24.存在
ジョーくんの話は続く。
「婚約が白紙になったのは、エミリの事件が決定的だったのは間違いない。でも、巷で言われてるような話じゃないんだ」
「真実の、愛?」
「そう。もちろん、王家にとって都合が良かったから噂をそのまま放っておいたってとこはあるんだけど、それは俺にはどうしようもなくて。すぐに婚約者を決めるつもりもなかったし」
「はあ……」
確かにそういうことにしておけば、すぐに婚約者を立てる必要もない。それは確かだ。
「でも、南国……俺の姉が嫁いだザハロで保護という名の監禁をされているはずのエミリが、すぐ逃げ出してしまって。居場所がなかなか掴めなかった。国境を越えてれば分かるんだけど、ザハロ国内をしらみつぶしに調べるには理由がないといけないし、その理由も公には出来なかったから。それでずっと密かに探してたんだけど……やっと尻尾を現したんだ」
「尻尾を?」
そういう言い方は、まるで犯人を見つけたかのようなものだ。わたしが首を傾げると、ジョーくんはしっかり頷いた。
「ああ。そもそもエミリと婚約するかもって噂を流したのも、シャルロットを影で煽って偽者のエミリを襲わせたのも、アラード家がやった証拠を握ってたのもバーナード男爵だった」
「え!」
「男爵は偽物のエミリをジョルジュに近づけて気に入らせ、シャルロットを煽り、襲わせてケガを負わせる。自分の娘を傷物にした責任を追及してシャルロットを婚約者の座から引きずり下ろし、エミリをジョルジュの妃にという目論見だった」
まさか男爵家が、王族と公爵家相手にそんな野望を目論むなんて、ジュリエットの常識では信じられない。いくら殿下が女性の立場を向上させようと偽エミリを重用していたからって、それは男爵家の重用ではないのに。
「……いや、でも本物のエミリは?」
「どこかで入れ替えるつもりだったみたいだけど、まあバカみたいな計画だよね。ジョルジュが舐められてたんだろ」
吐き捨てるように言うジョーくんは、眉間に皺を寄せながらわたしの手をぎゅっと握った。
そういえばまだ、わたし達の手はしっかりと繋がれていたのだ。
「婚約が白紙になってから、次はバーナード男爵の罪を明らかにしたかったんだけど。肝心のエミリに逃げられちゃってたから、ずっと探してたんだ」
ずっと探していたのは、そういう理由だったのだ。
何も言ってくれなかったとはいえ、ジョーくんの気持ちがエミリにあるのではと思ってしまった自分が恥ずかしい。
もしそうならば、ジョーくんはちゃんと伝えてくれる人なのに。そんな人だと、ちゃんと分かっていたはずなのに。
「ジュリエットと婚約してからはあいつとの噂も消えてたし、でも最近またあの噂が聞こえるようになってきて……調べたらまたバーナード男爵の仕業でさ、懲りねえおっさんだよ。同時期にエミリが国境を越えた知らせも入ってきて、男爵領の前で待ち伏せして捕まえた」
「捕まえた、んですね……」
「ザハロでの滞在は、一応王命だったからね。とりあえずは王命に背いたってことで」
とりあえずということは、これから学園での入れ替わりも、襲撃事件のことも、公にされて罪に問われるということなのだろう。
それはつまり、あの噂が今度こそ消えてなくなるということだ。それが分かって、やっとわたしの肩から力が抜けた。
わたしの変化に気付いたのだろう、ジョーくんがさらに手の力を込めた。
見上げると、いつになく真剣な表情をしていた。胸が高鳴る。
「ねえ」
「……はい」
「俺にとっては、あなたとの……友梨亜ちゃんとの時間は、ほんとにくつろげるひと時で。ジョルジュの俺も、ジョーの俺も受け入れてくれるあなたは、俺にとってかけがえのない唯一の存在だと思ってるんだけど、伝わってなかった?」
ぐうっと胸が詰まり、その気持ちが溢れ出るように涙がこぼれた。ふるふると首を横に振る。
ジョーくんも、ジョルジュ殿下も、いつだってずっと優しかった。わたしの気持ちを無視することは一度もなかったし、常に気を配ってくれていた。
一緒に居るときはいつも楽しかったし、わたしがジュリエットでも友梨亜でも居られたのは、ジョーくんが居たからだ。
「そんなこと、ないです」
かけがえのない存在、それはわたしにとってのジョーくんもそうだ。
それは推しだったからというだけではなくて、ここにいるジョーくんは一人の男性としてわたしにとってのかけがえのない存在だ。
隣に立つのはわたしでいたいし、誰にも譲りたくなんかない。譲らない。
「だよね? だからあいつの話も特に気にかけてなくて……ってこれは言い訳だな」
パッと手を離したジョーくんが、ぽりぽりと頬を掻く。
そんな顔にふふっと笑みがこぼれた。
「とにかく、俺のために一生懸命頑張ってくれてるあなたが可愛くないわけないし、一緒にいて楽しいし、同じ方向に歩いて行けるのは友梨亜ちゃんしかいないと思ってるよ」
「ジョーくん……」
「あーもう、だから、俺の妃はあなたしか考えられないから。とりあえず、キスしていい?」
「っ!!!」
無理! とばかりに首をぶんぶん横に振ると、ジョーくんは拗ねたような表情になった。そんな顔も可愛くてカッコよくて、わたしはどんどん溺れていく。
「何でよ」
「や、だって、そんな」
「そんな顔してるんだから、あなたも同じ気持ちってことでしょ?」
自信満々にそんなことを言われてしまうなんて、わたしは今、一体どんな顔をしているというのか。
「あの、でも」
焦るわたしをおかまいなしに、ジョーくんがぐいっと引き寄せる。見惚れるほどに綺麗な顔が近づいてきて、わたしも観念して目を閉じたとき。
「あーっ! 待って、テオ殿! ちょっと待って」
「何でだよ! 怪しげな男と二人きりって聞いたぞ? ふざけんなよ」
「いや、だからそれは違うって」
大声にぱちっと目を開ければ、あちゃーという顔のジョーくんと目が合った。そして程なくして、わたし達の居る応接間のドアが大きく開かれた。
「ジュリエット! 無事か!?」
すごい形相のテオがリュカに押さえられながらも無理やりといった感じで入ってきた。
「ジュリエット!? 離れろ! 誰だおまえ!」
怪しげなマントを羽織って背を向けている殿下には、テオは気付いていない。ジョーくんの顔をしていた殿下はスッと表情をジョルジュ殿下のものに戻した。
テオの後ろではリュカが必死でなだめている。リュカがこんなに焦っているのは珍しい。
「ちょ、テオ殿、落ち着いて、ね?」
「ふざけんな! ジュリエット、こっち来い!」
焦るリュカを振り払ってこちらへ来たテオは、わたしの腕を掴んで引っ張り、自分の背後にかばい立つ。そしてわたしの前にいた男を、殿下を睨みつけた。
「……は? 殿下? ……リュカ、どういうことだよ」
「あー、悪い。殿下に頼まれちゃあ、嫌とは言えないじゃん?」
「……そういうことかよ。レオンも共犯だな?」
「やっぱあのひとじゃ引き留められなかったかあ」
「どういうつもりだよ」
殿下から視線を逸らさずに、リュカと言い合うテオ。
突然レオンが帰ってきて呼び出されたというのも、リュカと殿下の采配だったらしい。そうやってわたしとの時間を作ってくれたようだ。
ガチギレと言っていいほどの怒りを見せるテオにどうしていいか分からずにいると、殿下がスッと立ち上がった。
「悪かった。命じたのは私だ」
「……王族が簡単に頭を下げないで頂けます?」
「お兄様!」
せっかく謝ってくれたのに、そんな言い方はないだろうとテオの腕を引っ張る。
「ジュリエットは黙ってろ」
今までにないほど強い口調で言われてしまった。
怖い。本気を出したテオが怖すぎる。いつもはわたしに対してはデレデレなのに。
わたしの為に怒ってくれているのは分かるけれど、そのギャップが怖すぎて涙目になってしまう。
「テオ殿、妹ちゃん泣きそうよ?」
「え!」
リュカの声に振り向いたテオが、わたしの顔を覗き込んできた。タイミングよくぽろりと涙が零れ落ちる。先ほどまで泣いていたせいか、涙が溜まっていたようだ。
「いや! 違! ジュリエット、ごめん! ジュリエットに怒ってるんじゃなくて、あああ! 泣かないで!」
急に焦りだしたテオは、もういつものジュリエットに甘い兄の顔だった。
慌てた様子で涙をぬぐってくれるテオに安心して微笑むと、テオはホッとした様子で息を吐いた。
「あの……お兄様。そんなに怒らないで?」
「……いや、それとこれとは」
ぐっと言葉に詰まるテオに、ダメ押しとばかりに手を掴んで両手で包み込んだ。
「わたしが、誤解していただけだから」
「それは……説明がなかったから仕方ないだろ」
「うん、でもちゃんと説明していただいたわ。もう大丈夫だから」
「……いや」
それでも渋い顔のテオ。グッと手に力を込めてにっこりと微笑みかける。わたしの妖精力なめんな。
「お兄様、わたしが弱かっただけですから」
「ジュリエットは悪くない。私がちゃんと説明しなかったからだ」
「そうだよ! どう考えたって殿下の説明不足だろ」
なのにジョーくんが口を挟むからテオが持ち直してしまった。
パッと手を離して、今度は必殺上目遣いだ。
「お兄様が、わたしのために怒ってくださったのは、とっても嬉しいです。でも、わたしはもう殿下の謝罪を受け入れました。だから、お兄様ももう許してくださる?」
「ぐっ……、ジュリエットが、そう、言うなら」
「ほんと!? さすがお兄様! 懐が深いわ!」
そう言って特上の笑みを投げかけながら、目線だけでジョーくんに合図を送る。ほら、ちゃんと乗ってくださいよ。
「感謝する、テオ殿」
「……次はありませんよ」
「分かっている」
渋々といった態度を隠さずに、テオがわたしと殿下の間から離れた。
すかさず近づいてきたジョーくんは、もうしっかりジョルジュ殿下の顔をしている。でもどちらもカッコいいと思ってしまうあたり、わたしはもう引き返せないのだろう。
「ジュリエット」
「はい」
サッとわたしの手をとった殿下が、わたしを見つめたまま甲にキスを落とす。王子様然としたジョーくんの姿にはいまだに慣れない友梨亜が脳内で悲鳴を上げている。
「また、会いに来てくれる?」
「っ、もちろんです」
「よかった。じゃあ」
とったままのわたしの手をキュッと握った殿下が、ニヤッと笑う。そしてわたしにしか聞こえないだろう声で囁いた。
「続きはまた今度、ってことで」
つづき?と一瞬首を傾げそうになったが、さっきのドアップなジョーくんを思い出してしまい一気に顔が熱くなる。
赤くなってしまったであろうわたしを見て満足げに笑った殿下は手を離し、そのまま立ち去っていった。
(もー!!! 勘弁してよ、心臓がもたない!!)




