37.密談
いつの間にかダミアンが戻ってきていた。
わたしと目が合うと頷いてくれて、レオンをちゃんと送り届けてくれたと伝わった。
その後は無事に公務を終えてからシュヴァールの馬車に乗り、少し進んだところで止まった。
「あれ? 何かあったのでしょうか?」
事情を知らないルネが首を傾げる。
「ううん、違うの。さっきの別件で用事ができたから、ルネはマチアスとここで待っていて」
「え?」
馬車のドアが開き、マチアスが手を差し伸べてくる。その手につかまって降り立ったのは、どこかの建物の裏手だった。
ダミアンは出迎えているこの店の主人っぽい男性と話している。
「ジュリエット様!? ここって宿屋では」
「うん、そうよ。すぐに戻るから、お願いね」
戸惑ったルネの声に少しの非難が含まれている気がしたが、華麗にスルーした。説明はマチアスに任せよう。
「マチアス、ルネのことよろしくね」
「……任務外では?」
「適当に言っておいてくれればいいから」
そう言いながらダミアンに合流すると、主人っぽい男性が頭を下げてきた。
「突然のことなのに部屋を用意してくださってありがとう」
「これはこれは。このようなところにお立ち寄りいただけるだけで光栄でございます。わたくしはここの主人でございます」
「部屋に案内してくれ」
ダミアンがいつもより低めな声で言うと、主人は低頭のままわたし達を先導し始めた。
目立たないようにとの配慮だろう、ほぼ誰とも会わない通路を進むと、大きなドアの前に出た。主人がノックすると、レオンの「はーい」という間延びした声が聞こえてきた。
「お連れ様がいらっしゃいました」
「どーぞー」
主人がドアを開けてわたし達を入れてくれる。
思ったより広い部屋は、明るくて気持ちが良い。奥にはベッドルーム、手前にはソファーとテーブル。シンプルでなかなかセンスのいい部屋だ。
「お茶はポットに用意してございます。何かあればベルを鳴らしてお知らせください」
なるほど、ここのスタッフは呼ばなければ入ってこないということだ。ここは密談向けの部屋なのかもしれない。
信頼できる宿とはそういうことだろう、ダミアンがやっぱり有能すぎる。
「ジュリエット様、モロー殿。私が同室することを許可頂けますか?」
いくら第二の兄のような存在だとはいえ、未婚の二人が、しかも片方は殿下の婚約者となれば、二人きりでいるのはいろいろと不味い。ちらりとレオンを見れば、お茶を飲んでいるレオンが頷いた。
「こちらからお願いするわ、ダミアン。レオン様、こちらはわたしの護衛、ダミアン・ロペスよ」
「ジュリエット様付き近衛第四隊副隊長、ダミアン・ロペスであります」
ビシッと敬礼をして言うダミアンは、優しげなのに頼もしい。レオンとダミアンは穏やかな雰囲気が似ているかもしれない。
「ロペス、ああ、大熊討伐のロペスね。見たことあると思った。ふうん、ジュリエット付きになったのか。ちなみに隊長は誰?」
「はっ! 隊長はマクシム・ジラールであります」
「マクシム? へー、あとは誰がいるの?」
「マチアス・サイモン、アルノー、セルジュ・クレメント、アメリ・ルフェーブル、マノン・メルシェであります」
「マチアスは分かる、アルノーの名前は聞いたことあるな、それにセルジュだって? あとはアメリにマノンって女性騎士? へー、愛されてんなあ、ジュリエット」
レオンとダミアンの会話を聞いていただけなのに、突然わたしへ会話のボールが回ってきた。何がなんだかさっぱり分からない。
「え? どうしてそのような話に?」
「なんだ、気付いてないの? マクシムといえばあんな見た目なのに奥さんの尻に敷かれてるし、このダミアンは前妻を忘れられずに再婚しない宣言してるし、マチアスは家族大好きだし、アルノーは確かどっか商会の娘さんと結婚して子ども生まれたばっかだろ? セルジュはずっと追いかけてた子と結婚したし、あとは女性騎士だ」
「はあ、お詳しいですねえ」
「商人と取引してっと詳しくなるのよ。んで、ジュリエットの感想はそれだけ?」
ニヤニヤと笑うレオンはとても楽しそうだ。だがわたしは特にこれといった感想が思い浮かばない。
「えっと……」
「自分のことが鈍いのは相変わらずか。あのね、殿下は、絶対にジュリエットに手を出さない奴を近くに置いてるの」
「はい?」
絶対に手を出さないって、そんなの護衛騎士としては当たり前のことではないだろうか。
そう思ってしまったのは友梨亜の常識だったらしい。
ジュリエットの記憶から(そういえば隣国ザハロから入ってきた小説では王女様と護衛騎士との恋愛が禁断の愛として書かれていたかしら)とおぼろげな情報が出てきた。
(えっ? つまりジョーくんが心配して、女性に困ってない騎士ばかりを集めたということなの?)
ようやくレオンの言いたいことを理解したわたしは、パッとダミアンの方を向いた。いつもは微笑みながら立っているダミアンに、そっと視線を外された。
ということはつまり、わたし以外の皆はその事実に気付いていたのだろう。
(待って! 恥ずかしい! いやジョーくんにそんな意図があったかどうかなんて分からないけど! 確かめたくもないけど! 意図はどうあれ、そう見られているというのが! 恥ずかしい!)
穴があったら入りたい。まさにそんな気持ちである。
「やっと気付いた? いいねえ、初々しくて」
「そっ! それよりも! 本題に入りましょう!」
ここに来た目的を忘れそうになるところだった。
お茶を飲んで、仕切り直すようにレオンを見つめる。
「それで、何をなさっていたの?」
「うん。……コレットにね、会いに来たんだ」
コレット、と聞いてわたしが思い浮かぶのは、コレット・ブランシェ侯爵令嬢だ。
レオンとは同じ侯爵家だし、年齢も近いから交流があったのかもしれない。
「コレット様、ですか?」
「そう。リーンハイツ修道院にいるんだ」
その言葉でハッとした。
ブランシェ侯爵家のコレット様といえば、例のエミリ絡みの方だ。
確か、サラ様とともに殿下の婚約者候補だったけれど、筆頭候補だったシャルロット様に目をつけられてしまい、襲われて傷を負ってしまわれたとか。
その後、修道院へ入られたと聞いていたが、ここの修道院だったのか。
「その顔は、事情は知ってる感じ?」
「ええ、殿下の婚約者候補だったのですよね?」
「そう。でもその前は、おれの婚約者だった」
「え!?」
それは初耳である。レオンに婚約者がいたことさえ、わたしは知らなかった。
「レオン様、ご婚約されていたのですか?」
「正式ではないけどね。親同士の口約束だったけど、おれはあのまま婚約するものだと思ってた」
「どうして、それが殿下の候補に?」
「それも親の意向。ま、王家に嫁げるかもとあれば同じ侯爵家の話なんて蹴っ飛ばすでしょ」
それはそうだ、友梨亜としては納得がいかないけれど。
貴族の親なら、なるべくいい条件のところへ娘を嫁がせたいと思うだろう。
「それは良いんだよ。どうせ選ばれないだろうって話だったし、おれは待ってるつもりだったから」
候補者は何人か出るのが慣習だ。そして、選ばれるのはもちろん一人である。
そうなるとその一人になれなかった女性たちは、それから新たに婚約者を探すのである。
「でも、コレットは勝手に……おれに黙って、修道院なんかに」
悔しそうなレオンが、ぎゅっと拳を握りしめた。
こんな姿を見るのは始めてだ。
直接的な言葉がなくとも、わたしにだって分かってしまう。
「レオン様が、ご結婚されないのはそれが理由なのですね」
「そうだよ。両親も、姉上も、きっとテオも分かってるんだ。誰も何も言ってこないけど」
「コレット様は何と?」
「傷なんか気にしないからって言ってんだけど、わたしなんかふさわしくないとかなんとか言って、聞く耳持たねえの」
友梨亜にはピンとこないが、ジュリエットには分かる。
貴族の令嬢たるもの、些細な傷も許されないのだ。
たとえ相手が許しても、自分が許せないのだろう。きっと貴族らしく気高い方なのだ。
「最近は、会ってもくれねえんだよ……さすがに、嫌われちゃったかもなあ」
寂しそうに呟くレオンに胸が詰まった。
いつも穏やかで優しいレオンがこんな表情を見せるのは、それほどにコレット様への気持ちが強いからだ。
なにか、わたしに何かできることはないのだろうか。
「分かりました! ではわたしがコレット様に会ってきます」
「え?」
「お任せ下さい、レオン様。コレット様の真意を確かめてきますわ!」
すっかり忘れていたが、わたしはレオンとリュカの婚約結婚事情を探る秘密任務を与えられていたのである。
ということは、それにかこつけて介入しても良いのである。
「ダミアン! 戻ります! レオン様もご一緒に」
「はっ」
「え? ほんとに戻るの?」
「今のわたしは殿下の婚約者です! そこそこの権力はあるのですわ!」
宿を出て馬車に戻ると、レオンを見たマチアスが驚いた顔をした。
「マチアス、修道院へ戻るわ。ダミアンも一緒に馬車へ」
「はっ!」
理由を聞かずに言われたことを遂行する姿勢が、騎士のみんなには備わっている。それがわたしにはありがたい。
「ルネ、戻るわよ。お客様を乗せるから端へ詰めて頂戴」
「は、はい。お客様ですか?」
わたしの勢いに圧倒されたのか、ルネもとりあえず端へ寄った。そこにわたしとレオン様、そして向かい合ってダミアンが座る。
シュヴァール用の馬車は広いから、ちょうど良かった。
「マチアス、出して。急ぎでお願い」
「はっ!」
言うや否や、馬車が動き出す。
先ほどより早いスピードで、あっという間に修道院へ戻ってきた。




