32.護衛と侍女
全員が最初の位置に戻ると、殿下がわたしの肩をそっと抱いた。
「ユリアは慣れない環境で王太子妃教育を始めることになる。皆の支えが必要だ。期待しているぞ」
「「「はっ!!」」」
「よし、じゃあユリア」
わたしに向ける声だけが、とんでもなく優しいのは気のせいではないだろう。顔が赤くならないように耐えるしかない。
「はい」
「この者たちに、ユリア付きの証となる腕章を与えてやってくれる?」
殿下がそう言うと同時に、殿下付きの侍従ジョンが現れて跪いた。
その手には銀のお盆があり、綺麗なライラックの布に百合の刺繍が施された腕章があった。腕章の上下は金と紫のラインである。
ふと見れば、ジョンは黒いスーツの腕に濃い紫の腕章をしている。そこには獅子の刺繍がある。これはジョルジュ殿下付きの使用人ということを現しているのだろう。
「かしこまりました」
わたしが一つ目の腕章を手に取ると、マクシムがわたしの前でサッと跪いた。イケオジの騎士がわたしに跪いているなんて、胸キュンである。
「マクシム隊長。これからどうぞよろしくお願いしますね」
「はっ!」
恭しく受け取る仕草が可愛らしいなんて言ったら怒られてしまうだろうか。だけど身長差から窮屈そうに受け取る彼の姿が微笑ましい。
「ダミアン副隊長。どうぞよろしくお願いいたします」
「はっ。このような可憐なお姫様に仕える栄誉を頂き、光栄に存じます」
そう言いながらぱちんとウインクを決めてくるダミアン。すごい、ジョーくんよりアイドルっぽい。
「マチアス様、どうぞよろしくお願いいたします」
「はっ。どうぞマチアスとお呼びください、妖精姫様」
恭しく受け取ったくせに、突然恥ずかしい二つ名をぶっ込んできやがったマチアス。きらんと輝く瞳は殿下や母と同じ輝きだ。お前も同類だな。負けないぞ。
「分かりました、マチアス。わたしのこともどうぞユリアと」
空気がビシッと固まったのを感じる。
マチアスも思わずと言った様子で目を見開き、ちらりとわたしの隣に視線を遣ってからギギギッと音がしそうな様子でわたしに向き直り、目を伏せた。
「大変恐れ多いことにございます、ジュリエット様」
「そう? 残念だわ」
(勝った!!)
ここでドヤ顔を見せるのは淑女ではない。淑女ではない。大事なことだから二回言いました。
「アルノー、どうぞよろしくお願いしますね」
「はっ。全身全霊をかけて職務を全ういたします」
こちらは見た目通りで安心だ。きっと真面目にこなしてくれることだろう。安全パイ。安パイである。
「セルジュ。先日ご結婚されたのですよね。おめでとうございます」
「うわ、光栄です! ありがとうございます! 妻にも伝えます!」
うん、こちらも見た目と評判通りわんこである。かわいいピンクの大型犬。しっぽが見えそうだ。
「アメリ……様。どうぞよろしくお願いいたします」
マチアスと同じ轍は踏むまいと全員呼び捨てでいこうと決めたはずなのに、この方だけは呼び捨てにすることが出来なかった。
アメリ・ルフェーブル様。女性騎士を生み出した家、ルフェーブル家のご令嬢で、三姉妹の長女。男勝りで騎士団長にまで昇り詰めるかと言われた初代女性騎士、エルザ・ルフェーブルの再来かと名高い将来有望な女性騎士である。
テオと同じ年のため、噂はもう色々と聞いている。テオは学生時代ついにこの方に勝てることはなかった。それだけでも尊敬に値するカッコよさである。
「どうぞアメリと。ジュリエット様にお仕えできること、光栄でございます」
(ひぃぃ! その辺の男性騎士よりカッコいいぃぃぃ!)
きっと日本人にはオスカル属性が備わっているのである。宝塚に熱狂する皆さんの気持ちが今なら分かる。一度くらい観に行けば良かった。
「マノン。これからどうぞよろしくお願いいたします」
「はい! こちらこそよろしくお願いいたします」
頭を下げると、水色の髪がふわふわ揺れる。騎士とは思えない可愛らしさだが、見た目のイメージとは違ってきっと強い方なのだろう。にこにこしているその姿では、訓練している姿さえ想像できない。
「ナタリー、先日はありがとう。これからもお願いね」
「はい。ジュリエット様が快適にお過ごしできるよう、精一杯務めさせて頂きます」
にこやかに微笑み受け取る仕草は優美だ。こんな女性になりたいと思わせるものがある。ジュリエットの周りには素敵な女性が多すぎて困る。
「オデット。貴女のマッサージは素晴らしかったわ。これからも楽しみにしてるわね」
「光栄にございます。これからも精一杯お仕え致します」
ウインクを決めてきたダミアンとは正反対、真面目な表情のままで頭を下げるオデット。本当に兄妹なのか不安になってきたので、それには触れずにおこう。
「ルネ。これからよろしくお願いしますね」
「何なりとこのルネにお申し付けくださいませ」
恭しく受け取るルネは、誇らしさを隠そうともしない。
一応わたしの立場は次期王太子妃、順調にいけば次期王妃なので、王妃付きの侍女と思えば侍女の中でも最高峰のポジションだ。それを思えばこの表情も分からないこともない。
「エマ。ついてきてくれてありがとう。改めて、これからもよろしくね」
「はい。ボネ家の皆の分まで、心を込めてお仕えいたします」
さすがに少し緊張しているのだろう、腕章を受け取るエマの手がほんの少し震えていた。
エマもデュポワ男爵家のご令嬢なのだが、領地が飢饉になり借金をし、学園に行くことは叶わずに我が家で行儀見習いとして預かっていた。まさか王城で働くことになるとは思っていなかったに違いない。
ほんの少し罪悪感を抱くが、ここへついてきたいと言ったのはエマ自身だ。
「よし。ではマクシム、護衛体制の説明を」
「はっ」
マクシムが敬礼し、一歩前に出る。
「私を含め隊員は七名になります。護衛は基本的に二名、三交代制となり、一人は休み。公務など城下への外出の際は、私か副隊長のダミアンが必ず護衛に入ります。恐れ入りますが、城下への外出は前日までにお知らせ頂けると助かります」
「ええ、分かったわ」
わたしが頷くと、マクシムは敬礼を外して元の位置に戻った。
当然ながら夜も休みなしの警護である。ちゃんとそれぞれ週に一度の休みがもらえるようになっていて安心した。
「ナタリー、侍女について頼む」
「はい。ジュリエット様のお傍には、基本的にエマが控える予定です。しかしながら、エマはまだ王城での仕事に慣れておりませんので、しばらくの間はオデットとルネがお傍を担当することも多くなるかと思います。この二人は王妃様が、ジュリエット様と年代の近い者をと選ばれました。まだ期間も浅く、こちらも教育しながらになりますが何卒ご容赦くださいませ」
「まあ、王妃様が。それは有難いことですわ」
後でお礼に伺わなくては、と心の中にメモをする。義母への配慮はしすぎるということはないだろう。
「よし、お前たちの働きに期待しているぞ。では全員配置に戻れ」
「「「はっ」」」
騎士たちが揃って部屋の外へ出ていく。侍女はナタリーとエマだけが残り、二人は外へ出て行った。
わたしと殿下はソファーへ座った。
「ジョーくん、色々とご配慮いただきありがとうございます」
「いやいや、当然のことだから」
「今日はもう執務へ戻られる予定ですか?」
「いや、今日はせっかくだから」
「殿下」
割り込んできたのは、殿下の侍従ジョンである。忍者ジョン。さすが、気配が読めない男だ。
「本日予定されている決済がまだ終わっておりませんが」
「……ちょっとくらい、いいだろう?」
「ジュリエット様とご夕食が共にとれなくてもよろしいのであれば」
「……お茶くらいよくない?」
「お茶だけ、ならば」
「ふふふっ。ナタリー、エマ、お茶の用意をお願い。緑茶にしてね」
「かしこまりました」
ジョンは気配が薄いわりに、ジョーくんには強いらしい。ジョン相手に拗ねたように言うジョーくんが可愛くてたまらない。
「そうだ、どら焼きがあるんだよ。ジョン」
「はい、ご用意をお願いしております」
「さすがだな」
満足げに頷くジョーくんとジョンの間に確かな絆が見える。ちょっと悔しい気持ちになるのは何故だ。
ジョンの方を見ると、確かにジョンという名前にピッタリの顔をしていた。今度こそ覚えたぞ。
エマとナタリーが緑茶とともに運んできたのは、見事などら焼きだった。さすがに和を感じる。
煌びやかな部屋で、百合柄のティーカップに入った緑茶、同じ百合柄のお皿に乗っているどら焼きだけれど。
「どら焼き! これも朱の国からですか?」
「そう。先日、デュポン子爵が帰ってきてね。シェフからレシピを買ったんだ」
「デュポン子爵が。他にも何かありました?」
米とか醤油とか米とか味噌とか納豆とか米とか。
優雅な仕草で緑茶を飲んでいたジョーくんが、そのまま上目遣いでわたしを見てくる。何とも意味ありげな表情だ。
「スパイスが幾つか。多分ね、アレができると思う」
「アレ?」
「そう、スパイスといえば?」
悪戯っぽく笑うジョーくんにきゅんきゅんしながらも、問われたことを考える。
「スパイス……まさか?」
カレーなの!?と言おうとしたわたしを、ジョーくんが人差し指で遮る。その表情はにんまりと笑っている。
(カレー! うっそ! カレーはやばくない? ああでもまだ米がないのに! ライスは無理か! でもナンは? ナンならいけるのでは? それかカレーパン! 肉まんがあるからカレーまんもいけるか!)
脳内の友梨亜は既によだれまみれである。
「まあ、まだできたわけじゃないんだよ。できるだろうなってスパイスがあっただけで」
「匂いとか?」
「そうそう。でもまだよく分からなくてね」
「なるほど……」
「とりあえず、今日はどら焼きね。どうぞ?」
見た目はどら焼きだが、所謂プレーンなホットケーキにあんこを挟んであるだけである。はちみつを使ったあのしっとり感が足りない。
「これ、はちみつ欲しくないですか?」
「ああー、何か足りないと思ってたんだよね」
「それと生地焼いたあと、ラッ……濡れた布とかで包んでおくとしっとりするかなって」
危ない危ない、普通にラップって言いそうになってしまった。王城でジョーくんと話すときは大抵中庭で二人きりだったから気を抜いていた。
「なるほど。試してみよう」
うんうんと頷くジョーくん。あんこがついた指をぺろりと舐めとる仕草が大変色っぽい。
「そういえばお茶会を開くんだって? 母上も呼ぶとか聞いたけれど」
「昨日、サラ様とそのような話はしましたが。情報が早すぎないですか?」
「サラ嬢から聞いたんだろうね。おそらく詳細を詰めにすぐやってくるだろうな。ユリア、みんなに愛されすぎじゃない?」
「まあ……この見た目なら仕方ないかと」
ぼそっと呟けば、ジョーくんがふふっと笑った。
「見た目だけじゃないと思うけどね? 少なくとも俺はね」
スッと伸びてきた指がわたしの口元に触れる。びくっとして仰け反ると、その指には茶色い物体がついていた。そう、あんこである。
色んな方向から恥ずかしくなって、顔が熱くなる。
それなのに、あろうことかジョーくんはその指をまたしてもぺろりと舐め取ったのである。
「ごちそうさま。さて、じゃあそろそろ戻るわ」
「はっ、はい」
我ながらピュア過ぎると思う。中身は二十八歳なのに、普通に恋愛経験もあるのに、相手がジョーくんだというだけで、何も知らない乙女のような気持ちになってしまうのだ。
ジョーくん一行を見送り、ナタリーが片付けのために部屋を出ていくと、エマと二人きりになった。
ふうっと大きく息を吐いて、ゆったりとソファーにもたれ込む。こんな姿を見せることができるのもエマだからだ。
「ジュリエット様、一度着替えてゆっくりなされては?」
「そうね。まだ夕食までは時間があるものね」
「わたくしは荷物の整理をしておりますので、どうぞ横におなりください」
「ありがとう、エマ」
エマに手伝ってもらい、簡易なワンピースに着替える。カウチソファーに足を伸ばして横になると、ゆったりした気分になれた。
「エマは、大丈夫そう?」
「はい。ナタリー侍女長が大変よくしてくださいます」
「良かった。よもや殿下の区域で何もないとは思うけれど、何かあったら必ず報告してね?」
「もちろんでございます。ジュリエット様に御迷惑をお掛けするようなことには」
「もう、そうじゃなくて。エマが嫌な気分になることがあったら困るの。余所から来て……みたいなの、ありがちじゃない」
「ふふっ、小説の読みすぎではございませんか?」
「それは否定しないけれども!」
しかし、人はこういうのをフラグと呼ぶのかもしれない。




