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39.涙



レオンとコレット様のことは、公務中に予定外の行動をしてしまったお詫びも含め、殿下には報告していた。もちろん詳細はわたし(とダミアン)の心の中に留めてある。

レオンが平民になることを考えていると知った殿下は「マジかよ……予想外すぎる」と大きなため息をついていたが、とりあえずはもうしばらく様子を見ようということで落ち着いている。


レオンとの面会は、王城の庭で行われた。

わたしが殿下とお茶会をしていたプライベートスペースに近い中庭ではなく、もっと開かれた大きな庭の一角である。

念のため人払いをしてあるが、遠くには人の姿もちらほら見えるし、侍女や護衛は普通にいる。

今日のお付き侍女はエマ、護衛はダミアンである。この二人ならばレオンが何を言い出しても安心だ。


わたしが気を配っているのには理由がある。

先日の公務中にわたしがレオンと会っていたことが、使用人の中で噂になりかけていたらしい。耳に挟んだ侍女長のナタリーが、すぐに噂の発生源を突き止めてくれた。

あの時のことを知っているのはダミアンとマチアス、そしてルネ。ナタリー侍女長が耳に挟んだということからも、ルネが発生源だった。


ナタリー侍女長はルネを連れてすぐに謝罪してきた。

謹慎の上に配置換えを申し出てきたが、会っていたのは本当だし、そもそも予定外の行動をとったわたしも悪い。ルネは侍女になりたてで教育中の身でもある。一度の失敗で切り捨てるのは忍びないと、今回は謹慎のみとした。


(わたしだって、素敵な婚約者がいる女が他のイケメンと密会してたなんて、妬ましい気持ちになるだろうし)


殿下はもちろん、レオンだってまだ独身男性なのだ。王城で働く侍女にしてみれば、アイドル的存在なのだろう。わたしにとってのジョーくんやレイちゃんのように。

気を付けなければいけない立場なのは、わたしの方だ。



庭の一角、池の橋を渡った先にある小さな浮島。そこには屋根付きの東屋がある。レオンは既にそこにいた。


「レオン様、お待たせいたしました」

「ああ、急に呼び出してごめんね。先日はどうもありがとう」


レオンが立ち上がり、わたしのために椅子を引いてくれた。


「いえ。コレット様にお会いできてようございました」

「うん、ほんとに」


わたしに向かい合って座ったレオンが、にっこりと笑う。


エマが用意してきたお茶を注ぎ、わたし達の前に置いた。

今日は紅茶、だがオレンジのような果物が添えられている。香りも形も切った断面もオレンジなのだが、色だけが黒いのだ。最初は腐っているのかとぎょっとしたが、食べると普通においしいのである。ブラッドオレンジならぬ、ブラックオレンジだ。


お互いに一口飲んで、カップを置く。オレンジの香りがふわっと鼻を抜けて心地よい。

同じようにカップを置いたレオンが、にこにこ笑いながら言った。


「それでね、結婚することになったんだ」

「……え?」


機嫌よくにこにこと笑うレオンの言葉が、一瞬理解できなかった。


「結婚、ですか? コレット様と?」

「他にいないでしょ」

「それはそうですが、でも、え?」


あれからまだ一週間程度しか経っていないのだ。

まさかもう平民になる準備ができたというわけではあるまい。


「レオン様、平民になられて?」

「違うよ、コレットが還俗するの」

「まあ!」


ということはつまり、コレット様が貴族としてレオンに嫁ぐということだ。


(あの告白に心動かされたのね! わかる! あんなこと言われたらたまんないよ!)


思い出すとわたしまで赤面してしまいそうだ。


「おめでとうございます! 良かったですね、レオン様!」

「ふふ、うん。ジュリエットのおかげだよ」


そんなことない、とは言わない。わたしも自分で自分をよくやったと褒めてやりたい。


「それで、正式な婚約を? 式はいつ頃かしら?」


今年はテオとサラ様のご結婚が控えている。わたしと殿下の結婚式はおそらく来年になるだろう。王太子妃になってしまうと身動きが取りづらくなるのが目に見えているので、なるべくならそれまでにしてくれると、わたしも参列できると思う。


「婚約は今朝済ませた」

「け、今朝!?」

「式は、ティスリンの月に」

「ティスリンの月? え、さ、三か月後!?」


今は新年を迎えたクーリエの月。マーリー、アディーときてティスリンの月なので、三か月後である。

それはさすがに、現代日本でもあり得ないスピードだ。結婚式を挙げた友梨亜の友人たちは、少なくとも半年前には式場を押さえていたと聞いている。三か月前に招待状が来ていたくらいだ。


「うん。気が変わらないうちにって、どっちの家族も言うから。おれとしても早く一緒に住みたいし、いいかなって」

「コ、コレット様もそれでよろしかったのですか? お衣装とか間に合わないのでは?」


結婚式は花嫁の夢というではないか。結婚式で揉めて険悪になる夫婦も少なくはない。

節目での我慢は一生つきまとうと、友梨亜の母も言っていた。友梨亜を出産した時に残業していたのが未だに許せないらしい。


「そこは気にしないみたい。傷が隠せるならそれでいいって」

「そうですか……」


本人がそう言うのならば良いのだろう。

ここでのウエディングドレスは、色の指定はないが形が決められている。必ずベアトップのロングドレスなのだ。

コレット様はきっとロンググローブで傷を隠すつもりなのだろう。


「ジュリエットも参列してくれるでしょ?」

「もちろんですわ! 必ずお祝いにうかがいます」

「よかった、コレットも喜ぶよ」


そう言ってへにゃっと笑うレオンは、今までで一番幸せそうな笑顔だった。


「レオン様……本当に、よかったです」

「え!? 泣くほどかよ?」

「だって……」


わたしにも分からないが、レオンの幸せそうな顔を見ていると視界がぼやけてきてしまったのだ。

一途な想いが報われることになったのは本当に嬉しいけれど、泣くほどとは自分でも思わなかった。


「待って、止めて? 泣かせたらおれが殿下に怒られちゃうだろ?」

「……ふふ、殿下はこんなことで怒らないと思います」


エマがそっとハンカチを差し出してきてくれたから、瞳をそっと押さえた。零れ落ちる前には止められそうだ。


「ジュリエット様、ジョルジュ殿下が来られました」

「えっ!?」

「あ、こら!」


ダミアンの声にハンカチで押さえたまま振り向いてしまったわたしを、レオンが焦ったように止める。が、もちろんもう遅かった。

片目だけの視界で見ると、すぐそこに機嫌が悪そうに眉をひそめる殿下が近付いてきていた。


「ほらー、もう。最悪だ」


諦めたようなレオンの声。ハンカチを下ろして立ち上がり、膝を落として出迎えた。

殿下はわたしの顔を覗き込むように止まった。うん、完全に誤解されている。


「目が赤いけど」

「殿下、ご機嫌麗しゅうございます。これは嬉し泣きでございます故」

「嬉し泣き?」

「ええ。レオン様があんまりお幸せそうで、つい感動してしまって」


わたしがそう言うと、殿下は怪訝な顔を隠そうともせずにレオンの方を向いた。

レオンは膝をつき、頭を軽く下げている。


「殿下にはこれから報告に伺おうと思っていたのですが、陛下より、先ほどコレット・ブランシェとの婚約を承認いただきました」


レオンがいつになく真面目な口調で言うと、殿下は無表情のままわたしの方を向いた。これは殿下が感情を隠している時の顔だ。きっと内心ではものすごく驚いていることだろう。

わたしが微笑んで頷くと、殿下はすぐにレオンの方へ向き直した。


「それは、おめでたいことだ。コレット・ブランシェ嬢は還俗する方向だな?」

「はっ」

「そうか……」


その口調には隠し切れない安堵があった。ジョルジュ殿下はきっと、境遇も人生も変わってしまったコレット様のことを、自分のせいだと心を痛めていたのだと思う。


「何かあれば、力になる。二人のこれからに、幸多からんことを」

「ありがたく存じます」


とても絵になる二人である。

“シャルモン”でのジョーくんとレイちゃんの関係性では考えられない構図ではあるが、殿下とレオン、主君と臣下としては本当に絵になる。

絵師を呼んで描いていただきたいほどだ。間に合わないからわたし専用の眼球レンズに、しっかりと収めておくことにする。


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