34.魅力
日本人憧れのアフタヌーンティーの文化がこちらにはないようだったので、今回はそれをやってみることにした。
殿下にポロッと「やってみたいんですよねー」なんて軽く言ったら、翌日すぐに陶器と鍛冶の職人がやってきたのだ。
そのため、三段重ねのケーキスタンドはわたしがデザインした特注である。白いシンプルなプレートの真ん中に穴を開け、シルバーの棒を通して持ち手をつけただけのものだが、最初にしては上出来だろう。
今日の評判次第では、もっと凝ったものもデザインしてみたい。
スタンドに乗っているのは、下の段には小さめの彩りよいサンドイッチ。真ん中にはスコーン、数種類のジャムとクリームが添えてある。そして一番上にはフルーツや焼き菓子がある。
一つ一つの大きさを控えめにして、彩りよく。そんなわたしの注文を快く受け入れてくれた王城のシェフに感謝である。
ナタリーを始めとするわたしの侍女たちがケーキスタンドを運んでくると、王妃陛下を含めた来客の視線が釘付けになったのが分かる。
わたしの功績でもないのに、誇らしく思ってしまうのを抑えられない。
ドヤ顔を見せるのは淑女のすることではないからしないけれど。
「まあ、なんてかわいらしい」
王妃陛下からこぼれた言葉に、ドヤ顔はしないけれど内心でガッツポーズを決める。
デキる王妃というのは流行を生み出して経済を回すのよね、知ってた。
侍女たちがよく訓練された動きで優雅に紅茶をいれてくれた。
「皆さま、どうぞお好きなものからお召し上がりください」
本来のアフタヌーンティーには、一応下から食べていくというマナーがあるらしいが、ここではそんな謎マナーを広めずとも良い。
なんたってわたしが持ち込んだのだから、わたしがルールである。素晴らしい。
「ジュリエット、このような食器は初めて見ましたわよ」
王妃陛下が優雅な仕草でスコーンを割りながら話しかけてきた。他の皆さんはどれから手をつけるべきか悩んでいる様子なので、わたしはあえて王妃陛下とは別のサンドイッチに手を伸ばした。みんな、好きなものに手を伸ばすがいい。
「はい、こちらはわたしがデザインして作らせました」
「まあ! あなたが?」
「女性だけの会ですもの、手で気軽に食べながらお喋りを楽しみたいと思いまして」
「なるほど、そういう意図なのね」
知らんけど。多分そうなんじゃないのかなあって、友梨亜のおぼろげすぎる記憶から尤もらしいことが言えたと思う。
ちらりと窺えば、母とモーリ先生はフルーツ、サラ様はスコーン、クラリス様とクロエはサンドイッチと、みんなバラバラなものを食べていた。スコーン以外は一口サイズだから手で食べやすいものだ。
「ふふ、いいわね。確かにお喋りが止まらなくなってしまいそう」
「ジュリエット、このお皿は他にもあるのかしら? これ、一度にたくさんのものを乗せられるから仕事中そばに置いておいてもいいと思わない? 場所を取らずにすぐに好きなものをつまめるのだもの」
そんなことを言ってきたのはサラ様だ。確かに省スペースかつ、サイズ的にも食べやすいから仕事の忙しい方にもぴったりかもしれない。
「そうですね。これはこのお茶会のために作らせたのですが、同じものでしたらすぐに作れると思いますよ」
「まあ、サラったら。お仕事中になんてお行儀が悪いのではなくて?」
窘めるように言ったのはクラリス様だ。
「ですが、忙しいときは食事にさえ行けない日も多いのですよ。ドルレアック公爵によく差し入れなさっているクラリス様なら、少しでも何か食べて欲しい気持ちもお分かりでしょう?」
クラリス様ってご主人に差し入れしてるなんて、ちょっとかわいいじゃないか。怖いイメージがどんどん崩れていく。
「それはそうだけれど。そうね、確かに差し入れにもいいかもしれないわ。持ち歩くのはちょっと大変そうだけれど」
アフタヌーンティーを持ち歩く。
ちょっとどころではなく大変そうで友梨亜の常識ではあり得ないが、初めて見たものに対する柔軟な捉え方はわたしが否定すべきものではないだろう。
苦労する使用人の姿が目に浮かぶが、恨まれないように祈りたい。
「仕事といえば、クロエさん?」
「は、はいっ」
サンドイッチを選びながらサラ様がクロエに呼びかける。呼びかけられたクロエはピシッと背を伸ばした。
「わたしも今回デュポン家が献上されたスパイスを拝見しましたが、あれらは貴女が買い付けたとか?」
「ええ、そうです。前回、シナモンを発見した地域で同じようにいくつかのスパイスが流通しておりました。前回はシナモンのみの買い付けしかできませんでしたが、今回、父がそれらの栽培地へ行って買い付けてきてくれたのです」
(なるほど、てことはカリーもクロエの発見だったのね! クロエすごすぎじゃない? さすがわたしの親友!)
「そうだったのね。ちなみに、そのスパイスが気になった理由を聞いてもいいかしら? ほら、王城のシェフ達も殿下も、まだ活用方法を見い出せてないと聞いたものだから」
「まずは香りです。一度嗅いだら忘れられない、食欲を刺激する香りと申しましょうか」
「確かに、独特の香りよね」
(そうそう、クミンだかターメリックだか、その辺はカレーの香りなのよね)
「取り扱っていたその商人が、カリーに使うものだと教えてくれたのです」
「カリー?」
「ええ、郷土料理です。そのスパイスを幾つか組み合わせ、それぞれの家庭の味があるのだとか」
「まあ! それは大変興味深いわね。でも王城のシェフも再現出来なかったのでしょう? 残念ね」
サラ様が悲し気に息を吐くと、クロエとモーリ先生が顔を見合わせ、わたしに視線を寄越してきた。言いたいことは分かっている。わたしはエマに視線を送ると、エマはさっと一礼して出ていった。エマは出来る侍女なのだ。
わたしがクロエに頷くと、クロエはサラ様にとって嬉しい知らせを告げた。
「サラ様、あの、こちらのモーリ様がカリーを再現なされたのです」
「なんですって!? 本当なの、モーリ夫人」
「はい。クロエと研究をしておりましたが、配合のレシピがようやく完成しまして。先ほど、ジュリエット様にお渡しいたしましたの」
「ジュリエット?」
サラ様からの圧がかかり、わたしはにっこりと微笑んだ。
「今、用意させておりますわ。カリーは大変香りが強いので、皆様、今のうちに紅茶やお菓子を楽しんでくださいませ」
カレーは優勝だからね。
その後、茶会の後半はカリーの話題一色だった。
わたしの食欲を刺激する香りは、そこにいる皆様にも同様の効果をもたらしたようだ。
そして後からくる辛さはやみつきになるのも同じだったようで、モーリ夫人が持ってきてくれたカリーはあっという間に無くなってしまった。
「わたくし、ジョルジュが東方の文化に傾倒したときには正直理解が及ばなくて。でもこのカリーは素晴らしいですね。毎日でも食べたくなりますわ」
「本当においしゅうございましたわ。わたくし、スコーンにつけていただいてみましたが、とっても合いました」
王妃陛下とクラリス様という、この王国の現役ツートップとも言える女性に受け入れられた意義は大きい。
そのうち城下にもカリー屋が出来てしまうかもしれない。返す返すも、米がないのが大変惜しい。
「パンにも合いそうですね。お肉を入れて煮込んでもおいしそうですわ」
「修道院や孤児院では、野菜くずなんかを入れてスープを作っているでしょう? あれはあれでおいしいのですけれど、このカリー風味にしても良いと思いますの」
母やサラ様の言葉を真剣に聞いているクロエは、きっと必死で頭の中のメモに書き付けていることだろう。
ここでは言わないが、わたしも後でとっておきの商品を捧げよう。きっとクロエならば商品化してくれるはずだ。
(カレーと言えば、カレーパンよね! 米がないならパンを食べればいいじゃない!)
庶民も貴族も、ここの主食はパンである。
白いふわふわパンと硬い茶色いパンの違いはあれど、パンなのである。
さすがに柔らかめのパンにカレーを包んで油で揚げるなどという贅沢は貴族、いや王族にしかできないかもしれない。だがわたしは王族(予定)なのである。今ほど立場のありがたみが身に染みたことはない。権力とはこういう時に使うものだろう。
わたしと殿下が故郷の味を復元させるのは確定として、それだけでは足りない。
カリーは国民食にすべきものである。
(あの硬めのパンって、ライ麦? でも食パンみたいにサンドしてるんだから、ホットサンドならいけるんじゃないかしら? それか野菜多めにして、煮詰めてどろどろにしてホットドッグのカレーソースとか。ああ、試したい!)
ジョルジュ殿下が小豆の発見からあんクリームチーズパイを生み出してしまった気持ちが、今なら分かる。
ここにあるものと組み合わせて懐かしの味を作る、なんて楽しい作業だろう。
わたしの熱意とクロエの熱意が混ざり合って、数か月後には王都とラフィット領でカリー屋が乱立してしまうなんてことを、この時のわたしはまだ知らない。
そしてその日の夜、ジョーくんの顔を隠せないほど興奮したジョルジュ殿下が、カリーの皿を持ったままわたしの部屋へ駆け込んでくることも、まだ知らない。




