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43.もやもや



それから、数日。宗麗ことスズキレイカさんは、今も王城の一室に滞在している。


殿下とわたしへ不敬を働いたことへの聴取が、まだ続いていた。どうやら殿下に直接話すと言ってきかないらしく、ジョルジュ殿下自らお相手をなさっているそうだ。

使用人同士の噂話をルネが拾ってきて聞かせてくれた。


あの日感じたもやもやは消えたはずだと思っていたのに、ずっと燻り続けていたらしい。

あの人がまだ王城内にいること、ジョーくんと会って話していることを聞いてしまえば、火種は一気に大きくなってしまった。


(だって……ジョーくんがわたしを傍に置きたいのは、日本の話が出来るからでしょう? だったらあの人でもいい、いや、あの人の方が元々知り合いだった分、共通の話題も多いだろうし、話していて楽しいんじゃないかなあ)


わたしを妃にすると言ってくれた、あの時の気持ちに嘘はないはずだ。

だけど、人の気持ちは状況とともに変わっていくものである。

十七歳のジュリエットには分からなくとも、二十八歳の友梨亜には、永遠と絶対なんて希少すぎるものだと分かってしまう。


そんなことに気を取られていたからだろうか、自分の身体が急にくるくるっと回されたことに気付くのが遅れてしまった。


「キャッ」

「おっと」


空中で体勢を崩したわたしを受け止めてくれたのは、サワディエンヌ先生である。

今はダンスのレッスン中。優雅に踊っていたはずなのに、いきなりアクロバティックにくるくる投げられてしまったのだ。サワディエンヌ先生は細いのにどこにそんな力があったのだろうか。


「ちゃんと集中してくださいね」

「は、はい。申し訳ございません」


体勢を整えながら謝罪する。急なことでまだ心臓がバクバクしていた。


「では、本日はここまでにしましょう」

「ありがとうございました」


いつもならここでレモネードを頂く時間なのだが、今日は先生がお急ぎらしくてここで別れた。


「ジュリエット様、このままお戻りになりますか?」


今日の付き添いはルネである。護衛はアルノーとマノンだ。


「そうねえ。ヌルグ先生の課題を仕上げたいから、図書室で資料を探そうかしら」

「図書室ですね。ですが、お飲み物はよろしいですか? よければ中庭のテラスにご用意致します」

「いいわね、お願いするわ」

「では、こちらへ」


レオンの件はあったが、ルネも仕事が出来るのは間違いないからわたしの侍女へ推薦されたのだろう。きっとレモネードの時間がないと知っていて準備してくれたのだ。


いつも殿下とお茶会をしていた中庭ではない、もう少しこじんまりした中庭にあるテラスは屋根付きで、一休みするのにちょうどいい。

ここは花が咲き誇るというよりは、垣根のような緑が多かった。一つとして同じではない緑に囲まれるのも気持ちがいい。


「ジャスミン茶をご用意しました」

「ありがとう、ルネ」


周りに花がないせいか、ジャスミン茶の香りがいつもより強く感じられた。ダンスのせいで喉も乾いていたから、余計においしい。


静かに過ごす時間は、わたしの日常において実は少し貴重である。

偶然訪れたその貴重な時間に感謝しつつ、ゆっくりとお茶を味わってから図書室へ向かう準備を始めた、その時だった。


中庭の向こう側にある回廊を、ジョルジュ殿下が通り過ぎている。

テラスと回廊は距離がある上に、こちら側に垣根を挟んでいるせいで、回廊の方からはよく見えないと思う。こちらからは少し見下ろすせいか、回廊がよく見える。


今日も忍者のような侍従ジョンを従えており、他にも何やら本を抱えた侍従や、近衛たちを引き連れた大移動である。


(今日も忙しそうだなあ……)


最近は就寝前の語らいも毎日ではなくなってしまった。あまりにも顔が疲れているので、こちらから辞退したのだ。それでも三日に一度は必ず会いに来てくれるジョーくんは優しい。


回廊の先にある別棟に歩いていくジョルジュ殿下。一つの部屋の前でジョンがドアを開けた。

開いた先の部屋に見えたのは、ここではまだ見たことがないグレーのハイライトのヘアスタイル。


(あ……)


続いて見えた顔は、やっぱりスズキレイカさんだった。今日はさすがに舞妓さんの格好ではなく、この国のものと思われるシンプルなシルバーのドレスを着ていた。長い髪は片側でまとめて編み込まれており、まるで雪の女王のようである。それは大人びて華やかな雰囲気のレイカさんによく似合っている。


嬉しそうな笑顔で殿下を迎えるレイカさん。護衛の一人と殿下が中へ入ると、ジョンがドアを開けたまま部屋の内側へ立った。


(きっと、また聴取だろうけど……)


頭では理解している。レイカさんの立場はあくまでも隣国、朱国のご令嬢で国にとっても重要人物だ。いくら不敬を働いたからって、あの場は非公式なものだったし、わたし達に何もなかったのだから不問としてもおかしくはない。今後の国同士での繋がりを考えれば尚更だ。


ではなぜ、ジョルジュ殿下が自ら、忙しい中で時間を作って相手をしているのか。


暇な貴族達は邪推する。

曰く、東方かぶれの殿下は、東方の姫までお気に入りになったとか。

曰く、愛称まで許す仲なので、もともと繋がりがあったのではないかとか。


どちらにしろ、側室候補なのではと囁き合っているのだ。そしてそれはわたしの侍女のおしゃべりなルネから情報が入ってくる。


わたしはこの聴取が宗麗への取り調べではなく、スズキレイカさんへの状況の聞き取りだと知っている。

わたしとジョーくんを除く、初めての日本人だ。他の人には訳の分からないことでも、わたし達には分かる。

そこに何か、ここにいることの意味を示すヒントがないかと考えているのだろう。


「ジュリエット様?」


ルネの訝しげな声にハッとする。


「今、行くわ」


図書室へ向かう足が速くなる。

課題を仕上げるつもりだったのに、頭が回らない。

資料を取り出して机に広げ、学習のポーズだけを作り上げると、ルネもマノンも少し離れた場所に控えた。アルノーは図書室の入り口付近で控えている。


資料に目を落としながら、頭ではまったく違うことを考えてしまう。

今、まさにこの時間、ジョーくんはレイカさんと会っている。二人きりではないにしろ、きっと日本の話もしているのだろう。ジョーくんの仕事の話だって、わたしには分からない話もレイカさんとならできる。共通の知り合いもいるだろう。話題は尽きないはずだ。


もやもやする気持ちは、もう嫉妬だと分かっている。

ここではわたしだけのジョーくんだったはずなのに、もっと近い人に奪われてしまったかのような気持ちになっているのだ。


わたしにとって都合のいい夢の世界が、崩されていく感覚。

それは思っていた以上に、わたしの精神にダメージを与えていたらしい。


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