42.宵闇
レオンとコレット様の結婚式まで、あと一週間。
参列予定の貴族でも、遠方に領地を持つ者は到着し始めている。不慮の事態が起きても間に合うように、相当余裕を持って出たのだろう。
ついでにとばかり謁見の申し込みがあるので、国王陛下もジョルジュ殿下もとても忙しそうにしていた。
そんな中、朱の国から宗真とその従妹も到着した。
彼らは来賓なので、わたしも御挨拶の場へ同席することになっている。
とはいえ、宗真に会うのは二回目だし、今回は慶事への個人的な出席であって国家公務ではない。ジョルジュ殿下とわたしの二人で迎え、昼食を共にすることにしていた。
来賓を迎えるのは、王城の専用門からさらに奥まった迎賓館の前である。
シュヴァールがひく馬車が、少し離れたところでゆっくりと止まった。さすが、馬車の部分も豪華な彫刻がされている。
御者が降り立ちドアを開くと、中から宗真が降りてきた。
今日も朱の国の民族衣装を着ている。軍服のように前ボタンが並ぶ細身のロングジャケットに、腰回りは金襴の帯。”シャルモン”の衣装ではないが、個人的に大好きな衣装である。
くるりと振り向いた宗真が中へ手を差し伸べると、ほっそりとした白い手が出てきた。
続いて姿を現したのは、舞妓さんである。
(え!? どう見ても舞妓さん、だよね?)
ジョーくんの表情を確認したかったが、わたし達は隣に立って宗家の二人を見ている状態だ。近衛もずらりと控えているし、わたし達の後方には侍従や侍女もいる。宗家の二人の後方には朱国の使用人たちもいる。一挙手一投足を注目されている中では何もできない。
黒髪を結い、異常なほど顔や手が白く塗られ、煌びやかな着物を着ている彼女は、控えめに目を伏せて降り立った。
そして宗真に促されるようにこちらへ歩き出す。しずしずと効果音がつきそうなほど、ゆっくりとした歩みだ。
(あの状態で馬車に!? 凄すぎない!?)
同じ女性として、このガッツリした着物姿で馬車に乗る大変さは想像できる。いくら民族衣装とはいえ、そして王族に会うための正装とはいえ、大変だっただろう。
皆の注目を集めながら、宗家の二人はわたし達の前までやって来た。
「よく参られた。再びの長旅、お疲れだろう」
「お久しぶりにございます、ジョルジュ殿下。そしてジュリエット様。今回はわたくしの従妹、│宗麗≪そうれい≫を連れて参りました」
「ご紹介に預かりました、宗麗でございます。お目通りが叶って大変光栄にございます」
宗真が紹介すると、舞妓さんはそう名乗りながら伏せていた視線をゆっくりと上げてきた。化粧のせいで本当の顔立ちは分からないが、その仕草はとても優雅で美しい。
しかし、次の瞬間、その表情が驚愕に染まった。
「え!? ジョーくん!?」
その言葉を聞いた時のわたしの驚きは、ジョーくんがジョーくんだと分かった時の驚きに匹敵するものだった。
だがその驚きを表情には出さなかったはずだ。アンドゥ先生仕込みの淑女教育が実を結んでいるのを実感する。
それどころか不思議そうな顔をする余裕まであった。
そんな演技をしながらジョーくんの方を向くと、ジョーくんも驚きではなく困惑の表情をしていた。さすがである。
「これ、麗! 殿下に失礼であるぞ!」
慌てたように宗真が咎めるが、宗麗の方は意に介していない。それどころか興奮が増している。
「だって、どう見てもジョーくんだし! ねえ、ジョーくん! どうなってるの?」
興奮した宗麗が一歩距離を縮めてきた。舞妓さんの格好でなければぐいぐい来ていてもおかしくない勢いだ。
ジョーくんはわたしの腕を掴み、優しく腰を支えながら一歩下がった。近衛達の空気が一気にピリッとする。
「麗! やめなさい!」
宗真が舞妓さんの袖を掴んでくれたから、彼女はそれ以上近づけないようだった。だが止められると余計に興奮してしまうものなのだろう。
「ちょっと! 離してよ!」
「麗!」
「ジョーくん! 私、レイカよ!」
「やめなさい!」
舞妓さんはどんどん取り乱していく。あまりの興奮っぷりが少し恐ろしくなってきた。
名乗るということは知り合いなのだろうか。でも美人っぽいのに必死の形相がちょっと怖い。
この場にはジョルジュ殿下付きの近衛第三隊の数名と、わたし付きのマクシム、ダミアン、アンナとマノンがいる。そのうちの殿下付きである騎士数名が距離を縮めてきた。
それを見たのかジョーくんがさらに二歩ほど後ろへ下がった。
「離して! ほら、ジョーくん! 『宵闇』のスズキレイカだってば!」
その瞬間、舞妓さんの魔法が解けたかのように、宗麗は普通の顔になった。
普通の、舞妓さんの化粧もしていない、現代日本にいそうなOLのお姉さんに。
(え……)
だけどその雰囲気は、友梨亜のようなどこにでもいる地味OLではなく、華やかな雰囲気の美人だった。
髪はグレーに近いハイライトを入れたオシャレな感じだし、メイクも艶があって肌を綺麗に見せている。着ているのは舞妓さんのままだけど、雰囲気が華やかなせいか負けていない。
「っ! 近衛! 私が許可する、下がらせろ」
ジョルジュ殿下の声が響くや否や、瞬く間に騎士たちが棒で彼女を押さえつけ、かなり後ろに下がらせた。身体には触れないようにしているあたり、賓客への配慮がうかがえる。
「何するのよ! やめて!」
宗麗、いやスズキレイカさんが叫んでも、近衛はびくともしない。
「殿下! 誠に申し訳ございません。この国へ来てから時折おかしなことを言うようになってしまいまして。よもや殿下の御前でそのように振る舞うとは」
「いや……しかし、式への参列は遠慮してもらう」
「もちろんです。すぐに連れて帰ります故」
「念のため聴取はさせてもらうぞ」
「はっ。仰せのままに」
宗真が土下座のように伏せて頭をつけた。人に土下座されるなんて初体験である。
「ジュリエット、アンリとマノンを借りてもいいか?」
「はい、もちろんですわ」
「ありがとう。ではアンリとマノン、宗麗殿をお連れしろ」
「「はっ」」
棒で押さえつけられていたスズキレイカさんの腕を、アンリとマノンがしっかりと押さえ込んだ。そしてそのまま引きずるように外へ出され、宗真もその後を追っていく。その間もずっと、スズキレイカさんは「ジョーくん!」「助けて!」と叫んでいた。
姿が見えなくなり、声が聞こえなくなってようやく肩の力が抜けた。
わたしの腰を抱いたままだったジョーくんにも伝わったのか、顔を覗き込んできた。その目はいつもと同じ優しい光を湛えている。
「大丈夫?」
「はい。驚きましたけれど」
「とりあえず部屋に戻ろうか」
そのままエスコートされて、わたしの部屋に戻って来た。歩いている間、会話はなかった。できなかったのだ。
エマも騎士たちも人払いをして、ジョーくんがわたしの隣に座る。日本の話をするときはいつもこうだ。
「あの方、お知り合いでした?」
スズキレイカさんは"『宵闇』のスズキレイカ"だと言っていた。
『宵闇』というのはアイドル御用達の雑誌であり、もちろん“シャルモン”も何度も掲載されているし、表紙にもなっている。わたしもその全てを購入している。
となると、そのお仕事繋がりで知り合いなのかもしれないと思ったのだ。
「うーん。確かに一緒に仕事をした覚えはある。『宵闇』と顔で思い出せた程度だけど」
「顔! 変わりましたよね!?」
あの人が名乗った瞬間、まるで魔法が解けたかのように日本人の顔になった。舞妓さんも綺麗だったけど、日本人としても綺麗な方だ。いわゆる業界人だからなのかもしれない。
「うん。友梨亜ちゃんの時と同じパターンだった」
「わたしの時も、あんな風に魔法が解けるみたいに?」
「魔法ね、確かに。パチッと切り替わるみたいだったもんな」
「てことは、やっぱり日本での名前を名乗られると顔が見える……」
「友梨亜ちゃんとあの人の例ではね」
「いやでも、そうすると他にも日本人いるのかよってことですよね」
「そうなんだよなあ」
うーんと考え込むジョーくん。
でもスズキレイカさんが現れたということは、そしてその人がジョーくんの知り合いだというのなら、その可能性は大きいだろう。もしかするとどこかにわたしの知り合いもいたりして。
「あれだけじゃまだ分からないな。この国に来てからおかしなことを言い出したらしいし」
「そうですね……」
このもやもやとした気持ちは何なのだろう。
ジョーくんがジョーくんであることは、二人だけの秘密だと思っていた。わたしにとってこんなに都合の良い世界、わたしが作り出しているという可能性が高いから。
だけど、わたしが作り出した世界に、わたしの知らない、ジョーくんの知っている人がいる。しかも、わたしなんかよりずっとジョーくんに近くて、大人びて綺麗な人だった。
「なんなんだろうね、この世界」
ずっと指輪を嵌めたままの右手の薬指を、きゅっと握りしめる。
わたしはまだ、わたしの夢である可能性を捨ててはいない。いつか目覚めるのではないかと、その気持ちはずっと持っていた。
そうじゃないと、本当に目覚めたとき、わたしとジョーくんとの”当然の距離”にきっと絶望してしまうから。
だけどきっと、ジョーくんは。
言葉にした訳じゃないけれど、ジョーくんはもう夢じゃないと確信していると思う。怖くて確かめることもしないけれど。
「まあ、せっかく聴取の機会があるんだから。色々と聞き出してみるよ」
「はい」
「あんま心配すんなって」
そう言って笑うジョーくんの笑顔に、ちゃんと安心できたはずだった。




