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11.馬車の中



馬車に乗り込み、テオと二人きりになってようやく、ほうっと大きな息を吐くことが出来た。

それを聞いたテオが眉を下げて微笑む。仕方ねえなあ、という、わたしの大好きな微笑みだ。

こんな笑顔を見ても、贅沢だとは思いながらも気持ちが落ち着いてしまうのは、やはりジョーくんの存在に驚きすぎたせいかもしれない。


「……あの、お兄様?」

「ん?」


動き出した馬車の中で、向かい合うテオに問いかける。ネクタイを外し、首元を緩めたテオは色気すら漂っているが、今のわたしはジョーくんのことが気になって仕方がない。


「その、殿下は、何故わたしと?」

「あ、ジュリエットは夜会久しぶりだったな」

「はい」


身体が強くないジュリエットは、十六歳にデビュタントを迎えてからも大きな夜会か親戚の茶会くらいにしか社交としては参加していない。今回も久しぶりの大きな夜会だったから参加となったのだ。


「そうだなあ、半年ほど前に殿下の婚約者候補が白紙になったのは知ってるな?」

「はい」

「それからは、殿下は夜会で一曲しか踊らないんだ。相手も毎回違うし、誰もエスコートしない」

「え……」

「だから今回もたまたま、近くにいた婚約者の居ないジュリエットを選んだだけだろう」

「そう、なんですね……」


殿下はテラスに居たのだから、出入り口付近にいたわたしがたまたま選ばれたということか。

テラスでのあの呟きでは、誰でもいいからさっさと踊って終わらせたいという響きだったから、それが正解に違いない。


「何? 期待した?」

「えっ! まさかそんなわたしなんかが」


それは友梨亜としてはもちろんだが、ジュリエットとしてもたかだか伯爵家の自分が殿下とだなんておこがましいと思っている。


「いや、婚約者候補への打診はあったんだぞ? ちょうど病気していた頃だったから辞退してるはずだけど」

「え? そうなのですか?」

「うん。ほら、公爵家のご令嬢は殿下と釣り合う年齢が一人しかいなかったし、侯爵家だって派閥的なあれこれで条件に合うのが二人が三人くらいで、じゃあ伯爵家からもってことでウチにも」


それはなんと惜しいことを、とわたしの中の友梨亜が叫んでいる。


(だって下手したらわたしがジョーくんの婚約者に! いやいやいや、無理無理無理。やっぱり無理!)


そんな想いのままに首を振りまくっていたらしい。テオが微笑みながら髪を撫でてきた。


「だから辞退してるって。ジュリエットが望むなら押し込めるけど、そうでもないみたいだし」


今度は首を縦に振って答えると、テオの微笑みが満足げに変わった。シスコンが過ぎる兄だが、こういう時は安心できる。



屋敷に戻り、されるがままに寝る支度を済ませたベッドの中。すっかり慣れてきた天蓋付きのベッドの中だ。ちなみに今日のネグリジェは薄い水色に白いレースがついている。


一人になってようやく、今日のことをゆっくり思い返すことが出来た。


レイちゃんみたいなレオンに再会し、ジョーくんみたいなジョルジュ殿下とダンスを踊ったのだ。

いやいや、その前にジョルジュ殿下がジョーくんかもしれなくて。

どういうことかさっぱり分からないから、ちょっと冷静にあの呟きを思い返してみよう。


『はあー……もう、何だよ殿下って。俺そんなキャラじゃねえっての』

『ジョルジュジョルジュうるせんだよ、しかも二十歳ってなんじゃそりゃ』

『俺もう三十二なんだけど。どういう事だよホントに……』


あとはあれだ、うまい酒飲みてえってやつ。

わたしは未成年だから飲んだことはないけれど、ここのお酒はまずいのだろうか。確かにご飯も「はあー最高! うまー!」って感じじゃないもんなあ。まずくはないけど米が食いたい。どうせ夢ならご飯もお酒もおいしいものばかりにしておいてくれればいいのに、変なところでリアル感出してくるんだよなあ。

話がズレた。


しかしあのジョルジュ殿下の中身がジョーくんという設定だとしたら、確かめたい。

確かめたいけれど、わたしなんかが殿下とお話する機会なんかそうないと、ジュリエットは知っている。

お話する機会があったところで、どう切り出せばいいものかも分からないし、確かめたところでどうしようもない。


仮に殿下がジョーくんで、日本の記憶があったとしよう。

そうなると、ここがわたしの作り出した夢の世界である説は色濃くなる。

まさかの異世界転移だったとして、現代日本からわたしとジョーくんが同じ世界に、しかも”シャルモン”のメンバーに似た人物がいる世界に同時に転移してくるなんていうことがあるわけがない。


しかし、あまり考えないようにしていたけれど、わたしは友梨亜としての記憶もあるが、ジュリエットとして過ごした記憶もあるのだ。どちらも幼少期の記憶もある。


ということはつまり、友梨亜は前世の記憶でしかなくて、ジュリエットとして今世を生きているということなのだろうか。

友梨亜として死んだ記憶も、老いた記憶も全くない。ならばあのいつも通りの日々で、眠りについたまま死んでしまったのか。


……そして、ジョーくんがここにいるとしたら、彼もまた向こうの世界では亡くなっているということかもしれない。


いや、無理。

推しの死なんて考えたくもない。


大丈夫、あれはジョルジュ殿下で、ジョーくんはちゃんと向こうの世界にいて、”シャルモン”として輝いているはずだ。


ここはわたしの作り出した夢の世界、きっとそうだ。

花ちゃん似のテオ、りゅっち似のリュカ、レイちゃん似のレオン、そしてジョーくんかもしれないジョルジュ殿下。そんな人たちが身近に存在するなんて、まさに夢でしかない。


とりとめもなくそんなことを考えているうちに、どうやら眠ってしまったようだ。




それからも、わたしはやっぱり友梨亜として目覚めることはなく、ジュリエットとしての日々を過ごしていた。


日々が経つにつれ、起きるたびに感じていた落胆も薄くなっていった。

テレビやスマホがないのは寂しいけれど、エマに甲斐甲斐しくお世話され、テオに甘やかされる日々が楽しくないわけがない。


ジョーくんのこともジョルジュ殿下のことも気になるけれど、そもそも病弱な伯爵令嬢と王族が関わる機会などありはしない。

気になっていてもどうすることもできないのだ。

早々に気付いたわたしは、何の解決にもならないとは理解しながらも、ジュリエットとしてのいつもの日々に戻っていった。



そんなある日のこと。

いつものように家庭教師であるタマル先生のレッスンを終えた昼下がり。

珍しく時間が空いたらしいテオと、自宅の庭でお茶を楽しんでいた。

ぽかぽかとした日差しが気持ちのいい午後だ。


「最近は身体の調子が良さそうだな」

「ええ、そうですね。お兄様がいらっしゃるから」


上目づかいでそんな言葉を返してみれば、テオはデレッとした表情になった。妹への溺愛が過ぎると思うが、妹としては大歓迎である。最近は扱いやすすぎて困るくらいだ。

毎日毎日この顔を見ているせいで、友梨亜も耐性がついてしまったようだ。慣れって怖い。


「よし、じゃあジュリエットも一緒に社交するか」

「え? よろしいのですか?」

「俺のパートナーとしてなら。最近の様子なら寝込むこともなさそうだし、少しずつ参加を増やしていけば」

「本当に? お兄様、ありがとうございます!」


病のせいで脆弱な身体だとはいえ、過保護な両親と兄によって外出を制限されまくっていたジュリエットだ。お出かけが増えるのは喜びでしかない。


「んー、直近だと……あ、リュカのところの晩餐会か。ま、ちょうどいいな」


そうして、テオはリュカのラフィット家へ使いを送り、わたしの参加を追加してくれた。

その後のいくつかの夜会や茶会にも参加出来ることになり、わたしの日常は一気に慌ただしくなったのだ。


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