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33.初お茶会



わたしが開催した初めてのお茶会は、新年祝いの夜会を終えて一週間ほどしてから開かれた。

出席者はわたし、王妃陛下、母カミーユ、サラ様、クロエ、そしてなんと、レオンの姉君であるクラリス・ドルレアック公爵夫人とわたしの外国語教師であるモーリ先生までいらっしゃるのだ。


クラリス様はレオンより五つ上の姉だ。

わたしとは十歳も離れているので、わたしがレオンのモロー領へ遊びに行くような年の頃には既にドルレアック公爵へと嫁がれていた。そのため、ほとんどお会いしたことはない。


モーリ先生は、そういえばモーリ・ドヌーヴ伯爵夫人なのである。

ジュリエットの記憶によれば、外国語が堪能なのはリュカのラフィット領出身だからで、現ラフィット伯爵の従兄妹にあたる方であった。同じラフィット一族であるデュポン家のクロエとも面識があるはずだ。


そうそうたる面々が来るからだろう、一番最初に現れたクロエは明らかに緊張している。わたしももちろん緊張している。

王子殿下の婚約者とはいえ、わたしはまだ伯爵家令嬢。クロエは子爵家令嬢。夫人方とは立場が違いすぎる。


「ジュリエット……ご機嫌よう。本日はお招き頂きありがとう」

「クロエ、ごめんね。ほんとはもっとささやかにするつもりだったんだけど」

「ううん、いいのよ。憧れのサラ様がいらっしゃる上に、アンリ様にまでお目にかかれるなんて最高よ」


近寄って手を握ると、ひんやりと冷たい。言葉ではこう言っても、緊張はするのだろう。


女性のみの来客なので、護衛もアンリとマノンの二人が見えるところについている。見えないところにはダミアン副隊長とチャラ騎士マチアス、子犬のセルジュも控えている。


「それに……マノンにも、まさかこんなところで会うなんて」

「あら、マノンと知り合い?」

「ええ、学園の同級生だったの。あちらにいるルネもよ」

「まあ! クロエと同じ年だったのね」


後ろにいるマノンを振り返ると、今日も可愛らしい笑顔を浮かべていた。


「マノンだけは、わたしの仕事を応援してくれたの。同じように女性の少ない道を選ぶ同士みたいなものね」

「そうだったの……。その話も詳しく聞きたいわ。マノン、近いうちにクロエと三人で話す時間をとってくれる?」

「はい、ぜひ。いつでも大丈夫です」

「良かった。クロエ、じゃあ今日は楽しむのは……無理かもしれないけれど、サラ様とお話する時間はたっぷりあるから、がんばってね」

「ふふ、ありがとう。ジュリエットもね」


人差し指を立てると、クロエも同じように立ててクロスしてくれる。ふふっと笑いあって、クロエを見送った。


次にやってきたのは、モーリ先生だ。授業の時はいつも地味な茶色のワンピースを着ているけれど、今日は明るいベージュのドレス姿だ。シンプルだけど白いレースの襟が上品なドレスである。耳元で揺れるゴールドのイヤリングが素敵だ。


「モーリ先生! ようこそおいでくださいました」

「ジュリエット様、本日はお招きありがとうございます」


近寄ったわたしの鼻を、あり得ない香りがかすめる。

この香りは。このスパイシーな香りは。

これは夢だろうと世界が変わろうと、忘れようもない。


呆然自失になってしまいそうなわたしを前に、モーリ先生はどこか照れくさそうに目を細めた。


「あの……実は、クロエと一緒にデュポン子爵が持ち帰ったスパイスを研究しておりまして。先日、ようやくジュリエット様にお渡しできる品が出来上がりましたの。よろしければお納めください」

「え……」


そう言いながらモーリ先生がお付きの侍女から受け取った、布がかけられた籠を差し出してくる。

より一層強く香る、この匂いは。


「朱の国では、カリーと呼ばれているそうです」


ぱっと布を外したその中には、鍋に入った茶色の液体が入っていた。

そう、みんな大好きカレーです!!!

ここでまさかの真打登場である。


「え、あの、これは……」

「ああ! 見た目はあれですけど、おいしいんです。少し辛いのが癖になると申しますか」

「いえ、そうではなく、カリー? このスパイスはまだ何か分からないと伺っておりまして」

「まあ、そうでしたか。デュポン子爵が朱の国の南部で出会った郷土料理だそうですよ。幾つかのスパイスを組み合わせて作るのは聞いておりましたが、なかなかこれぞという配合が見つからず研究しておりましたの。こちらは子爵にも認めていただきました、現地の味ですわ!」


いつになく早口のモーリ先生はどこか誇らしげだ。

わたしはといえば、感動のあまり泣きそうである。


「先生……ありがとうございます、とても嬉しいです」

「いえ、わたくしも東方文化に魅せられてしまったようです。特にこのカリーは奥が深くて。もっと極めたいと思いますの」

「素晴らしいですわ!」


もはや神として崇めたい勢いである。日本人は八百万の神を受け入れる精神だ。モーリ先生を神としても問題あるまい。


「申請して毒見も済ませておりますわ。一晩寝かせてもおいしいのですが、味の違いを比べるためにも今日中に一口だけでもお召し上がりくださいませ」

「はい、ぜひ! ああそうだ、オデット」

「お呼びでしょうか」


すっとやってきたオデットに、籠を受け取ってもらう。


「オデット、これを半分にして片方を殿下へ持って行ってくれるかしら」

「はい、かしこまりました」

「ええ! 殿下へですか!?」

「よろしくね。モーリ先生、殿下もカリーのことをとても気にしていたのです。きっと大変お喜びになると思いますわ」


わたしがにっこり頷くと、モーリ先生はきゅっと肩をすぼめて恐縮した。


「それならば……よろしいのですけれど」

「わたしも後ほど、ありがたく頂きますね。先生、今日は楽しんでくださいませ」


恐縮したままの先生は、会場の中で佇むクロエの方へ歩いて行った。

まさかクロエと一緒に研究していただなんて。最近忙しくてクロエとも会えていなかったとはいえ、初耳である。


続いてやってきたのは、母とサラ様だ。こちらは身内なので、簡単な挨拶で出迎えた。

二人揃うと圧巻の美女だが、慣れというものは怖い。もはや安心感さえある。



そして続いて、クラリス様がやってきた。

レオンの姉なのでよく似ているかと思いきや、そうでもない。

レオンは若い時のレイちゃんのように少しだけ尖った雰囲気はあるものの、基本的に穏やかである。だがクラリス様は見た目も性格も苛烈な方だ。

気が強い。目つきが悪くてちょっと怖い。声も大きい。威圧感強め。とにかく怖いイメージしかない。あまりレオンと似ていないのだ。


「クラリス様、ようこそおいでくださいました。お久しゅうございます」

「まあ、ジュリエット。見ない間に大きくなったのねえ」


親戚のオバサンかと思うような挨拶をされてしまい、笑顔が引きつりそうになった。


「殿下との御婚約おめでとう。先日の夜会は出席できなくてごめんなさいね。つわりが酷かったものだから」

「ありがとうございます。お身体、御無理なさらないでください。どうぞあちらの椅子へ」


クラリス様は現在四人目のお子様を妊娠中なのである。三人のお子様はすべて男児であり、レオンが結婚せずともモロー侯爵が何も言わないのは、そのうちの誰かに侯爵家を継がせるつもりだからだろう。


「うふふ、もうつわりは終わったのよ。これからはなるべく動かないと」

「それはようございました。今日はささやかな会ですがお楽しみいただけますように」

「ありがとう。楽しみにしてきたのよ」


しばらく会わない間に、というか母親になられてからお会いするのは初めてだったかもしれないが、随分雰囲気が丸くなられたように思う。

ジュリエットの記憶では、いつもレオンを鬼のように叱っている姿ばかりを見ていたからそのイメージが強かったのだろう。



そして最後にやってきたのは、もちろん我が義母予定の、王妃陛下である。

今日も圧巻の迫力だが、よく見れば瞳が嬉しそうに輝いている。きっと楽しみにしてくださっていたのだろう。


「王妃陛下にご挨拶申し上げます」

「やだわ、ほぼ身内だけの茶会でしょう? 今日は楽しく気軽にしましょう?」


わたしだけでなくクロエにも気を配ってくださっているのが分かる。やはり基本的に優しい方だ。見た目は迫力がありすぎるけれど。


「ありがたいお言葉ですわ。どうぞ、こちらへ」


中心の上座に王妃陛下を案内してもらい、わたしはその隣の席だ。王妃陛下の反対隣にはクラリス様。前には母とサラ様、それと向かい合う形でモーリ先生とクロエが座っている。


立ち上がったまま開始の挨拶をすると、茶会は和やかな雰囲気で始まった。


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