは立ち上がった。
「あの」
「はい?」
「わたし達の、元の世界って」
「今のところはまだ存在していますが……あまり聞かない方がよろしいかと」
「そう、ですか」
両親に弟、友人達の顔が浮かび、胸が痛くなる。
戻る先が異世界ならば、彼らにはもう二度と会えないということだ。
「それと」
「何でしょう?」
「結局、お名前は何と呼ぶんですか?」
「あ、そうですよね! 読めませんよねー、すみません! わたくし、“さざなみ”と申します」
「さざなみ、漣さん……ありがとうございました」
「あはは、お礼を言うのはこちらですよ。貴重な睡眠時にお呼び立てして、来て頂いてありがとうございました」
ペコリと頭を下げる漣さん。にこにこ笑ったまま、机の向こうからは動かない。
漣さんに見つめられる中で、わたしはゆっくりと百合の彫られたドアを開けた。
ドアの向こうから真っ白な光が溢れ出し――――
わたしは、エマに肩を優しく揺さぶられていた。
「ジュリエットお嬢様、お時間です」
「ん……」
「おはようございます」
目を擦りながら身体を起こす。
しっかり眠ったはずなのにそんな気がしないのは、寝ている間の遭遇が衝撃的だったからだろうか。
だけど、身体は驚くほどに軽かった。
心なしかスッキリしている。
「おはよう、エマ」
「昨日はお休みをありがとうございました」
「いいえ、ゆっくり休めたなら良かったわ」
「はい。それと、今朝はジョルジュ殿下が朝食をご一緒にとお誘いがありました」
「殿下が?」
昨日、レイカさんと会っていたことを思い出す。だけど、不思議と胸はもう痛まない。
「ぜひにとお返事しておいて」
「かしこまりました」
すっと出て行ったエマに代わり、オデットが入ってきた。
「おはよう、オデット」
「おはようございます、ジュリエット様。今日のお召し物はいかがなさいますか?」
「そうね、じゃあ殿下から頂いた、水色のドレスにするわ」
「かしこまりました」
頭を下げてオデットがクローゼットへ歩いていく。わたしは戻ってきたエマの手を借りて身支度を始めた。
されるがままになっていると、夢の中で出逢った漣さんのことを思い返す。
あの場ではどこか夢見心地で、不思議な説得力があったけれど、今こうやって思い返してみると、荒唐無稽な話である。
誰にも言うなと言われたが、ジョーくんに言っても信じてもらえない気もする。
(だけど……ここにいるのには意味があるって分かっただけでも、ここに居て良いって言われたみたいで、救われる気がする)
ただの夢なのに、自分でも不思議なほど漣さんを信じてしまっている。
ここが異世界で、元の世界はちゃんとあって、わたし達がここにいることには意味があると。
(でも……きっと、元の世界でのジョーくんは……多分、レイカさんも)
大きな自然災害が起こったと言っていた。世界の終わりだとも。
想像もつかないけれど、でも、世界がたくさん存在するのなら、きっとどこかの世界では”シャルモン”としてジョーくんが輝いたままの世界もあると思うのだ。
(そう思わないと、やってられないだけかもしれないけど)




