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15.ジョーくん



ジョーくんは長い脚を組んで、膝に肘をついた。ジュリエット視点ではちょっとお行儀が悪いけれど、友梨亜視点では最高級にカッコいい。

そして口を手で押さえたままのわたしを嘲るように笑った。


「もう遅えよ」

「え? ……待って、ホントに? ジョーくん?」

「声は抑えろ。あと表情も戻して」


(このツンな喋り方! 間違いなくジョーくんです!! ひぃ! かっこよすぎる!!)


慌てて姿勢を正し、ジュリエットとしての体面を保つ。心臓は相変わらずバクバクしたままだが、混乱と興奮は少しずつ落ち着いてきた。冷静にはほど遠いが仕方がない。


なんたって、目の前に王子様の推しがいるのだ。意味が分からない。


「とりあえず聞きたいことは山ほどあるんだけどさ」

「は、はい」

「あなたの兄ちゃんは何者なわけ?」

「あー……」


こちらも麗しのテオの顔が思い浮かぶ。だけどあの人は残念ながらただのテオだ。


「テオは、花ちゃんでは、ないと思います」

「やっぱそうか……」


難しい顔で考え込んでしまったジョーくん。

これ幸いとばかりにその横顔を堪能する。

さっきまではジョルジュ殿下にも見えていたのに、今はもうその表情がジョーくんにしか思えない。衣装を着ているジョーくん、めちゃくちゃカッコいい。語彙力が死んでしまう。


「あ、あとレオンと、リュカも」

「ああ、その辺は自分で確かめたから大丈夫。テオだけがやたらガード堅くてさあ。多分俺をあなたに近付けたくなかったんだろうけど」

「……なんか、すみません」


シスコンの兄が大変ご迷惑をお掛けしております。肩をすぼめて頭を下げると、ジョーくんはハハッと声を上げて笑った。


「まあ、あなたの可愛らしさなら仕方ないと思うよ? テオも綺麗な顔してるし、兄妹揃って花の妖精なのも納得だわ」


(その恥ずかしい二つ名を! やめてほしい!! マジで言い出したやつ連れて来い今すぐ! わたしとテオでぎったんぎったんにしてやんよ!!)


内心の激しさを表には出さず、そっと視線を落として答える。


「……ジョーくんだって、めちゃくちゃ綺麗ですよ」

「あー……ちなみにあなたには、俺はどんな風に見えてるの?」

「え?」


ぱちっと目が合うと、にこっと優しく微笑むジョーくん。かあっと顔が赤くなるのを止められない。


(ジュリエット!! ジュリエットの鉄壁の微笑を!! どこ行ったジュリエット!!)


見つからないジュリエットの代わりに、いつものジュリエットとは違いすぎるだろうたどたどしい言葉で友梨亜が答えていく。


「えっと、その……わたしが記憶してるジョーくんより、だいぶ若いです。でもジョルジュ殿下って二十歳ですよね? それだとサンジュウやってた辺りだと思うんですけど、それよりはかなり落ち着いて見えるので、もうちょっと上かなって……」

「まあ、中身三十二歳だからね」

「やっぱりそうなんですか!?」


驚いて声を上げると、ジョーくんは「ん?やっぱりってどういうこと?」と首を傾げている。


「いえ、あの……実は、先日の夜会で、テラスで独り言が聞こえてしまって」

「え? マジで? そりゃちょっと……最近気ぃ抜きすぎてたな」


ぽりぽりと頬を掻きながら、ジョーくんはふうっと大きく息を吐いた。緑茶をこくりと飲んで、優雅な仕草でティーカップを置く。見惚れるくらいに王子様だ。


「それで? ジュリエットちゃんの本当の名前は?」


なのに、この表情はとっても悪戯っ子みたい。何これ、可愛いが過ぎる。


「宮崎、友梨亜です」

「友梨亜ちゃん、ね。……え? ……知り合いじゃないよね?」

「ええ、もちろんです! そんなまさか!」


慌てて手を振ると、ジョーくんはじーっと穴が空きそうなほどの勢いでわたしを見つめてくる。顔が、とっても熱い。


「ジュリエットは十七歳だっけ? 友梨亜ちゃんは?」

「……女性に、歳を聞きます?」

「はは、ごめんごめん。十七歳ではなさそうに見えたから」


笑いながらそう言うと、ジョーくんは手元にあったベルを鳴らして侍従を呼んだ。


「お呼びでしょうか」

「部屋にある、小さい肖像画を持ってきてくれる?」

「はっ。かしこまりました」


音もなく侍従が去っていくのを見つめる。ジョーくんの意図がさっぱり分からない。


「すぐ来るから、まあお茶でも飲んでて」

「はあ……」


よく分からないままにお茶を飲んでいると、侍従が戻ってきて写真立てのようなものをすっと差し出してきた。ジョーくんが受け取ると、またしてもすっと居なくなる。忍者みたいだ。


「これ、見て」


それをわたしに差し出してくるジョーくん。

受け取って見てみると、そこには王と王妃、それに三人の子どもたちが描かれていた。写真ではないけれど、とても写実的な絵だ。

子どもたちは、既に隣国へ嫁いだ第一王女殿下と、公爵家へ降下した第二王女殿下と、もう一人は、ライラック色の髪のものすっごい美少年。

しかし見覚えがない。この並びなら、描かれているのはジョルジュ殿下しかありえないはずなのに。


「やっぱな。誰?って顔してるな」

「え?」

「それ。その男の子が俺って分かんない?」

「え!」


だって髪の色も違うし、目の色は紫だし、もっと彫りが深いし、綺麗なのは同じで面影もあるから親戚なら分かるけど、確かに似ているけれど、これが目の前のジョーくんと同一人物だとは思えない。

何度もジョーくんと絵を見比べてしまうが、ジョーくんは相変わらずわたしをじっと見つめている。


「あの……? どういうことですか?」

「いや、俺も分かんないけど。俺が見えている自分の姿と、あなたが見ている俺の姿が違うんだなと思って」

「……ということは、ジョーくんは、鏡で自分を見るとこの絵の感じってことですか?」

「そう。そろそろ自分の顔忘れそう」

「ええっ!!!」


それはわたしも同じだけれど、でも、そんなことって。

呆然とするわたしを前に、ジョーくんはさらに衝撃的なことを言い始めた。


「ちなみに、さっきあなたの名前を聞いてからは、あなたの顔が違って見えています」

「……えっと?」

「俺の記憶にあるさっきまでのジュリエットちゃんと、今、目の前にいるあなたは違う顔に見える。そうだな……」


じいっとわたしを見つめながら、ジョーくんがわたしの顔を言葉で描写していく。


「ジュリエットほどじゃないけど、色白で、目は黒目が大きいかな。右目の下にほくろがあるな。あと、ジュリエットはあどけない少女って感じだけど、あなたはもう少し大人に見える。……顔の特徴説明すんの、難しいな」


うーん、と唸りながらもジョーくんはわたしから目を離さない。

わたしはわたしの顔を忘れてしまった気がしていたのに、右目の下にほくろがあると聞いて、その部分だけは思い出せた。今の真っ白な肌とは違う、肌の色も。


ここに来てはじめて、思い出せたのだ。


相変わらず呆然としたままのわたし、そんなわたしをじっと見つめるジョーくん。

ジョーくんはいつの間にかテーブルに肘をついて、その距離が縮まっている。


「うーん、とりあえず落ち着こうか。お茶新しいのにしよう」


そう言いながらベルを鳴らすジョーくん。忍者みたいな侍従がサッと現れ、ジョーくんがカップを指し示すとすぐにまた消えて、ポットを持って現れた。コポコポと花柄のティーカップに注がれる緑茶。


「……あの」


優雅にお茶を飲むジョーくんを見上げながら、おそるおそる問いかける。


「ん? なに?」

「その、ジョーくんは、何でわたしが日本人だって分かったんですか?」

「ああ、だってあなた、俺の服見て驚いてたじゃん?」

「え?」

「俺もほんとどうにかしたいと思ってるんだけどね? どんなふうにオーダーしても、“シャルモン”の衣装しか出来上がってこないんだよね」

「ええっ!! わざとそうしてたのでは!?」

「んなわけないでしょ。なんなんだろね、この世界。ほんと意味分かんねえよ」


それは確かに。わたしだって未だにわたしの夢である可能性を諦めていない。


「最初は夢かと思ってたよ。だって柳くんみたいな奴もいるし、直くんや嶺くんみたいなのまで出てきたし。何これ、俺現実逃避でもしてんの? さすがに忙しすぎだった? って」

「……わたしは未だに夢だと思ってますけど」

「俺もあなたが出てくるまでは夢だと思ってたけど」

「わたし、ですか?」


特に何かした覚えのないわたしは、首を傾げる。


「いや最初はあなたも他のひとと変わらなかったよ。直くんっぽい人の妹なんだな、確かに妖精みたいだなってくらい。でもこの世界みんな外人顔だし、俺もその一人だし、違和感なかった。だけどこの前の、俺の誕生祝の夜会で、あなた俺の服見て驚いてたでしょ? あんな反応されることないから、ちょっと引っかかってさ。みんな食い入るように見つめてくるけど、それは今後の流行に乗り遅れまいとする意識だし」


そこまで言うと、ジョーくんは一息ついてまたお茶を飲んだ。


「で、直くん、じゃないか、テオのことも気になってたからちょうどいいやと思って、ダンスに誘ったわけ。でもその時は何も分かんなかったんだけど……テラスに連れ出そうかと思ったけど、テオの視線めっちゃ怖かったし」

「なんか……すみません」

「いや? あれはあれで面白いよ。それで、何とかもっと会いたいなあって、何で驚いてたのか聞いてみたいなあって思って、リュカの晩餐会に押し込んでもらって、大正解だったよね」

「大正解?」


特に思い当たることがなくて首を傾げる。確かにリュカの晩餐会で会ったことはあるが、あの時は特に会話もなかったはずだ。


「そう。あなたあの時の俺の服見て、『ミュゲだから紅白』って言ってたじゃん」

「あ……」


あの時つい出てしまった独り言が、ジョーくんにまで届いてしまっていたということか。だってようやく思い出せて嬉しくて。


「あの服見てミュゲと紅白なんて言葉出てくるの、俺らのファンしかいなくない?」

「……すいません」

「いやいや、嬉しかったんだって。俺の中にいる美山譲が夢じゃなかったんだなって思えたし」


そう言って微笑むジョーくんが、素敵すぎる。優しい。カッコいい。尊い。


「極めつけは緑茶と、その饅頭だよね。これ出して普通に食べたの、あなたくらいだよ」

「そ、そうなんですか?」

「うん。緑茶なんかみんな砂糖入れるじゃん? 信じられねえことに」


それは激しく同意だと、ぶんぶんと首を縦に振る。


「海外ではそうやって飲むところもあるみたいだけどさ。あと饅頭は殿下としての俺が勧めても、みんなすごい覚悟決めた表情で食べてる」

「……ふふっ」

「旨いのにね? 緑茶と饅頭、最高じゃん?」

「そうですよね」


少し笑えたことでようやく落ち着けたのか、わたしもやっと肩の力が抜けてきた。新しく入れなおしてもらったお茶に、やっと口をつける。


「で、そんなことしてたらいつの間にか東方かぶれの殿下呼ばわりですよ。あれぜってぇリュカあたりが言い出したな」

「リュカ、ほんとにりゅっちみたいですよね。性格も」

「まあ、おかげで東方の珍しいものはみんなすぐに俺んとこ持ってくるようになったから、いいんだけどさ」

「え! そうなんですか? いいなあ、わたしまだお茶しか飲んだことないです」

「烏龍茶?」

「はい、それとジャスミン茶」

「ああ、あれね。ちなみに最近、饅頭に肉が入ってるやつが出てきたよ」

「……肉まん!?」

「うん。だから今度シェフに餃子作らせてみることにした」

「餃子!!!」


(食べたい!それはめちゃくちゃ食べてみたい!!!)


そう思ったのが伝わったのだろう、ジョーくんはニヤリと笑っている。ああ、こんな意地悪な表情もめちゃくちゃ素敵だ。


「で、友梨亜ちゃんは誰のファンだったのかな?」

「え! いや、それは……ジョーくん、です」

「ははっ! そこはちゃんと空気読めるのね」

「え、あのいやホントに!」

「はいはい」


楽しそうに言うジョーくんはカッコいいけれど、明らかに信じてくれていない。でも信じさせる術がわたしにはない。何を言っても流されてしまいそうだ。


「でね? こっからが本題なんですけども」

「はい」


そう言うと、ジョーくんは姿勢を正し、わたしを見つめてきた。

ジョーくんなのに、ジョルジュ殿下みたいな威厳もあるから緊張が走る。わたしも慌てて姿勢を正して向き合った。


「俺の、婚約者になってくれない?」


(…………はああああっ????? こ、こんやく、いや聞き間違い? 婚約者? いや婚約って、だってジョーくんなのに、ええええ???)


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