超が付くほどのお転婆娘
「でっか……」
クエストの依頼人の家を訪れたハルトとループスはその景観にひたすら圧倒されるばかりであった。ひたすらに巨大な屋敷を中心に広大な中庭がずっと続いている。敷地がとにかく広かった。
依頼人がこのクエストにあれだけの報酬を出せるのも納得である。
「実家に帰って来たような気分だ……」
「えっ」
ループスのつぶやきにハルトは耳を疑った。ループスが元々上流階級の出身であることは既知の事実であったが実家の規模がこれに近いという情報は初耳であった。
「すみませーん!今日こちらでクエストを受けたハルトとループスですがー!」
門をくぐり、玄関の前でハルトが呼びかけると背の高い男が玄関を開けてそれに応じた。
「いらっしゃい。私はシーラ・マーキス、この家の主だ」
玄関を開けたのは家の主ことシーラ、すなわち今回のクエストの依頼人本人であった。ハルトとループスの二人は続けざまにシーラから説明を受けた。
「仕事で家を空けなきゃいけなくてなってね。夕方には戻るからそれまで娘の相手になってやってほしい」
「事情はわかった。後は任せてくれ」
「うちの敷地内であればどこでも遊び場にしてもらって構わないよ。家の裏にある山も使ってもらっていいからね」
シーラが保有する敷地のあまりのスケールの大きさにハルトは生きている世界の違いを実感せずにはいられなかった。一方でループスはさも当然のように聞き流している。
「今娘を呼ぶよ。レナ、おいで!」
シーラがその名を呼ぶと同時に一人の少女が二人の前に飛び出してきた。
「パパー!この人が今日レナと遊んでくれる人?」
「そうだよ。ちゃんと挨拶しようね」
シーラの娘レナは元気いっぱいな姿を見せると、シーラは彼女に挨拶を促した。
「初めまして!レナ・マーキスです!」
「初めまして。俺はハルト・ルナールブラン、こっちはループス・ノワールロアっていうんだ」
「今日はよろしく頼む」
レナの自己紹介に対してハルトはループスの分も兼ねた自己紹介を返した。この時点でハルトはすでにレナからお転婆の雰囲気を感じ取っていた。
「じゃあパパは出かけてくるからね。レナはパパが帰ってくるまでこの人たちと一緒にお留守番してるんだよ」
シーラは片膝をついてレナの頭に手を置き、そう言い聞かせると立ち上がって敷地の外へと出ていった。ループスは良識のある父親とその下で育った元気な一人娘という印象を抱いた。
もしかすればあっさりと終わるだろう。などという淡い幻想はほんのわずかな時間で打ち破られることとなるのであった。
「ねえねえ!ハルトお姉ちゃんのお耳と尻尾ってどうなってるの?」
シーラがいなくなるとレナは早速ハルトの耳と尻尾に手を伸ばした。子供に興味を持たれるのは当然という認識はあったがここまで接触が早いのは初めてであった。
「ふああっ!?」
「すごーい!これって本物なのね!触ると動いて面白いわ!」
いきなり尻尾をまさぐられたハルトは思わず背筋を伸び上がらせた。触られることにはかなり慣れているものの、幼子の無遠慮なスキンシップにはやはり堪えるものがあった。
「ところでループスお姉ちゃんのそれも本物なの?」
「えっ!?」
ハルトの耳と尻尾をいじっていたレナは興味の対象を今度はループスに向け、次の瞬間にはループスの胸めがけて飛び込んでいた。ここまでに要した時間はほんの数十秒、シーラの評に違わぬお転婆ぶりである。
レナのあまりの奔放ぶりにハルトとループスは早くも翻弄されるのであった。
「ねえねえ、お外で遊びましょ!パパが帰って来るまで家でじっとしてるなんてできないわ!」
二人とのスキンシップに興じていたレナは突如として外出を提案してきた。突拍子もない発言ではあったがハルトはむしろ好都合であった。少なくとも外に興味を向ければ自分たちが過剰なスキンシップで疲弊する可能性は下がる。それにシーラの所有地であればどこを使ってもいいと言い聞かされている、これを利用しない手はなかった。
「いいぞ。どこに行きたい?」
「お外の裏山に行きたいわ!あそこならなんでもできるの!」
ハルトの意中を察したループスがレナに訪ねると彼女は元気いっぱいに答えた。口ぶりからするにどうやら日常的に屋敷の外に出て遊んでいるようである。
レナに引っ張られる形で屋敷を出て裏山を訪れたハルトとループスは再び目の前に広がる景観に圧倒された。裏山は人が歩くための一本道が作られていた。ただ所有しているだけでなく、管理も行き届いているようである。
レナは整備された一本道をたどってどこまでも山の中を進んでいく。ハルトとループスはアクシデントに警戒しながら一人先行していくレナを後ろから見守っていた。
「この草が生えてるところを歩くと気持ちいいのよ!」
レナは楽し気に整えられていない斜面を踏み歩いていく。もし彼女がここから滑り落ちて怪我でもしようものならと考えるとハルトとループスは気が気ではなかった。二人は耳を絞って警戒心を強めた。
「二人も一緒に歩いてみて、あっ……!?」
二人の懸念は現実となった。レナは足を躓かせて身体をふらつかせた。ループスは地面を抉るように蹴り抜き、レナが倒れるより前に彼女の身体を支えてみせる。
かつてないほどの瞬発力を見せるループスにハルトは一瞬目を疑った。
「危ないぞ。こういう道を歩くときはちゃんと足元に注意しないと」
ループスはレナを抱きかかえながら囁くように言い聞かせた。そのやり取りの様子はさながら王子と姫君のそれであった。
「ありがと……貴方すごいのね!レナの護衛役にしてあげてもいいわよ!」
「お褒めに預かり光栄です」
調子のいいことを言うレナにループスは謙遜した返事を返した。気の利いた言葉がすぐに出てくる語彙力を上流階級の教育で培った彼女ならではの対応であった。
体勢を立て直して再び野山を駆けまわるレナの後姿をハルトとループスはため息をつきながら見守るのであった。




