01.わたし
「えっと……ここは、どこ?」
人生三十年近く生きてきて、リアルでこんな台詞を言う羽目になるなんて、誰が想像できるだろうか。
だが目の前にあるのは、昭和のバブルに出来たかのような、ゴージャス感あふれたキラキラの部屋。
しかも、乙女の夢とも言われる天蓋付きベッドの上で目覚めてしまえば、ついそんな台詞が出てきてしまった。
わたしは昨日、いつも通り一人で暮らしている部屋のベッド、お値段以上で買ったベッドで眠ったはずだ。
部屋は狭いワンルームだけど、二階の角部屋で日当たりが良いところは気に入っているし、自分で選んだ数少ない家具も気に入っている。
しかしそんな長所さえも嘲るかのように、このゴージャスな部屋の日当たりは薄いカーテン越しでも最高なのが分かるし、置かれている家具も高級感を主張したものばかりだ。わたし好みではないけれど。
とりあえず起き上がっては見たものの、頭が割れるように痛い。
ズキズキと痛むこめかみを押さえて下を向くと、はらりと肩から髪がこぼれ落ちた。
プラチナブロンドが。
「えっ? 何これ!?」
思わず掴んで引っ張ってみたが、わたしの頭皮も引っ張られただけだった。
さらに、自分で動かしているはずのわたしの手が、異様に白い。
いやわたしだっていい歳だ、肌のお手入れは欠かしていない。日焼け止めだって冬でも毎日塗っているから、それなりに肌は白い方だ。
だがそれはあくまでも日本人、いやモンゴロイドの中ではというだけであって、こんな風にあきらかに人種が違うレベルの白さではない。
「何、わたし外人にでも生まれ変わったの?」
半分以上は夢だろうと思いながら、ははっと乾いた笑みをこぼす。
わたし、宮崎友梨亜は先日無事に二十八歳の誕生日を迎えた、生粋の日本人である。父も母も、祖父母も曾祖父母も日本人。
そりゃあ外国の皆様に比べれば鼻は低いし目も小さいし肌も黄色い。
だけどスキンケアやメイクで自分なりのかわいいを追求するのは好きだし、目元のほくろはお気に入りだし、自分の顔だって嫌いじゃない。
外人になりたい願望なんてなかったはずだ。
身体に掛けてあったブランケット――これもまたものすごいゴージャスな刺繍が施されている――をめくり、ベッドから足を出してみた。
もう驚きもしないかと思ったが、わたしの身体は薄いピンク色のゴージャスなフリルがたっぷりついたネグリジェに包まれていたし、ベッドの足元にはキラキラの石がたくさんついたいかにもお姫様なシューズが置かれていたから、さすがに驚いて口元が引きつってしまった。
「んー……こういうの好みじゃないはずなんだけど。深層心理ではこういうのを求めてたの? いや、夢に出てきたからって、別にそういうわけじゃないか。起きたら夢占いでも検索してみようかな」
ブツブツと独り言をこぼしながら、キラキラのシューズを履いて立ち上がる。
ぐるりと部屋を見回してみると、白と金を基調にした猫脚の家具がやたら多い。ソファーやテーブルだけでなく、クローゼットや花瓶が置かれたローチェストも猫脚だ。
乙女なら心躍るような姫系家具を前にしても『お掃除ロボットで掃除するとき助かるやつだな』なんて感想しか沸いてこないあたり、わたしの中の乙女はもはや死んでいる。
立ち上がってはみたものの、まだ頭が痛い。そのままベッドに腰を下ろし、目を閉じた。
そして昨夜のことを思い出してみる。
――昨日は金曜日、週末を前に浮かれる気持ちをそのままに、定時に職場を後にしたわたしは急いで帰宅した。
そしてすぐにシャワーを浴び、作り置きしていたごはんを食べて、テレビの前に陣取った。
最近の若者はテレビ離れしているなどと言われるが、わたしには欠かせないものである。
テレビ、そしてブルーレイレコーダー、さらには外付けハードディスク。これら無しにはわたしの人生は成り立たない。
『今日のゲストは”シャルモン”の皆さんでーす』
『キャー!!』
「ああああ尊い……」
思わず手を合わせて拝みたくなる。それが推しというものだ。
画面には週末恒例の音楽番組。それに出演しているキラキラした華やかな顔面の四人組が映し出されている。
大手事務所所属の四人組アイドルグループ”シャルモン”だ。
デビューして十五年、メンバー全員が三十路越えしているが、相変わらずカッコいい。
十五年前に彼らがデビューした時、わたしはまだ十三歳だった。少し年上の彼らが歌って踊る姿に憧れ、青春を彼らの歌やドラマと共に過ごし、金銭を稼ぐ立場になってからは立派なオタクになった。
「やっば、今日のジョーくんも最高に顔が良い……」
わたしの推しは、ジョーくん。
”シャルモン”の最年少メンバーである美山譲だ。
オーディションのときに事務所の社長がジョーと呼び間違えて以来、ずっとジョーと呼ばれている。
グループ最年少とはいえども三十二歳。
もういい大人であるが、三十路を越えたあたりから漂う落ち着きと色気、デビューの頃から変わらないキラキラ笑顔とウインクのバランスが絶妙で、ますます輝きを増している。
と、オタクとしては感じている。
意思の強そうなくっきり眉にぱっちり二重、羨ましいほど長い睫毛と形の良い唇。流行の薄い顔立ちとは真逆の、くっきり濃いめに整った顔立ちである。
微笑むだけで、もれなくわたしの心臓を鷲摑みにしてくるのだ。
もちろん、ジョーくんの魅力は顔だけではないが。
「てか今日の衣装なんなの? 軍服とかマントとか! 性癖直撃なんだけど!!」
クッションを力いっぱい抱え込みながら足をバタつかせる。この興奮を落ち着かせるには身体を動かすしかない。
今回は新曲『C'est la vie』プロモーションのために出演している”シャルモン”だが、タイアップがゲームのCMだからだろうか、衣装が軍服をイメージしたものになっていた。
黒い生地にゴールドのボタンの上着、黒いパンツに黒いブーツはメンバー四人、全員共通している。
だが上着の丈が違ったり、装飾が勲章や紐やリボンだったりと違いがあり、メンバーそれぞれに似合ったものになっていた。
わたしの推しであるジョーくんは、勲章も飾紐もないシンプルなジャケットではあるが、片方の肩にだけマントをかけていた。しかも裏地は赤である。完璧だ。
身長一七八センチ、ほどよく鍛えられた身体。シンプルな黒いパンツが長い足を強調している。
ハッキリした顔だちのせいか、マントが似合いすぎて貴公子感がものすごい。どこかの王子様が出張ってきました感。もうどうにでもしてほしい。
「これ踊るときにヒラヒラして最高なんだよな……ああ神……」
完全に陶酔したわたしは、遂に手を合わせて拝みだした。
堅苦しい軍服の衣装を着て踊る彼らは最高にカッコいい。いつものキラキラ笑顔を振りまく彼らも最高だけれど、こういう世界観に染まり切って笑顔を封印した姿も最高だ。
何をしていても最高、それが推しというものである。
「あー、今日もしあわせだった……」
しかも今日は金曜日、明日は休みだ。
朝からもう一度リピートして、それからジョーくんが出ている連ドラの今週分をもう一度見て。
来月から始まるアリーナツアーのためにうちわもそろそろ作りたいし、美容室とネイルの予約も入れなきゃいけない。
忙しいけれど現場が控えているしあわせを噛みしめながら、お値段以上のベッドで眠りについた。
はずだった。