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28.王妃陛下



あっという間に迎えた、王妃陛下との謁見の日。


わたしは光沢がある薄い緑色の生地の、ふわりとしたエンパイアラインのドレスに身を包んでいた。これは海の向こうクレッシェのラミア・アルケミスト侯爵夫人がプレゼントしてくれたものだ。胸元の薄いライラックのリボンを縁取るように、細かな宝石が縫い付けられている。文句なしにかわいいドレスだ。

そして母は、同じ生地で色違いの落ち着いたベージュのドレス。ドレープは控えめだが生地の美しい光沢が映え、胸元のキラキラした細かい宝石が母の美貌をより引き立てている。


鏡の前で並ぶと、きっと他人からは美しすぎる親子に見えているのだろうが、わたしは友梨亜にしか見えないので、並んで歩くのが恥ずかしいレベルである。脳内で首から上だけでもジュリエットに変換するしかない。うん、かわいい。


馬車に乗って王城へ向かう。母の機嫌は良さそうだ。淑女の微笑みよりも、もう少し笑みが深い。


王城へ着き、馬車を降りようと差し出された手をそっと掴んだ。マナーとして顔を伏せていたのだが、聞き覚えのある声で「今日のドレスも似合ってるね」なんて囁かれたものだから、心臓が飛び出そうになった。


「で、殿下?」

「やあ。今日もご機嫌麗しく」


スマートにわたしを降ろしたジョルジュ殿下が、わたしの手の甲にキスを落とす。そして今度はわたしの母に向かって手を差し伸べ、母はニコニコしながらその手に重ねた。


「まあ、殿下自らお出迎えだなんて恐縮でございますわ」

「大事な婚約者と母君です、当然のことですよ」


すまして笑う殿下に、頬が熱くなりそうなのを必死に抑える。それなのに殿下はさらにダメージを加えてくるのだ。


「お二方とも、今日はいつも以上に麗しいですね」

「まあ、殿下はお上手ね」

「いやいや、本当に。お二人をエスコートしたと知られたら、ボネ伯爵とテオ殿に恨まれてしまいそうだ。それに夫人とこうして二人で並ぶと、似ているのがよく分かりますね」


(嘘つき!!! ジョーくんにはジュリエットが見えていないはずなのに!)


いけしゃあしゃあとそんなことを言う殿下モードのジョーくんを睨みたくなる。表情だけは崩すまいと、ジュリエットが表情筋を必死で保っている。


「そうかしら。ジュリエットはわたしの若い頃よりもかわいいと思うわ」

「お母様……もうその辺りで」

「ふふ、娘が照れちゃうから、そろそろ参りましょうか」


にこやかに微笑む母と、意味ありげに視線を交わす殿下。何も言わずとも交わされた会話がなんとなく理解できてしまうから恥ずかしい。親バカな母はともかくとして、最近はジョーくんも甘すぎるのだ。


王妃陛下の待つ部屋へ向かいながらちらりと盗み見ると、今日はパステルブルーのジャケット姿だった。中に着ているシャツが、わたしのドレスと同じ薄い緑色である。見覚えがあるから衣装なのは間違いない。何の衣装なのか考えるのはやめておこう、何たって今から未来の義母との面会だ。



「母上、ジュリエット嬢とボネ伯爵夫人をお連れしました」

「お入りなさい」


聞こえてきた声が硬いような気がするのは、どうかわたしの気のせいであってほしい。


謁見ではあるが、気楽で良いと事前に言われていた通り、案内されたのは王妃陛下の私的な応接室だった。

侍女も少なく、緊張感のないようにと気を遣ってくださったのが分かる。


「王妃殿下に御挨拶申し上げます。本日はお招きいただき感謝いたします」

「ああ、今日は気楽で良いと言ったでしょう? こちらへお座りなさいな」


王妃らしく煌びやかな、それでいて品の良いネイビーのドレスを纏った王妃陛下が妖艶に微笑む。母と同じ年の王妃陛下だが、母が若すぎることもあって、また王族らしい凛とした雰囲気も相まって、そうは見えない。お綺麗な顔立ちだが気が強そうで、少し怖い。


こちらへ、と指した方へジョルジュ殿下がエスコートしてくれた。テーブルを置いて三方にソファーがある。正面に座った王妃陛下、そして向かい合う形でわたしと母が、わたしの隣には殿下が座った。


「お久しぶりね、ジュリエット。それにカミーユも」

「ええ、お久しぶりにございます、王妃陛下。ご機嫌麗しゅう存じますわ」


母がそつのない笑顔で答えると、王妃陛下は片眉を上げて悪戯っぽく笑った。そんな表情は殿下そっくりだ。


「相変わらず年齢不詳ね、あなたは」

「まあ。王妃様こそ」

「当たり前じゃない、この国の顔として早々に老いは見せられないわ」

「そうですわよねえ。そうそう、今日はクレッシェから手に入れたクリームをお持ちいたしましたの。寝る前に塗ると、朝にはお肌がぴっかぴかになるのです」

「またあなたは! それ以上ぴっかぴかになってどうするつもりなのかしら。夜空に輝く星にでもなるおつもり?」

「やだわ、王妃様ったら。そんなはずありませんでしょう」


(何この会話!? ちょっと待って、お母様は王妃陛下に嫌われているのでは? これはどう見てもただのお友達の会話にしか聞こえませんけど?? それとも貴族特有の何かを含んでる会話なの? わたしにはさっぱり分かりませんけども!?)


「母上方、積もるお話はありましょうが今はその辺りで。今日はジュリエットの挨拶ですから」

「あら、そうね。ごめんなさいね、ジュリエット。カミーユの顔を見ると、ついあの頃に戻ってしまうの」


眉を下げながら笑う王妃陛下の表情に、母への嫌悪は微塵も感じられない。


「でも嬉しいわ。セドリック様やカミーユと親戚になれるなんて。しかも二人によく似た、こんなにかわいい娘ができるなんて」

「光栄にございます」


(これも嘘なの!? わたしには心からそう思っているようにしか見えないのに! 一体何が本当なの?)


無難に答えながらも、わたしの脳内はパニック気味である。

わたしの隣で紅茶を飲んでいた殿下が、「そうそう」と何か思い出した様子で付け加えてきた。


「最初にジュリエットとの婚約を打診した時も、母上からよくやったとお褒めの言葉をいただきましたね」

「そうよ! だけど本人とはまだ接触もしていないって言うから、呆れたわ。この子も陛下と同じで周りから固めないと動けないのかってね」

「ふふふ、そういえば陛下もしっかり周りを固めておられましたね。旦那様にも根回しして」

「まったく。セドリック様への気持ちは憧れだって、何度も申し上げたのに。お顔が良すぎるから見ていたかっただけであって、何ならカミーユと並んでいるところを見ているのが一番好きだったのに」


(分かるー!! つまりは推しってことですよね? 隣に立ちたいのではなく、女優さんとの美しい並びを眺めているだけでしあわせなの! あれ? でもお母様がそれを知っているということは、王妃陛下がお父様に恋していたという話は何なの?)


ちらりと母を見れば、パチッと目が合った。疑問が顔に出ていたのだろう、母はふふっと微笑む。その瞳に悪戯っ子のような光が見えて、わたしはようやく騙されていたことに気が付いた。


(もう! お母様ったら! 無駄にビビらせないでほしいわ!)


「まあ、とにかく。ジョルジュも上手くやったようでホッとしたわ。身体のことは聞いているから、あまり無理はしないようにね。何かあればすぐに言ってちょうだい。あなたに何かあったら、カミーユとセドリック様に申し訳が立たないわ」


キビキビして迫力のある方だが、ジョルジュ殿下のお母様だけあって、とてもお優しい方のようだ。おっとりした見た目で実は気が強く悪戯好きな母と気が合うのが不思議だが。


「これからは王太子妃教育になるけれど、週に一度は進捗状況の確認を兼ねてお茶をしましょうね。カミーユにはなかなか会えないでしょうけれど、王都へ来たときは遣いを出すわ。それとあなたのお友達、クロエ・デュポンだったかしら? 彼女と、あなたの義姉になるサラは自由に呼んでもらって構わないわ」

「王妃陛下……数々のお心遣いに感謝いたします」

「いいのよ。そのうち、お義母様って呼んでちょうだいね」


もしかして、父の顔を好みと言い、両親が並んでいるのを見るのが好きという王妃陛下は、ジュリエットの顔もとても好みなのではないだろうか。

推しの子どもと自分の子どもが結ばれる……もしも、わたしが元の世界にいたら、ジョーくんの子どもと自分の子どもがそんなことになれば歓喜してしまうかもしれない。推しと親戚になる。パワーワードだ。


「母上、嬉しいのは分かりますが早すぎます。私でさえもまだ名前を呼んでもらえないのに」

「やだわ、本当に? 我が息子ながら情けないことね」

「お、恐れ多いことにございます」

「呼び捨てが恐れ多いなら、愛称はどうかしら?」


いいことを思いついたとばかりに、王妃陛下がパチンと扇を鳴らした。


「あら、素敵ですわ。二人だけで呼び合う、特別な名前ですわね」


そこへ母まで乗り気とあれば、わたし達はもう黙るしかない。それくらいの空気は読めるのである。


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