12.晩餐会
「ジュリエットお嬢様、今日も完璧にございます」
満足そうに頷いたエマに促され、鏡の前に立つ。今日はラフィット家の晩餐会の日だ。
今日のドレスは、夜のような黒いベルベットの生地にゴールドの刺繡がゴージャスだ。いつもより目元が強調されたメイクで、大人びた雰囲気になっている。髪にはいつものように百合を挿し、華やかにまとめ上げている。
(これ、この前ジョーくんが着てたバルマスケの衣装みたい。隣に並ぶと素敵だっただろうなあ)
そんなことを思いながら、くるりと鏡の前で一周してみる。ふわっと揺れるドレープがとても素敵だ。光に当たってゴールドの刺繍が煌めく。
「ジュリエット、準備はいい?」
「はい、お兄様も……っ」
笑顔で振り向いたジュリエットが、いや友梨亜が固まる。
だって、今日のテオは、わたしと同じようなスーツを着ていたから。
(そう! つまりはバルマスケの花ちゃんです! あの時のジョーくんほどゴールド感はなくて、きちんと白いシャツも着ているから控えめな感じはする。でも、どうしてもお揃いにしか見えません! ああ、今すぐ映像を確認して詳細を確かめたい! スマホ! スマホをここに!!)
興奮する友梨亜をなだめるかのように、ジュリエットが(王族から流行が始まるのが普通だから、こういうことは多々あることだ)という事実を教えてくれる。今シーズンの夜会でジョルジュ殿下が最初に着ていたのがあの衣装だったから、今のトレンドは黒とゴールドだということも。
(え、待って? 今日はリュカの家の夜会よね? ということはリュカも、りゅっちもバルマスケの衣装を着ている可能性が……??)
「ジュリエット? 行くよ?」
「あ、はい」
差し出された手に引かれながらも、わたしの混乱は収まらない。
(もしかして今日はレオンも来ていたりするのかしら。ということはつまり! ジョーくん以外の三人がバルマスケ衣装で勢揃いというワンチャン……)
そうなったら友梨亜は正常を保てる自信がない。ジュリエットに頑張ってもらうしかない。
そんなことを考えている間に、いつの間にか馬車へ乗り込んでいた。
「緊張してる? 今日は顔見知りばかりだから、気張ることないよ」
「顔見知り、ですか」
「ああ、レオンも来るはずだし」
(レイちゃん確定!)
ということは花ちゃんとりゅっち、レイちゃんの揃ったところが見られるかもしれない。歓喜。
(テオは正統派なジャケットだけど、ジョルジュ殿下はもう少し長かった気がする。ということは大抵の衣装のように、レイちゃんはショート丈? リュカはどんなのだった? ああ、やっぱり詳細を確認したい。スマホをください!)
リュカのタウンハウスは、同じ伯爵家ということもあって程近い場所にある。
テオとゆっくり会話をする間もなくすぐに到着してしまい、再び手を引かれて馬車を降りた。
ラフィット家のダンディな執事が出迎えてくれ、中へ通される。今日は晩餐会ということで、ホールにはテーブルと椅子がずらりと並んでいた。
案内されるまま席につく。左隣はテオで、右と前はまだ空席だった。右手奥には暖炉があり、その前には主賓とホストの席がある。
「あれ?」
ぽつりと呟いたテオの声に、隣を見上げる。
「どうかしました?」
「いや……今日の主賓はルグラン公爵家のご夫妻だと聞いていたんだが」
そう言われて主賓席を見るが、その席は一つしかなかった。ご夫妻のどちらかが欠席されたのだろうか。
「なんか殿下が来るらしいよ」
「え?」
突然会話に加わってきたのはレオンだった。相変わらず一人での参加で、わたしの右隣に座る。
そしてやっぱりレオンもバルマスケっぽい衣装だった。ショート丈だったけど、裾がヒラヒラしているデザインだ。今日も青髪ツンツンで、とんでもなくカッコいい。
わたしの隣ではなくテオの隣に座って欲しい。そしてそれを正面から眺めていたい。近すぎて困る、なんて贅沢な悩みだ。
(いやちょっと待て。今レオンは何と言った? 殿下が来るとか言わなかった? まさかジョルジュ殿下が、ジョーくんがここに? ここでまさかの”シャルモン”勢揃いってこと!? ギャー、無理無理! 心の準備が出来てない!)
内心で友梨亜が騒ぎ立てているが、わたしはジュリエットのおかげで平然と微笑んで座っている。驚きさえも顔に出さない。淑女教育の凄さが身に染みる。
「殿下が? 何故?」
「さあ? 急に決まったってリュカが言ってたけど」
「ふーん」
そんな会話をしている間に、ルグラン公爵家のご夫妻がわたしたちの向かいの席に座った。
そして殿下の来訪を告げる声がして、わたしたちは一斉に立ち上がった。
ホストであるラフィット伯爵家ご夫妻とともに現れたジョルジュ殿下は、もちろん先日のバルマスケ風衣装ではなく、黒いショートジャケット姿だった。パンツの色はグレーだ。ジャケットに金の刺繍があるところは前回と同じ。いや、刺繍というよりは飾紐のような、前面にループされた紐がデザインされたものだ。
今日も硬い表情のジョルジュ殿下が席につき、わたしたちも座りなおす。
自然と目が行ってしまい、まじまじとその衣装を見てしまう。ものすごい既視感があるから、これも衣装なのは間違いない。今日も前髪をオールバック気味に上げているジョーくんだから、どうしても記憶が混ざってしまう。
(これで何を歌っていたかを思い出せれば……)と、意識がそちらに偏っている間に晩餐会は始まっていた。
運ばれてくる食事を、友梨亜が驚くほどの上品な仕草で食べていくジュリエット。
だが頭の中ではぐるぐると色んな”シャルモン”の歌が流れては消えていく。同じ歌でもMVにテレビの歌番組、ツアー中など色んな衣装が浮かんできて考えがまとまらない。
ちらちらとジョルジュ殿下に視線をやっては、記憶の中の”シャルモン”を辿る。
(歌、歌……ああ、『muguet』だ! ジョーくんが出たドラマの『三階の十人』が映画化した時の主題歌!)
その歌とともに歌って踊る四人が思い浮かぶこのステージは。
「『muguet』だから、ああ紅白か……」
映画とともにヒットしたこの曲のおかげで”シャルモン”は紅白に初出演し、デビュー曲とともにメドレーで歌っていたのだ。
『muguet』の衣装は黒革のノースリーブロングジャケットにウエストはゴツいベルトというワイルド仕様だったのだが、さすがに紅白向けにフォーマル仕様の衣装が用意されていた。それがこれだったはず。
すっきりしたわたしは、どうやら小さな声で呟いてしまったらしい。隣でサラダを咀嚼していたテオが「ん?」と首を傾げている。
「あ、何でもありません」
そっと首を振り、すっきりした気持ちで食事に戻る。
目の前には青々としたサラダ。小さく取って口に運ぶ。
室内ではそこかしこで会話が盛り上がっていて、わたしもレオンやテオと会話を楽しみながら食事をした。
殿下はホストのラフィット夫妻と何やら話し込んでいるが、いつも通り硬い表情なのであまり楽しそうではない。
わたしが何度も見ているせいか時折目が合ってしまうのだが、なるべく自然に視線を逸らすように努めた。それでも惹きつけられてしまうのは、やっぱりジョーくんだからだろう。シンプルに顔がいいのだ。
デザートの時間になると、ホストであるラフィット伯爵が立ち上がって場を見回した。皆が会話を止めてそちらへ注目する。
「今日はジョルジュ殿下へ献上し、大変気に入ってくださった珍しいお茶を、これから皆様にも振舞わせて頂きます」
すると給仕が一斉にやってきて、わたしたちの前に花柄の高級そうなティーカップを置いた。カップには小さなシュガーが添えられている。
だが、この香りは、わたしにとってはもはや懐かしいものだった。そしてもちろん、お茶の色も。
「これは……緑とは、また不思議な」
「たしか、遙か東方でこのようなお茶も飲まれると聞いたことが」
「ほう、それはそれは」
そのような会話があちこちで聞こえてくる。
「こちらは、東方アケの国で手に入れました。”リョクチャ”と呼ばれる、地元では多くの民に親しまれているお茶です。どうぞ香りもお楽しみください」
独特の香りは、慣れ親しんだわたしにとってみればとてもいい香りだった。すうっと息を吸い込んで香りを味わう。
スプーンのカチャッという音に目を開ければ、皆は紅茶と同じように砂糖を入れて混ぜていた。もちろんテオとレオンも当然のように。
(うっそ! 緑茶に砂糖を!! そういや普通に添えられてたけども!! ええ!? これわたしも砂糖入れなきゃでしょうか!)
こっそり周りを窺えば、ジョルジュ殿下はそのまま飲まれているようだ。ラフィット伯爵が「私はまだ砂糖抜きの美味しさが分からなくて……」とスプーンで混ぜながら言い訳のように話している。
(やっぱり殿下はジョーくん、なのかなあ)
周りを見れば、みんな砂糖を入れて飲んでいる。そのまま飲んでいるのは殿下だけだ。
わたしも殿下の真似をしていると見せかけてそのままそっと口につけた。
ちょっと温いけれど、味はそのままの緑茶だ。染みわたる懐かしさに涙が出そうになり、ギュッと力を入れて耐える。
「殿下は東方の文化をお気に召したようで」
「あの、砂漠の向こうにあるという国でしたか」
「なかなか独特な雰囲気のものですわね」
「私は外国ならばあの海の向こうの国が」
「ああ、モロー家とボネ家の」
「そうそう、舶来の方はなかなか」
「いやあの食器は派手過ぎて私にはいまいち」
「確かに舶来は色も柄もにぎやかですわね」
周りで盛り上がる会話に微笑みながら相槌を打つ。
内心では、東方の文化というキーワードにドキドキしている。緑茶がある国ならば絶対に日本にも近いはずだ。紅茶があるのなら緑茶もあっておかしくはないが、他にも似たような何か、米や味噌、醬油に似た何かもあるかもしれない。ぜひとも手に入れたい。
その後は良いところでお開きとなり、最初にジョルジュ殿下が帰って行った。
今日もとんでもなくカッコよかった殿下だけど、特に会話することはなくてホッとした。
殿下がジョーくんなのかは大変気になるところだけど、王族に対してのマナーに自信などないし、何より、硬い表情のジョルジュ殿下は怖いのだ!
眉間に皺を寄せまくっているジョーくんなんてイメージじゃなくて怖すぎる。あの美しい顔を時折遠くから拝見させていただくだけで十分だ。
わたしたちもその後に続いて帰宅の途につく。馬車の中でテオと二人きりになると、ホッと肩の力が抜けた。やっぱり、慣れない社交には緊張してしまう。
テオも同じなのか、ジャケットを脱いでネクタイを取ると、ふうっと息を吐き出した。
「ふふっ、お兄様もお疲れですか?」
「あー、殿下が来るとか聞いてないし。無駄に気疲れしたよ」
「本当に。わたしも疲れました」
”シャルモン”似のみんなが同じ空間に居たのを見ることが出来たのは感激だったけれど、緊張感があったのも事実だ。
わたしは”シャルモン”のみんなが歌ったり踊ったり、仲良く話したりふざけ合ったりしているところを見るのは大好きで癒されるのだけれど、今日は癒されるなんてとんでもなかった。顔が似ていても作り出される雰囲気がまるで違うから当然だろう。
「明日はしっかり休めもうな」
わたしとしても、今はまだ、花ちゃん似のテオお兄様に甘やかされる夢のような日々をのんびり過ごしていたい。




