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31.王城へ



涙の別れ――主に泣いていたのは父と兄だが――を済ませ、家族に見送られたわたしは王城へとやってきた。数台の荷馬車とともにやってきたわたしを出迎えてくれたのは、もちろんジョルジュ殿下である。


今日も最高に顔が良い殿下は、少し伸びた茶色い髪をサラサラ揺らしている。整えたのかマッシュルームヘアになっていて、これまた半端ではないカッコ良さだ。彼のことになると語彙力が死んでしまうのは許してほしい。


ちなみに衣装はライトグレーのぴったりとしたジャケットに黒いパンツ、タータンチェックの蝶ネクタイ。お察しの通りこれも衣装である。


(あああ、これは! 七時間くらいやってた歌番組のときの! 三曲もメドレーで披露してくれたときの! すき! 似合う! 今日も最高!)


脳内で興奮する友梨亜に気付いているのかいないのか、殿下は馬車の中へさっと手を出してわたしと降ろしてくれた。そしてそのまま、流れるような仕草でわたしの髪を掬い上げる。


「ユリア、待っていたよ」


(ぎゃああああああ! 耳元はアカン! 耳元で名前はアカンやつです殿下!)


至近距離でわたしと目が合った殿下は、口元だけで上手に笑っている。その目は何かを期待しているのが丸わかりだ。


「……わたくしも、楽しみにしておりましたわ。……ジョー」


付け足すように言った愛称が可笑しかったのだろう、殿下がフッと笑う。

こっちは演技初心者なのだから、何度も主演してた貴方と同レベルを求められても困る。何とか返せただけでも褒め称えてほしい。

そのまま殿下にエスコートされ、わたしの部屋へ向かった。


しょっぱなから攻撃を食らってしまったわたしは、もはや息も絶え絶えである。まだ初日、部屋にも着いていないというのに。


「ねえ」


そんな精神的瀕死状態のわたしに、またしても耳元で囁いてくるこの人は、王子の皮をかぶった小悪魔なのではなかろうか。いや、王子の皮を被ったアイドルだった。もっと性質が悪い気がする。


「……なんでしょう」

「この服も、お気に入りだった?」

「いつの時のか分かる程度には」

「ふふ、友梨亜ちゃんの好みが分かってきた気がするわ」

「いや別にその衣装が好きというよりはジョーくんが着てるから好きなのであっ……」


ニヤッと口元だけで笑うジョーくんの表情にハッとしても、もう遅い。


「ほーんと、俺のこと大好きだね、友梨亜ちゃんは」

「……言い返せない事実を言わないでください」

「やべぇわ、可愛すぎでしょ」


(なにがですか!!!)


大声で言い返したい気持ちをグッと、グーッと抑え込んで、澄ました表情を取り繕う。ジュリエットの教育が非常に有難く身に染みるのはこういう時だ。わたしの王子様は、弱みを見せると見逃しはしないのである。


(待って、わたしの王子様て! わたしも大概頭沸いてない!? やばいよ!)


「着いたよ、百合の間」


ゴージャスなドアの前には流麗な模様で百合が彫刻されている。もしかしなくとも、わたしのために用意されたドアである。恐ろしいことに、わたしのためにわざわざドアまで含めて模様替えされているのだ。

幾らかかったのだろうと考えてしまうのは、庶民の性である。


ドアの横には二人の騎士が配置されていて、わたしたちがドアに近付くとサッとドアを開けてくれた。

中では三人の侍女が頭を下げている。わたしたちが部屋の中央まで進むと、三人はぴったり揃って頭を上げた。

わたしの後ろについていたエマも、その三人の横に並ぶ。


「ユリア付きの侍女は、基本的にこの四人だ。そして護衛は近衛の第四隊があたることになっている。マクシム」


ジョーくんが殿下の顔をして誰かを呼ぶと、先ほどまでドアの前に立っていた騎士が入ってきた。とてもガタイのいいオジサマだ。こげ茶の短髪に鋭い目の瞳は緑色、イケオジである。近衛の制服であろう、赤をベースにした軍服を着ている。


(ちょっと待って、この制服よく見れば『d'Amier(ダミエ)』のコンサートで着てたやつじゃ!? なんで!?)


近衛といえば、というありがちなデザインだと思って特に気にしていなかったのだが、正面から見れば分かる。

”シャルモン”が出した三枚目のアルバム『d'Amier(ダミエ)』はテーマがその名の通り市松模様だった。そこからチェスを連想させる曲があり、そして何故か彼らの衣装が、今、マクシムと呼ばれた騎士が着ているものだった。


赤い上着にゴールドのボタンが並ぶジャケットに黒いパンツはイメージ通り。さすがにあの特徴的な帽子は被っていないけれど。

これが彼らの衣装だと分かるのは、縦襟と袖の部分がモノクロの市松模様になっていることと、パンツのサイドに同じモノクロチェックのラインが入ってるからである。本物はそれぞれメンバーカラーのサッシュをしていたのだが、マクシムさんは胸に勲章的な小さいリボンが三つついている。


「はっ!」


近くまで来てビシッと敬礼したその声は、とんでもなくダンディだった。何このいい声。


「彼は近衛第四隊の隊長、マクシム・ジラード」

「ジラードというと、ジラード男爵家の?」

「はっ!」


わたしの疑問にも敬礼で答えている。良い声なのにまだ一文字しか聞けていない。


とても大きくてマッチョなマクシムは、敬礼している手や頬に切り傷が残っている。きっと強いのだろう、こんな方に護ってもらえるなんてものすごく頼もしい。


「マクシム様、どうぞよろしくお願いします」

「はっ!」


ちょっと待て。この人何でも敬礼で済ませようとしていないか?

殿下の方を見ると、キラキラに瞳を輝かせている。うん、楽しそうで何よりです。


「っ、マクシム。今日は全員揃ってるな?」

「はっ!」


殿下が笑いをこらえている姿に、わたしも笑ってしまいそうだ。


「じゃあ全員集合」

「集合!」


やっと聞けた単語は、ずっしりと響く重低音。やっぱり渋くて良い声だ。

その声に聞き惚れている間に、音もなく揃いの制服を着た六人の騎士が入ってきた。長身でスラッとした金髪の、優しそうな微笑を浮かべている男性を先頭に、女性騎士が二人いる。


わたしたちを挟んで侍女たちと向かい合うように並んで立つ騎士たち。

侍女たちは王族居住区域を担当するだけあって身元のしっかりした女性たちなのであろう、お仕着せのような地味な紺色のワンピースを着ているが華やかさが漏れ出ている。

騎士たちは言うまでもなく迫力があって、お互いが向かい合って並ぶのは壮観だ。


「今日から、ここにいる全員がジュリエット付きとなる。近衛から順に名乗れ」

「「「はっ!」」」


近衛列はビシッと敬礼し、侍女列はスッと頭を下げた。

そしてまずはマクシムが敬礼したままわたしを見るので、頷いて応えた。


「先ほど殿下よりご紹介に預かりました、近衛第四隊隊長マクシム・ジラードであります」


わたしが再び頷くと、何も言葉を掛ける間もなくスッと敬礼を解いて一歩下がった。そして流れるように次の金髪長身の微笑男性が前に出てくる。


「近衛第四隊副隊長を拝命致しました、ダミアン・ロペスと申します」


敬礼しながらもにっこりと微笑まれたので、よく分からないならとりあえず笑っとけという日本人精神を発揮してわたしも微笑んで応える。ダミアンも流れるようにスッと下がり、次の騎士が出てきた。


「近衛第四隊のマチアス・サイモンです」

「同じく近衛第四隊、アルノーと申します」

「同じく近衛第四隊、セルジュ・クレメントであります」

「同じく近衛第四隊、アメリ・ルフェーブルであります」

「同じく近衛第四隊、マノン・メルシエと申します」


入れ替わり立ち替わり、流れるような立ち位置の変更と名乗りに目が回りそうになりながら、微笑を崩さずに頷いて応える。第一印象は大事だ。


前からムキムキマッチョなマクシム、金髪長身微笑のダミアン。

同じ制服なのに何故かとってもチャラそうに見える、耳までの銀髪をセンター分けにしたマチアス。

それとは逆に物凄い堅物そうな細目で黒髪スポーツ刈りのアルノー。

子犬みたいにくりんとした目とふわふわのピンク色の髪が可愛いセルジュ。

そして二人の女性騎士は、スラッとした長身に黒髪ポニーテール美人なアメリと、身長は私より少し大きいくらいの、ゆるく波打つ美しい水色の髪を肩で切り揃えている可愛らしいマノン。


近衛は要人の護衛で公の場に出ることも多いので、ビジュアルも重要だとは聞いたことがある。その通りに、みんな印象はそれぞれだけれど顔立ちは整っていた。これだけいれば、誰かはストライクゾーンに入るでしょ?と言わんばかりだ。


(え? 待って? てことはここから選り取り見取りの乙女ゲームが始まったり……しないな、うん)


ハッとして隣を見れば、わたしにとって世界一素敵な男性が立っているのだ。心変わりなどあり得ない。

女性騎士のカッコよさにときめくことはあるかもしれないが。


「次、侍女」

「はい」


殿下の声に意識を戻して前を向く。侍女側の先頭に立っていた女性がスカートの裾を広げて膝を曲げた。


「この度、ジュリエット様付きの侍女長を拝命致しました。ナタリー・ロジャーでございます」


この人は知っている、以前わたしと殿下の婚約披露の夜会でここに泊まり込んだ時もお世話をしてくれた方だ。

ロジャー子爵夫人で、ご結婚以前はジョルジュ殿下の姉君様付きの侍女をされていた。ロジャー家は領地を持たない貴族であり、お子様方ももう独立されたので復職したらしい。

お子様を三人育て上げたとは思えないほど若々しく、青みがかった灰色の髪が素敵で、いつもにこやかでよく動く方だ。

ナタリーが下がると次の侍女が前に出た。


「ジュリエット様付きの侍女を拝命致しました、オデット・ロペスでございます」


この方もあの時にお世話してくれた方だ。密かにゴッドハンドと呼んでいた、マッサージのスペシャリストである。オデットが頭を洗ってくれるだけで顔が一回り小さくなる。まさに神の手である。

テオと同じくらい赤い髪が特徴的で、あまり表情を崩さないタイプの美人だ。

ロペスといえば、先ほどの副隊長ダミアンと同じ姓である。雰囲気は全く違うがよく見れば似ているので、兄妹かもしれない。


次に出てきたのは初めて見る顔だった。


「同じくジュリエット様付きの侍女を拝命致しました、ルネ・ルナールと申します。ジュリエット様の信頼を勝ち取れるよう精進して参ります」


ルナールというとルナール子爵家の方だろう。あまり裕福ではないと聞いたことがあるので、実家のために働きつつ結婚相手を探しているのだろう。そういう女性は少なくない。

子犬騎士のセルジュと同じピンク色の髪だが、ルネの方はもっとくすんだピンク色だ。ゆるくまとめていて、おくれ毛があざといやつである。文句なしにかわいい。


そのルネと入れ替わるようにエマが前に出た。


「ボネ家より参りました、エマ・デュポワでございます」


きっちりと挨拶するエマは、今までの黒いメイド服ではなく皆と同じ王城侍女専用の紺色ワンピースを着ている。きっちりまとめた金髪を少しだけサイドに垂らしているだけなのに、首元まできっちり閉まったワンピースを着ているのに、誰よりもエロい。


(うん、やっぱりわたしのエマはかわいい。縁談の申込が殺到してしまうわね)


内心での身内贔屓を出さないように、エマにも同じように微笑んで返した。


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