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19.来賓



早々にやって来たのは、やはりというべきか、北国、ノウス・サウザンドベルゲ・ケーニヒライヒ王国の御一行だった。長すぎる名前なので通称で北国と呼ばれている。

その中心にいるのはゴージャスなお姫様だった。赤茶色の髪を緩やかに巻いて真っ赤な口紅をひいた、色気たっぷりな口元のホクロまでセクシーなお姫様だ。

ジョーくんと並んでもそんなに違和感がなさそうで凄い。凄いのはジョーくんだけれど。


(いやでもジョルジュ殿下はわたしが見えているよりも少年っぽいから、ジョルジュ殿下と並ぶと逆に犯罪臭がするのでは? やばくない?)


「ジョルジュ殿下、この度はご婚約おめでとうございます」

「ああ、アダーリ殿下。わざわざありがとうございます」


にこやかな笑みなのに、まるで獅子のように感じられるのは何故なのか。わたしも微笑を浮かべながら、気合では負けないようにと心を奮い立たせる。

するとジョルジュ殿下がわたしの腰を引き寄せ、髪に鼻をうずめるようにキスを落とした。同時に向こうの方がざわめく。


「紹介します、姫。私のフィアンセ、ジュリエットです」

「ジュリエット・ボネと申します。姫殿下にお会いできて光栄です」


なるべく動揺を隠したつもりだが、ちゃんと隠せていただろうか。

だけど動揺しているのはわたしだけではなく、この姫君も同じだったようだ。


そういえば、ジョルジュ殿下はこういう場ではいつも硬い表情をしていた。睨みつけるかのような怖さもあって、オーラが凄かったのだ。まさか人前でこんなことをするキャラではない。

ちらっと見上げれば、ジョルジュ殿下は優しい笑みでわたしを見ている。やばい、とろけそう。


「……アダーリ・フォン・ケーニヒライヒよ」


それが気にくわないのだろう、アダーリ姫の声は硬い。形式的なおめでとうの言葉さえ、わたしには言ってくれない。そんなところは見た目に反して大変子どもっぽい。


「こちらは我が国の大使、ヨハンよ」


姫がそう紹介してきたのは、見事なスキンヘッドのおじさまだった。ここでこの髪型の人は初めて見たが、迫力が凄い。顔は笑っているのに目が笑っていないせいで、余計に怖い。口元が引きつるが、何とかはじめましての御挨拶をする。


「はじめまして。御挨拶ありがとう、ジュリエット・ボネですわ」

「あら。ヨハンはもう十年近くこちらに居るのだけど、ジュリエット嬢とお会いするのは初めてなの?」

「ええ、そうですね。このように可憐なご令嬢、一度お会いしたら忘れませんので」

「そうよね、一度でも見掛けたら忘れないわよね。でも、ヨハンは確か学園の入学式や卒業式にもお呼ばれしているのではなくて?」


ああ、そういうことか。なぜ大使を紹介されたのか、ようやく分かった。

姫はわたしが、ジュリエットが学園にも行かず社交にも出ずに引きこもりだったことを揶揄したかったのだ。そこを攻撃材料としたということだ。

何と答えればいいものか逡巡していると、ジョルジュ殿下が腰をさらに引き寄せてきた。


「我が婚約者は学園には通っていないのですよ。私が、正式に婚約するまではあまり人目に触れさせたくなくて。何せこの美貌でしょう? 本物の妖精と間違えられて連れ去られやしないかと不安でね」


そんなことをわたしの髪を掬い上げて軽くキスを落としながら言うものだから、一気に恥ずかしくなってしまう。表情に出ていなければいいのだが、まったく自信がない。


「まあ……そうでしたの。それはそれは。殿下がそんなに心配性だとは存じませんでしたわ」

「私も、ジュリエットに出会って初めてこんな自分を知りましたよ」


悔しさが滲む声の姫、だけどジョルジュ殿下は気にも留めずに惚気を続ける。

ジョーくん凄い。やっぱり俳優やってる人って凄すぎる。こういうキャラクターだと思えば違和感ゼロだ。

今までのジョルジュ殿下を知っている身としては違和感しかないが、溺愛という噂をばらまいていたおかげでその噂が真実だと思われただけだろう。


「……お二人の幸せを願っておりますわ。ぜひいつか我が国にも来ていただきたいものね」

「ええ、ぜひ。ありがとうございます」


わたしの言葉を待たずに、姫はくるりと向きを変えた。ヨハン大使や付き従ってきた者たちも一礼して姫に続いていく。

ジョーくんのおかげで何とかやり過ごせたようだ。わたしは何もしていないのに、お姫様は勝手に諦めてくれた。このまま引き下がってくれているかどうかは分からないが、この場で無様な真似を見せまいとするプライドはお持ちのようだ。

肩の力が僅かに抜けたが、表には決して出さないように細心の注意を払った。



北国の一団が離れてやってきたのは、東方の国からの来賓だ。そう分かるのは、明らかにその男性の衣装が違ったからだ。

ジョーくんが着ている軍服のシルエットに近いが、その方は腰の部分に帯のように金襴がついている。

今日のわたし達の衣装に使われている金襴は黒地に金の糸で刺繍をされているが、その方の金襴は青地に金糸で刺繍がされていた。黒い衣装に真っ青と金が映えてとても綺麗だ。


歳は三十代だろうか。今のわたし達よりはずっと年上に見えたが、どこか懐かしい、そう、日本人のような穏やかな雰囲気を持つ人だ。


ゆっくりと近づいてきたその男性は、わたし達の前ですっと跪いた。そして胸に手を当ててジョルジュ殿下を見上げた。ジョルジュ殿下が頷くと、彼は低い良い声で挨拶をした。


「殿下におかれましては、御婚約誠におめでとうございます。砂漠を越えてアケの国より参りました、ソウ・シンと申します。我が国の文化にご理解のあるお二人の御婚約を、アケの国一同心よりお祝い申し上げます」

「ありがとう。ソウ殿、遠いところをはるばるとよくいらしてくれた。こちらこそ素晴らしい文化に出会えたことに感謝する」


するとソウ殿が立ち上がって後ろへ手招きをした。従者のような男性が、布に包まれた大きな何かを捧げながら近づいてきた。


「これはお二人へのお祝いに存じます」


ジョルジュ殿下が頷くと、こちらの侍従が引き取って殿下の方へ捧げる。

布を開くとそこには横に長い木箱があった。なんとびっくり、漢字で『御婚約祝 着物』と書かれている。そして少し離れた場所に『朱国 宗真』とも。

アケの国は朱国で、ソウ・シン殿は宗真殿なのだ。だから殿下は宗殿と呼んだのか。


木箱から取り出されていたのは、色打掛のような豪華絢爛な着物だった。朱色の生地に美しい花々の刺繍がされている。あれは牡丹だろうか。

あまりの懐かしさにああ、と感嘆の声が漏れる。


「素晴らしいですわ……」

「喜んでいただけたようで光栄です。こちらは我が国の皇族が婚礼の際に着る衣装です」

「まるで国名のような鮮やかさですのね。刺繍もとっても素敵で」

「なんと! ジュリエット様は我が国の文字をお読みになられるのですか」


急にぱあっと宗殿の表情が輝いて驚いてしまう。続く周囲のどよめきにたじろいでしまいそうになったが、何とか微笑み返すと、ジョルジュ殿下がわたしの代わりに答えてくれた。


「私達は貴国の文化を尊重します。これからも末永くお付き合いしたいものです」

「ありがたきお言葉。ジョルジュ殿下、ジュリエット様、いつの日かぜひ、我が国にも御来訪をお待ちしております」

「ぜひ、いつか必ず」


ジョルジュ殿下とともに心からの微笑みを浮かべると、宗殿は感激した様子で後ろへ下がっていった。


本当に、いつの日かぜひ朱国には行ってみたいものだ。

着物があるならば、きっと米もあるに違いない。米への希望をわたしは捨てていない。



続いてやってきたのは、見覚えのある夫婦だった。

わたしと視線が合うとニコリと笑顔をくれた。彼らもわたし達の前まで来ると片膝を跪いて礼をとった。

この国とも、北国、朱国とも違う、浅黒い肌にハッキリした目鼻立ちの夫婦は、西方の海を越えてやってきた。我が家であるボネ家とレオンのモロー家が貿易を開始した国、クレッシェのアルケミスト夫妻だ。


文化的には我が国に近く、こちらも王制をとっている。その為、貿易を担当しているこのアルケミスト夫妻も侯爵という立場だ。

夫のダリウスはテオと同じ歳だが、クレッシェは婚姻年齢の平均が低く、わたしが会った時にはもう夫婦になっていた。妻のラミアはわたしのことも可愛がってくれて、滞在中は色々な話を聞かせてくれたものだ。そんな記憶がじわりじわりと滲むように広がっていく。


「クレッシェより参りました、ダリウス・アルケミストと申します。こちらは妻のラミアです。この度は、殿下と我が国と縁のあるジュリエット様とのご婚約を心よりお祝い致します」


数年前、ジュリエットがまだ領地にいたころ館で出会ったときには、ダリウスのこちらの言葉は片言だった。だけど今はとても流暢に話している。わたしの中のジュリエットがそのことに大変な感動を覚えている中、殿下とダリウスの会話は続いている。


ダリウスの隣でにこやかに笑っているラミアが、わたしの視線に気付き親愛のこもった笑みに変わった。わたしもニコリと笑みを返す。


『ラミア夫人、お久しゅうございます。お元気そうで』


クレッシェの言葉ならジュリエットも習っている。すらすらと言葉が出てきた。


『ジュリエット……いえ、ジュリエット様もお元気そうで、ますますお言葉も上手に、そしてお美しくなられましたね』

『ありがとうございます。でもいやだわ、これまで通りジュリエットと呼んでください』

『未来の王太子妃殿下ですのに?』


そう言いながらもラミアはいたずらっぽく笑う。お国柄なのか、クレッシェ人はおおらかで陽気な人間が多い。この王国よりも人との距離が近くて、わたしはとても好きだった。

もう少しラミアとの距離を縮め、声も少し落とす。


『今はただの伯爵令嬢に過ぎないのに』

『ふふ、本当にこっちのネイティブみたいに話すのね。じゃあジュリエット、この度は御婚約おめでとう。とっても素敵な旦那様じゃない!』

『そうでしょう? わたしには勿体ないくらい素敵なの。こんなにカッコいいのに、とっても優しくて。仕事も出来るし、趣味も合うし、センスもいいし、最高よ』

『まあやだ、惚気ちゃって。テオが泣くわよ』

『聞こえてないから大丈夫よ』


澄まして言うと、ラミアがまたしてもいたずらっぽく笑った。


『隣には聞こえてるみたいだけどね?』


え!と思って隣を見れば、ジョーくんが、いやジョルジュ殿下が口元を手の甲で隠しながらわたし達を見ていた。ラミアの隣にいるダリウスも若干ニヤニヤしている。


「大変仲がよろしいようで、何よりですよ」

「ええ、本当に。お二人の幸せが永く続きますようにお祈り申し上げます」


夫妻が礼をとると、ジョルジュ殿下は仕切り直すように咳払いをして、鷹揚に頷いた。

わたしも同じように微笑んで頷いたけれど、内心の動揺は隠せない。


王都ではほぼ通じないクレッシェ語だから安心して会話してしまったけれど、隣のこの人は北国の言葉も話せるくらいの教育を受けている人なのだ。数年前に国交を開始した国の言葉ももちろん学んでいるに決まっている。

ということは先ほどの、わたしの思い切りのよい惚気もガッツリ聞かれてしまったのだろう。恥ずかしい、何を言ったかは覚えていないが、しっかり惚気たことは覚えている。


わたしが内心で動揺している間にも挨拶は続く。

あとはもう国内の貴族たちだから、わたしも顔と名前を知っている人たちばかりだった。

ぽっと出のわたしなんかが殿下の婚約者に収まったことに対して、もっと反発じみたものがあるかと思っていたのだが、意外にも明らかな敵意を見せてきたのはあのお姫様だけだった。


不思議なことにほんの少しの憐れみを見せてくる御婦人もいたくらいだ。この時はこれが何を意味していたのか、わたしには分からなかった。

だけど、それから程なくして、わたしはその意味を知ることになる。


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