38.熱烈
「ではルネ、行ってくるわね。レオン様もどうぞ」
「うん……」
あとをまたしてもマチアスに任せ、ダミアンとレオン様の三人で修道院へ向かった。
「レオン様はこちらでお待ちください」
「分かった」
そう答えたレオンは、覚悟を決めた顔をしていた。いつもより凜々しくてカッコいい。
その後は院長のアデルを呼び出してもらい、コレット様への取り次ぎをお願いした。
修道院の中へ入ることができるのは女性だけだ。ダミアンの目が届く場所ということで、敷地内の一角にある外のベンチで待つことになった。
しばらくすると、綺麗な黒髪が肩上で揺れる女性が近付いてきた。凛とした雰囲気のお人形のようなその方は、大和撫子という言葉を思い起こさせる。
視線を落として近付いてきたその女性が膝を曲げて挨拶の姿勢をとった。
「コレット・ブランシェ様でしょうか」
「はい。初めてお目に掛かります、コレット・ブランシェでございます」
「突然お呼びだてて申し訳ありません。ジュリエット・ボネと申します」
「いえ、とんでもございません。お目にかかれて光栄ですわ」
顔を上げたコレット様は、意思の強そうな瞳の美人だった。予想通り気高そうな方だ。
コレット様のドレスはしっかりと長袖で、右手は手袋で覆われていた。
「わたくしもです。あの、実はレオン様……レオン・モロー侯爵子息のことでお伺いしたいことが」
「まあ。何でしょう?」
こてりと首を傾げる姿は、愛らしさもある。
「その、最近レオン様とお会いになられていないとか」
「……あの方は、このようなところへ来られる立場ではありませんから」
「あの、わたしにとって、レオン様はもう一人の兄のような存在なのです。贔屓目もあるかもしれませんが、素敵な男性だと思います。レオン様の何が受け入れられないのか、お伺いしたくて」
「……ジュリエット様は、わたくしのこの手をことを、ご存知かしら?」
コレット様が目を伏せながら、手袋に包まれた右手をそっと前に出す。細く美しい形の手は、シンプルな綿のレース編みのような手袋に隠されていた。
「はい。その、傷を負ってしまわれたとか」
「どうしてもね、消えなかったの。ただでさえ、わたくしのような者があの方の隣に並ぶのはおこがましいと思っていたのに、こんな傷持ちではとても無理だわ。あんな素敵な方に、わたくしなんかふさわしくないの。あの方はお優しいから、昔馴染みを見捨てられないのでしょうね」
目を伏せたまま寂しそうに話すコレット様。その憂い顔はとても美しく、穏やかな風に揺れる髪と相まって、一枚の絵画になってもおかしくないほどだ。
そのせいなのか、コレット様が話す“あの方”というのが、わたしの知っているレオンに結びつかない。
「あの…あの方、というのは、レオン・モロー様で合っておりますか?」
「え? ええ、そうよ」
不思議そうにわたしを見るコレット様。
確かに、今までの会話の流れとしてレオンの話じゃなければおかしい。
おかしいのだが、わたしの贔屓目で見ても、レオンはコレット様がそこまで絶賛するような男性とは思えない。
見目麗しく穏やかで優しいが、貴族らしからぬことで有名だし、このような真面目で気品溢れるコレット様には似合わなさそうだ。逆にコレット様が苦労しそうに思える。
どちらにしろ、コレット様がこのように気に病む必要はないはずだ。
「不躾なことを申しますが、先ほど申し上げた通りわたしにとってレオン様は第二の兄、もはや身内のような存在なのでご容赦ください。あの、レオン様は確かに素敵な方ですが……コレット様のような素晴らしい方が絶賛するほどとはどうしても思えず」
「……え?」
ぽかんとするコレット様の表情は、大変愛らしい。レオンが惚れぬいてしまうのも分かる気がする。
生真面目で優雅で気高い方だが、どこか抜けていらっしゃるのかもしれない。
「レオン様は、貴族らしからぬ変人として名が通っております。見目麗しく人気もありますが、既に二十二歳だというのに婚約者も作らず、クレッシェでの貿易を掲げては船でしょっちゅう旅に出ておられます」
「……初耳だわ。たまにものすごく日焼けしていたのはそのせいなの?」
「おそらく。それに夜会でも晩餐会でもどなたもエスコートされずに一人でいらっしゃいますし、後継はお姉様であるクラリス様のお子様に任せると公言し、最近ではモロー侯爵も諦めておられるとか」
「はっ? ……それは聞き捨てなりませんね。次に会ったら考え直すように諭しますわ」
大変しかめっ面になっているが、どうやら会う気にはなってくれたらしい。この機会を逃すまい。
「今、向こうで待っているのですわ。ついてきてください。ダミアン、お願い」
「はっ」
ダミアンが待つ方へ歩くと、所在なさげにウロウロしているレオンが目に入った。
「レオン様!」
わたしの声にパッとこちらを向いたレオンは、驚いた顔をした。
それからコレット様を認めたのだろう、ものすごく嬉しそうに笑った。ものすごく可愛い。
「コレット!」
尻尾を振る大型犬のように駆け寄ってきたレオン。わたしが場所を譲ると、二人は適切な距離を開けて向かい合った。
「コレット、来てくれたんだ! おれ、もう会えないかと思って」
コレット様に会えたのは久しぶりなのだろう、レオンはわたしの存在も忘れるほどに喜んでいる。
わたしにとっては兄のようなレオンだが、好きな女性の前ではとても甘えた雰囲気である。意外だった。
だがしかし、そろそろコレット様の醸し出す空気に気が付いて欲しい。
コレット様は、怒っているのである。初対面のわたしに素の感情を見せてしまうほどには。
「レオン?」
「ん? どうしたの?」
「今、ジュリエット様にうかがったのだけれど。あなた、結婚はせずにクラリス様のお子様にモロー家を継がせるおつもりだとか」
ピリッとひりつく空気に、ようやくレオンも気が付いたようだ。へにゃっと眉を下げて誤魔化すように笑った。
「ああ、そうだよ。コレットじゃないなら嫁なんていらねえもん」
「貴族のくせに我儘言わない!」
「……そうやって言われると思ったから、平民になる準備してる」
「はっ!?」
「平民なら傷がどうとか言われないだろ? 今はまだ甥っ子も小せえし、父上に何かあったら困るのは領民だし、もうちょっと先の話だけど」
「なんで、そんな……」
呆然とするコレット様を見つめるレオンの瞳は、見たこともないくらいに優しい。
これを知っていたから、これを止められなかったから、モロー侯爵も諦めたのかもしれない。
「だから、コレットじゃなきゃ意味ないって言ってる。お前が幸せになるならいくらでも諦めるけど、神様の嫁にするくらいならおれが嫁にする。そんでおれが幸せにする」
(キャー!!! 熱烈な告白が、プロポーズが目の前で!! 眼福!!)
これ以上ないくらいに気配を消したまま、脳内で主に友梨亜が悶えている。
「レオン……」
「諦めないからな。おれの気持ちはおれだけのものだ」
(ちょっと! レイちゃんと同じ顔で、そんな全方位にイケ散らかしたこと言わないで欲しい! わたしまで照れちゃうんだけど!!)
どこかふてくされたように言うレオンが、これ以上コレット様の反応を見るまいと背を向けた。
「また来る。帰ろう、ジュリエット」
「え? あ、はい!」
わたしが返事をする間もなくレオンは歩き出してしまった。コレット様はまだ呆然としたまま立っている。近づいてそっと声を掛けた。
「コレット様、ではわたし達はこれで失礼します」
「……え? あ、ごめんなさい」
おそらく完全にわたしの存在を忘れていたのだろう、コレット様が目を瞬かせている。
「あの、レオン様が言い出したらどうしようもない方だというのはご存知かと思います。でも、コレット様が本当にご迷惑ならばわたしにお伝えください。殿下や兄に何とかさせますので」
「兄……テオ様ね。ふふ、そうね。レオンはいつもテオ様にお世話になっていましたわ」
思わずというようにこぼれた笑みはとても幸せそうなものだった。
今はまだ、突然のことに頭が整理されていないかもしれないけれど、少し落ち着けばきっと、レオンの気持ちを受け止めてくれる気がした。
(どうか、この先お二人が共に幸せな道を進みますように)
そんな願いを込めて微笑みを返した。
レオンから面会の申込みが来たのは、それから約一週間後のことだった。




