14.お茶会
もやもやとした気持ちを残したまま、お茶会の日になってしまった。
場所は王城、殿下のいる宮に近い中庭らしい。部屋に二人きりとかではなくてホッとする。
保護者としてテオがついてきたけれど、殿下が二人きりをお望みなものだから中庭までは入れない。近くの部屋で待機しているとのことだ。
テオも忙しいというのに、ついてくるのは譲らなかった。今はその重い愛もありがたい。
「では、御令嬢はこちらへ。ボネ殿はここでお待ちください」
案内されるままに道を進む。
王城の中庭はさすがの美しさで、気を抜けばつい見とれてしまいそうになる。
名前も分からない見たこともない青いグラデーションの花が咲く小道のあと、壁のように目隠しされた生垣の中に広いスペースがあった。
内側に入って香るのは百合だ。見れば足元には色とりどりの百合が咲き誇っていた。ヒッポの丘で見たような、虹色の花壇になっている。
その前に広がる芝生、一本道の奥に小さな白いガゼボが建っていた。その中には椅子が二脚と小さなテーブルがある。
ここは楽園なのかと思うほど幻想的な景色だ。
「こちらでお待ち下さい。すぐに殿下が参ります」
「ええ、ありがとう」
椅子を引いてくれた侍従に礼を言うと、彼はそのまま生垣の奥に消えた。
そして緊張の息を吐く間もなく、すぐに足音が聞こえてくる。すっと立ち上がって頭を下げた。
「待たせたか?」
「いえ、とんでもない。本日はお招きありがとうございます」
「今日はそういうのはいい。楽にして」
そう言われても、はいそうですかと楽にできる訳もない。
殿下がわたしの前に座ると、一緒についてきていた侍従がサッとテーブルにお茶を用意してくれた。
予想通りと言っていいのか、それは緑茶だった。高級そうなティーカップに入れられている違和感はあるが、それでも気分が上がる。
さらに、続いて出てきた小皿の中身を見て、目を見開いてしまった。
ジュリエットとして表情が取り繕えていたかどうか自信がないが、それも仕方がないことだと思う。
だってそれは、どう見てもお饅頭だったのだ。
(まさかの和菓子!! もしかして中身は餡子だったりするのだろうか? こしあん? つぶあん? ひょっとして白あんとか?)
セッティングを終えた侍従は一礼してガゼボから出ていく。
生垣の向こう側に護衛の気配はあるけれど、本当に二人きりになってしまった。
ちらり、上目づかいで殿下を見上げる。
最近お見掛けするときはオールバック気味に上げていた髪が、今日はゆるく下ろされている。それだけで雰囲気が柔らかく感じるから不思議だ。表情はやっぱり硬いけれど。
(ああ、でも、今日も安定して顔がいい!!)
服装はといえば、ライトグレーのジャケットに黒いパイピングがされているものだった。座っている上半身だけでは何の衣装か思い出せない。黒い蝶ネクタイに白いシャツ、ジャケットのデザインもシンプルだから、今までのものよりは随分簡素に思える。
(それだって、ジョーくんが着ているだけで輝いて見えるんですけどね!!)
目が合うのが怖くて、さっと視線を落としてお饅頭を見つめる。
ジュリエットがお饅頭を見るのは初めてのようで、(この物体は一体……?)とさっきから混乱していた。確かに知らないと訳が分からない食べ物かもしれない。
「緑茶が、好きだと聞いたのだが」
「あ、はい。おいしいと、思います」
「そう」
この「そう」の言い方がとても優しくてキュンときた。思わず視線を上げれば、声と同じく視線が優しい。ああ、この目に弱いのだ。至近距離だとますます破壊力がすごい。
どうぞ、と促されて緑茶を頂く。
ラフィット家で出された時より、ちょっと熱めだ。でもそれがいい。緑茶は熱い方が好きだ。
「この菓子は『マントウ』という東方のものだ。緑茶に、よく合うかと思って」
「そうなのですね」
殿下がそのまま掴んで口に運ぶから、わたしも真似してみる。
なるべく小さく口を開けて食べてみると、中身はやはり餡子だった。粒あんだけど、甘さは控えめ。
わたしはもっと甘いお饅頭を渋い緑茶に合わせる方が好きだけれど、久しぶりの「和」な味はそれでも泣きたくなるくらいおいしかった。
「……とても、おいしいです」
「そう……良かった」
やはり、クロエの言うように、東方食文化の仲間を増やしたかっただけなのだろうか。
何を言われるわけでもなく、お饅頭とお茶を静かに頂く。
時折緩やかに吹く風が、百合の香りを運んでくる。
「あなたは……」
「はい?」
緑茶とお饅頭ですっかり気が緩んでいるわたしに、ジョルジュ殿下は何かを言いたそうに、でもとても言いにくそうに声を掛けてくる。
しばし思案するようにテーブルの上を睨みつけていた殿下は、覚悟を決めたようにわたしを見据えた。
その強いまなざしがジョーくんと重なってしまい、大きく心臓が跳ねた。
「あなたは、誰だ?」
「え……」
(わたしは、だれ?)
確かこのお茶会はわたしを名指しされていたと思うのだけれど。もしかして、殿下が思うジュリエット・ボネが違うご令嬢だったとかだろうか。どこかでお見かけしたご令嬢に一目ぼれでもされて、それが何かの間違いでわたしだということになっていたということか。ああ、でもそれならば突然のご指名も納得できる。そうか、人違いだったのか。
一瞬でそこまで思うと、ジュリエットの肩からふうっと力が抜けた。すっと音もなく立ち上がり、カーテシーをする。
「わたくしは、ボネ伯爵家の長女、ジュリエット・ボネです」
「……それは、知っている」
「え?」
(知ってるの? そっか、それもそうよね。一度ダンスだって踊ったこともあるわけだし、ご挨拶させていただいた時にはテオとともにボネ兄妹だと認識してくださっていたはずだもの。あああ、勘違いして恥ずかしい!)
立ったまま固まるわたしの手を取り、殿下は座るようにエスコートしてくれた。紳士すぎる。まさにジェントル。
座り直したジョルジュ殿下は、真面目な顔のままでわたしを見つめた。
「質問を変える。……あなたは、私に似た人を知っている?」
(似た人、似た人? こんなに麗しい顔の人がジョーくんの他にもこの世にいらっしゃると? 何そのパラダイス! むしろ連れてって!)
「いえ、存じ上げません」
興奮する友梨亜をいつも通り抑え込み、ジュリエットが冷静に答える。だけど殿下は眼力を強め、テーブルを乗り越えてグッと距離を縮めてきた。
「本当に?」
「ヒッ! ……あの、近」
「あなたは、本当にこれに似た顔を知らない?」
(圧が! ヤバいです! ジョーくんなんかめっちゃくちゃいい匂いするし!)
目を逸らすことも許されないような距離で見つめられ、囁くように問い掛けられる。
「よく、思い出してみて?」
「ああああの、ですからその、ちっ、近すぎて」
友梨亜はもちろん、さすがのジュリエットもパニック状態だ。もう無理!と目を伏せようとすると、そうはさせじと殿下がわたしの顎をクイッと掴んだ。
(ひい! コレが俗に言う顎クイ! ジョーくんが! 顎クイ! 近いよ! 想像よりめちゃくちゃ近いよ! すっごい綺麗な瞳に吸い込まれそう、じゃなくて、頭の中が沸騰しそうです!!)
「よく、見て?」
(ぎゃああああ!! ヤバいもう死ぬから!! ほんと死んじゃうから! ジョーくん! わたしもう無理だから!)
「ちょ、ちょ、あ、まっ、じょ、ジョーくん、おち、お、落ち着いて!」
叫びたくなる気持ちを何とか抑えながら小さな声で必死に抵抗する。
顎を掴まれた腕を押し返すと、思いのほかスッとその腕は離れていった。続けて離れていく麗しいお顔。
テーブルを挟んだ距離に戻ったのが分かり、やっと大きく息を吐いた。まだ心臓がバクバクしている。
「やっぱりな」
先ほどまでの硬い表情ではなく、心底疲れたというように椅子に深く腰掛けるジョーくん。
(ジョーくん? あっ!!!)
ハッとして手で口を押さえても、出てしまった言葉は戻ってこない。
そんなわたしの焦る様子を見たジョーくんは、片方の眉を上げてニヤリと笑った。
それはどこからどう見ても、ジョルジュ殿下ではなく、美山譲の表情だった。




