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40.女神



その後、レオンはさっさと帰っていった。やることが山積みらしい。それはそうだろう。


殿下はわたしの後にレオンとの面会があったようで、時間が空いたからとそのままわたしとお茶をしている。

ジョンの視線がほんの少し険しいが、何も言ってこないところをみるとまだ余裕があるのだろう。


ブラックオレンジの紅茶を飲みながら、殿下と向き合う。


「しかし、驚いたわ。展開早すぎじゃない?」

「はい。式は三か月後だとか」

「本人達というより、周りが焦ってんのか」

「そうですね。気が変わる前にと」

「まあ、分からんでもないけど」


レオンはあんな感じだから、モロー侯爵が急ぎたがるのも分かる。コレット様も修道院へ入った経緯からして、ブランシェ侯爵は無理に婚姻をと言えなかったのだろう。

そんな二人が遂に結婚すると言い出したのだ。急ぎたくなる気持ちも、確かに分からなくはない。


「それにしたって、三か月なんて。お衣装もきっとオーダーメイドでは間に合わないでしょうし。コレット様は気にしないとおっしゃってるみたいですが」

「そうなんだ? まあ確かに一からのデザインはきついだろうね。でも侯爵家だし、それなりのものは用意するでしょ」

「それなりなんて! 一生に一度のことなのに」

「友梨亜ちゃんは時間たっぷりあるから、こだわってくれていいよ?」


楽しげな声に心がざわつく。

いくら王太子妃教育を受けているとはいえ、結婚式の準備はまだ先だ。わたし自身も実感がないのに、嫌でも意識してしまう一言だ。


「ドレスはやっぱり白がいいのかな? 友梨亜ちゃんが着たら流行りすぎて定番になっちゃうかもね? あと朱の国からもらった着物もいいよね。お色直しはここじゃしないみたいだけど、両方見たいし取り入れちゃう?」

「ちょっと、それはまだ……着物!?」

「え?」


着物、朱の国の宗真にいただいたのは、朱色の生地に様々な刺繍がしてある打掛だった。

あの夜会のあと、お礼も兼ねて殿下が宗真を招き、わたし達三人でお茶を飲んだのだが、その時に婚礼衣装にもいろいろな種類があることを聞いた。


この国の王族と同じ立場である皇族の方々は、色鮮やかな打掛を羽織ってお目見えする習わしだそうだ。その生地の色、刺繍の文様一つ一つに意味があるらしい。

皇族ではないが近い臣下の方々、この国で言う貴族の立場の方々は、白地に裏地が青、そして刺繍も華やかな振袖を着る。どなたか配下の方にでも、とその着物も頂いていたはずだ。


(着物、良くない!? コレット様めちゃくちゃ似合いそうだし、腕も隠れるし。わたしがこの前着ていた感じでドレスっぽくもできるだろうし!)


「ジョーくん! あの着物、コレット様にどうかな?」

「あの着物? ああ、宗殿に頂いたやつ?」

「そう。コレット様、大和撫子って感じだし、絶対似合うと思う!」

「うん、いいんじゃない?」


そうと決まれば、早速レオンとコレット様に打診しなくてはならない。



幸い、二人ともその着物を気に入ってくれた。コレット様の傷も自然に隠せるし、何よりコレット様の凛とした雰囲気が本当によく際立っていて美しかった。思ってた通り、めっちゃ似合うのだ。


厳密には振袖のようにしっかり着付けをするのではなく、下に細いシルエットの白いドレスを着た状態で羽織り、前を合わせて帯で止めている状態だ。正面からは裾の隙間に白いドレスが見えている。遠目で見ればドレスに見えそうなシルエットである。


「髪はそのままおろして、大きな白い生花をつけたら素敵だと思います」

「……きれい」

「はい! とってもお似合いです。ね、レオン様?」


試着と称して羽織らせてみた機会で、レオンは呆けた顔でコレット様を見つめていた。

その気持ちは分かる。異国の方が初めて大和撫子を見ちゃった衝撃だろう。一定の割合で性癖にダイレクトヒットして抜け出せなくなる、つまり日本人女性にしか目がいかなくなる異国の方がいるように、レオンもそのタイプだったのかもしれない。


「え……女神なの?」

「レオン!?」

「神様といるうちにコレットも女神になっちゃったの? おれ、隣に立っていいの?」

「レオン様! しっかり! 気持ちは分かりますがお気を確かに!」


パンと手を叩いて音を鳴らし、レオンを呼び戻す。


「……はっ、何!?」

「レオン、恥ずかしいことを言わないで頂戴。ジュリエット様もいらっしゃるのよ?」

「いやだって、本当に女神かと」

「もういいわよ!」


恥ずかしがるコレット様も大変愛らしい。

いいぞレオンもっとやれと内心でははやし立てているが、淑女の仮面をかぶって微笑んでおいた。


「レオン様はあえて黒いスーツをお召しになって、小物で青と白を効かせてください。きっとコレット様がさらに素敵に見えますわ」

「そうする」


眼福が約束されているも同然である。レオンとコレット様のご家族の次に、わたしが楽しみになっていると思う。




レオンとコレット様の結婚式は、準備が着々と進んでいるようだ。

式は二回、王都で貴族や来賓を招いて大掛かりなものと、レオンの領地、モロー領で領民への顔見せも兼ねたもう少し気取らないもの。コレット様はそのままモロー領のモロー侯爵家へ嫁入りとなるらしい。

わたしが参列するのは、もちろん王都でのものである。テオは両方とも出席するらしい。ずるい。


侯爵家同士との婚姻とあって、ジョルジュ殿下の二番目の姉君であるアレクシア様がフォルティエ公爵家へ降嫁された七年前、レオンの姉であるクラリス様がドルレアック公爵家へ嫁いだ五年前以来の、国内での大きな慶事である。その日は城下もお祭り騒ぎになるだろう。


わたしは王太子妃教育をこなす日々を過ごしながらも、どこか浮足立っていた。

就寝前、ジョーくんとの語らいは欠かしていないが、話題もそちらが多くなる。


「早速、城下ではレオンとコレット嬢の姿絵が出回ってるらしい」

「え?」

「二人の結婚を記念したクッキー、紅茶、パンなども」

「……商人の考えることは全世界共通なのですね」

「まあ、経済が回るのはいいことだよ。モロー領の魚やレオンが輸入してきたクレッシェの商品もブームになっているみたいだし」


そうなのだ。わたしの生地ボネ領やレオンのモロー領は海岸沿いにある領地なので魚介類が豊富なのだが、ここ王都からは海は遠く、川と湖しかない。そのため、たまに出てくる魚はほぼ淡水魚である。

海のない土地の民が抱く海への憧れは大きかったのか、モロー家の紋章でも使われているカジキや、マグロやポワッソ――鯛に似たとんでもなく大きい魚――などを模した小物や、海をイメージさせる青いものが流行っているらしい。

わたしも今日のドレスは目の覚めるようなブルーのものである。


「確かクレッシェのアルケミスト夫妻は参列されるんだよね?」

「はい。王都の方も、領地での方も、両方来てくださるそうです」

「そうか。こちらも着物の件を宗殿に報告したら感激してくれて、彼も参列してくれることになったよ」

「まあ、そうなのですね」

「何でも、あの着物をデザインしたのが宗殿の従妹らしくて。着ているところを見たいそうだ」


従妹ということは女性である。女性が仕事をしていて、しかも外国へも堂々と行ける立場ということは、朱国の方がこの国よりもジェンダー的に進んでいるのかもしれない。


「クロエ・デュポワとも面識があるそうだから、ここへ招いて色々と話しても楽しいんじゃない?」

「いいですね! それは楽しみです」

「じゃあ、そう手配しておこう」


ジョルジュ殿下がそうであったように、ジョーくんもここでの女性の立場には思うところがあるようだ。当然だ、中身は男女平等がうたわれて久しい日本で暮らす男性なのだから。

わたしとしても思うところは多々あるので、少しずつ意識改革していきたい所存である。


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