41.誕生日
二番目、美の月。四番目の週、星の花の日。
それがジュリエットの誕生日だ。
美の女神の月、星の週、花の日。妖精のようなジュリエットが生まれた日としてこれ以上ない組み合わせである。
今や鏡を見れば友梨亜の顔になってしまったわたしは、美貌を絶賛されてももはや他人事のような気持ちで聞いてしまうが、ジュリエットは絶世の美少女なのである。
最近、ようやく、やっと少しだけ、身体つきが女性らしくなってきたような気がするが、まだ美女と名乗るには程遠い。
そんなジュリエットも十八歳になる。
本来なら学園に通う最終学年のジュリエットだが、王城の教師陣に国最高峰の教育を施されているので、もう学園に通うことはないだろう。
学園、怖いし。未だにエミリ事件と詐欺まがい男事件を思い出すと怖いのだ。
ボネ家ではなく王城で、ジョルジュ殿下の婚約者として王太子妃に向けた教育を行っているジュリエットも、この誕生日に向けてボネ家のタウンハウスに戻ってきている。
領地から戻ってきた家族が、ささやかなお祝いの席を設けてくれているのだ。
二週間後にはレオンとコレット様の結婚式も控えており、ボネ家の家族はこのまま王都に留まるという。
もちろん、母と王妃陛下、それにサラ様とお茶会の予定はしっかり入れてある。
帰ってきたわたしを出迎えてくれた家族の、変わらぬ姿にホッとした。
王城へ引っ越しして約二か月、家族の顔を見たのも新年の夜会以来である。
「ジュリエーット!!」
テオの抱擁も、いつもより力強いものだ。だがにっこにこの笑顔で心から嬉しそうにハグしてくる兄に対する親愛の情は失われてはいない。
テオを見ても、花ちゃんだ!と思うことはもうない。テオはテオ、わたしの兄である。そっと背中に手を回して応えた。
「ほらほら、テオ。セドが代わってほしそうに見ているわよ」
母の声で、わたしについてきていたエマが動いた。いつものようにべりっと剝がされるテオ。エマは強いのである。
「エマ……相変わらずだな」
「ありがとうございます」
「褒めてないんだけど」
渋々離れていくテオに代わり、こちらもにっこにこの父がやってくる。わたしも素直にハグに応じた。
相変わらずハグ大好きな我が家の男性陣である。
「おかえり、ジュリエット」
「ただいま戻りました、お父様」
「元気そうだね? 困っていることはないか?」
「はい。おかげさまで。殿下も王妃陛下も、色々とお気遣いくださっていますので」
「それは良かった」
「さあ、セド。次は私と代わって頂戴な」
お母様の一言ですっと離れる父。さすがである。
今日もぴっかぴかのお肌をした母は、バラのように良い香りを纏っている。柔らかな身体のハグは逞しい男性陣と違って温かな包容力に溢れていた。すりすりと頬を寄せる。
「うふふ、ジュリエットったら甘えん坊ね?」
「お母様……なんだかすっごくいい香りがします」
「そうでしょう? 練り香水というんだけど、クレッシェで流行っているらしいのよ。王妃様にどうかしらと思って持ってきたの」
「まあ」
また物凄い勢いで食いつく王妃陛下の顔が思い浮かぶ。あの挨拶の時のクリームも、王妃陛下の愛用品として売れに売れまくっているらしい。
「さすがですね、お母様」
「もちろんジュリエットの分もあるわよ? そっちは百合の香りなの。殿下も夢中になっちゃうわね?」
悪戯っぽく笑う母に、顔が熱くなる。
この前お風呂上りに抱きしめられたことを思い出した訳ではない。絶対に違う。
「あらあら? まあ、もう夢中なのかしら?」
「や、やめてください、お母様」
恥ずかしくなってそっと離れると、テオと父が呆然とした顔をしていた。ジュリエットへの溺愛は相変わらずのようだ。
「明日は殿下も来られるのでしょう? ぜひつけてお迎えなさいね」
パチンとウインクをきめる母に、引きつりながらも笑顔を返した。
翌日、わたしは無事に十八歳を迎えた。
王子殿下の婚約者の誕生日とあれば通常は盛大に祝うのかもしれないが、今回は国を挙げての慶事を控えていることと、わたしが学園に通っていない身であることを鑑みて、我が家だけでこじんまりと行うことにしたのだ。
しかしもちろん、婚約者としてジョルジュ殿下も来てくれた。
白い百合をメインに、ライラックやラベンダーなど薄い紫、ジュリエットの瞳に合わせた色の大きな花束を携えてきた。もちろん正装バージョンである。
(ああああもう!! 正装で髪をサイドから上げてるだけでもカッコいいのに!!! 大きな花束を軽く掲げてくるなんてもう!!! どこの王子様ですか!!!)
ちなみに今日の衣装は、濃いカーキのジャケット。襟と袖が黒い生地で、パンツも黒である。ゴールドのボタンとサイドライン。
(これは! 最近のやつ! 『rêve』のコンサートオープニングで着てたやつ! すき!!)
わたしが好きな衣装を把握しつつあるジョーくんが、この衣装を選んできたのは偶然なのだろうか。
玄関先で出迎えたわたしと目が合うと、ジョルジュ殿下はフッと笑ってわたしに跪き、花束を差し出してきた。
「ユリア、お誕生日おめでとう」
「あ、ありがとうございます」
なんとか花束を受け取ると、ジョルジュ殿下がさっと立って手を差し伸べてきた。後ろから音もなく近付いてきたエマに花束を渡す。きっと良きように飾ってくれるだろう。
殿下にエスコートされながら我が家の広間へ向かう。後ろにはジョンや殿下の護衛達もついてきている。
「今日はカリーパーティーだって?」
「ええ。色々とご用意してますから、きっとジョーくんにも楽しんでいただけるかと」
にっこり笑って答える。
そうなのだ。今日はクロエとわたしが情熱を注いで完成させたカリーメニューのお披露目も兼ねている。
ここで評判の良かったいくつかを、お店としてやってみたいと思っているのだ。
広間には既にカリーのいい香りが漂っている。ほぼ我が家の家族と使用人、そして殿下とクロエというほぼ身内だけのような集まりなので、さくっと挨拶を済ませて会が始められた。
テーブルに並ぶのはもはやお馴染みのカリーミルクスープ、カリードッグに、色々な色のカリー達。そして、ナンである。ナンだけはモーリ先生に協力を仰ぎ、作り上げた。
その他、色とりどりのカリーは、ほうれん草、トマト、バターチキンなどなど、現代日本ではお馴染みのやつを再現しようと頑張ってみた成果である。
「おお……」
ジョーくんから感嘆の声が上がった。それだけでガッツポーズを決めたくなる。
「これはすごいね」
「ありがとうございます! お気に入りをぜひ教えてくださいね」
カレーは優勝なのである。カレーを前にすると、皆が夢中になってしまうのだ。
皆がそれぞれお気に入りを見つけてくれたようで、そんな話で盛り上がり、わたしとクロエは十分な感想を頂いてホクホク顔である。
大満足の中でわたしの誕生日会はお開きとなった。
クロエとは近いうちにフィードバックを兼ねた反省会及び打ち合わせをしなくてはならないだろう。
その日の夜。まだ殿下は時間があるようで、ボネ家のわたしの部屋にいた。
婚約者となってから会うのはほぼ王城だったので、ジョルジュ殿下がわたしのこの部屋に来るのは初めてである。そのせいか違和感が物凄いことになっていた。
だが殿下本人はとてもリラックスしている様子だ。頂いた花束ももちろん綺麗に飾られている。
「俺、ハーブティーは苦手かと思ってたけど、このラベンダーはいけるわ」
「これ、おいしいですよね」
カレーの刺激をさっぱりと流してくれるような、香りのよいハーブティー。二人でそれを飲みながらまったりとした時間を過ごしている。
ここは、友梨亜がジュリエットとして目覚めた場所でもある。
(あの時は、まさかここでジョーくんとお茶してるなんて思いもよらなかったなあ……)
しみじみしてしまうのも仕方のないことだろう。
あの天蓋付きのベッドで目覚めるたびに感じていた落胆は、今はもう感じない。幸せすぎる立場のせいだろう。
「カリー屋、出すんだって?」
「ええ、まずはラフィット領に、スープ屋さんを出すつもりです。クロエが、ですけど」
「まずはってことは?」
「そうですね。王都にも出してほしいんですよねえ」
「自分が食べたいからでしょ?」
「それもありますけど! でもやっぱ日本でもカレーといえば国民食ですし、ここでもそうしたいじゃないですか」
「何その壮大な計画」
そう言いながらもジョーくんは楽しそうに笑っている。気を良くしたわたしは話を続ける。
「そのためにはやっぱライスが欠かせないとは思うんですけど、ないものを言っても仕方がないので。ナンと、選べるカレーで一つは日替わりみたいにしたら、売れると思うんですよね」
「うん、ランチタイムには良さそうだけど」
「ですよね! 修道院とか孤児院での振舞いで、カレーそのものへの馴染みは出来てきたと思うんですよ」
「ふふっ、だね」
「クロエはラフィット領のお店があるし、わたしがやろうかなって思ったんですけど」
「いやー、さすがにそれはどうかな? このままクロエ嬢に頼んだ方がいいと思うけど」
予想通りストップがかかってしまった。こんなわたしとはいえ、次期王妃予定なので、王家が直接商売に乗り出すというのはやはりまずいのだろう。
「ですよねえ。じゃあやっぱりもう少し待つしかないかなあ」
「いや、ちゃんとした店じゃなくてもいいんじゃない?」
「え?」
「王都の方は屋台にすれば? ナンドッグとかにしちゃって」
「屋台! いいですね!!」
それならば人的にも準備的にも、ちゃんとしたお店を出すよりずっとハードルが低い。これはクロエに要相談である。
うんうん頷きながらそんなことを考えていると、ジョーくんがにっこりと笑った。
「とりあえず、カレー関係はこれでOKかな?」
「え? そうですね。あとはクロエと相談して……」
「良かった。じゃあ」
スッと立ち上がったジョーくんが、わたしの隣に腰を下ろした。
「えっ、と……?」
「誕生日だっていうのに仕事の話ばかりってのも、恋人としてどうかなあって」
「こここここここいびと!?」
「まあ婚約者だけど、ちょっとくらい甘い雰囲気も必要じゃない?」
「ああああ、甘いのは、あの、ちょっと」
慌てふためくわたしの手を取り、じいっと目を見つめたまま指先にキスを落としてくるジョーくんが、もうとんでもなくエロい。甘い通り越してエロいです。
「めっちゃいい匂いすんだけど」
「え、あの、いや、お母様から練り香水を」
「練り香水?」
そう言いながら指先の匂いを嗅ぐジョーくん。恥ずかしすぎて死にそうなので止めてほしい。
「おい、十八歳」
「ははは、はいっ!」
「ぶはっ、どんだけ緊張してんだよ」
「だって! そんな目で見られたら!」
「見られたら?」
死にそうになる、なんて言ったらどうなることか。また練習と称して荒療治が待っているような気がする。
無理。今日のこんなエロいジョーくんに色々されたら鼻血出ちゃう。
「……なんでもない、です」
「なんじゃそりゃ」
目を合わせないように伏せると、ふっと笑った声が聞こえる。そして、繋いだままだった手の指先に、冷たい感触。
思わず視線を上げて、目を見開いた。
「ジョーくん、これ……」
「ん。誕生日プレゼント、兼、婚約指輪ね。ここには婚約指輪なんて慣習ないけど、女子の憧れってやつでしょ?」
右手の薬指に嵌められていたのは、アメジストのような綺麗な紫の石がついた金色の指輪だった。ジョルジュ殿下の髪と瞳の色だとすぐに分かる。
「え……いいんですか? ほんとに?」
「もちろん」
目の前で微笑むジョーくんが、少しずつぼやけていく。
「泣くほど嬉しかった?」
「だって…まさかジョーくんに、指輪とか」
(そんな未来があるなんて、想像すらしなかった!!)
「まあ、そんなに喜んでもらえて嬉しいけどさ」
ぽんぽんと頭を撫でてくれるジョーくんが優しすぎてときめく。
今日も、わたしの婚約者は最高なのである。




