ループス・ノワールロア
かくしてソルシエールの街で人知れず起こっていた連続誘拐事件はハルトたちによって人に知られることなく解決へと導かれた。
これによってこの街が平和になるのか、クラインがその後どうなったのか。そんなことはハルトたちにとってはもうどうでもよいことであった。
「俺たちはもうすぐこの街を離れる。世話になったな」
「こちらこそ」
ループスはハルトと共に協力を得ていたアウトローのグループに謝礼の言葉を述べに来ていた。彼らの協力なくしては今回の事件を解決まで持って行くことはできなかった。
「また遊びに来てくれ。まあ、その時に俺たちがいる保証はないがな」
アウトローのボスは冗談交じりにループスたちに再訪を促すような言葉を送った。常に裏社会での抗争などに明け暮れ、いつ命のやり取りになってもおかしくない世界で生きているアウトローに言われるとそれが冗談に聞こえず、ループスたちは苦笑いするしかできなかった。
アウトローたちの別れを経たループスとハルトはあてもなくソルシエールの街をふらふらと彷徨っていた。あてこそないものの、街の散策は先の予定がない二人の次の旅路を決めるためのヒント探しも兼ねていた。
「ハルト、俺は決めた。これからは家名を捨ててループス・ノワールロアとして生きていく」
散策の最中、ループスはハルトに決意表明をした。彼女は過去を捨てて新しい人生を送る覚悟を決めた。そしてこれから名乗る新しい名前を決めたのである。それはハルトが仮で決めた名前の流用であった。
「ほぉ。これから先は長いぞ」
ハルトは魔法で性転換した先人としてループスの背を押した。得意げになりながら先人としての教訓をループスにいろいろと語る。
「いいか?耳と尻尾はちゃんと毎日欠かさず手入れをするんだぞ」
「おう」
「こんな見た目だから行く先々で目立ったり注目されるだろうけどどうにもならん、諦めろ」
「はいはい」
最初はそこそこ真面目に聞いていたループスも次第に雑に聞き流すようになっていた。そのやり取りはまるで親と子供のそれであった。
「あ、そうそう。俺たちの身体はもうこのまま成長することはないそうだ」
「……は?」
そんな中、ハルトから唐突にさらりと告げられた衝撃の事実にループスは耳を疑った。
「成長しないんだ。多少痩せたり太ったりすることはあるだろうけど背丈が伸びたりしないし、見た目が老けたりもしない」
「そ、そうなのか……」
語りながら恨めしそうな目を向けるハルトにループスは狼狽した。自身の容姿を受け入れつつも、ハルトにもしても思うところがあることを察した。
「まだ戻れる可能性があるお前はともかくだな。俺はお前が魔法の解除方法を作らなかったせいでこの姿のまま戻れないし、おまけに成長しないから一生こんなお子様体形で生きていくんだからな」
ループスにそう語るハルトはどこか虚ろな表情で明後日の方角を見つめていた。彼女の耳が伏せられていることから自身の体形に多大なコンプレックスを持っていることを理解したループスは自らの過去の所業に少なからぬ罪悪感を抱かずにはいられなかった。
「ハルト。この後の行き先は決まってるのか?」
「んー?まだ決めてないが」
「それならしばらくの間俺に付き合ってくれないか」
ループスはハルトにこれからの予定を尋ねるとそのまま協力を仰いだ。どうやら彼女はハルトよりも先に次の行き先を見つけたようであった。
「何をするんだ?」
「家との因縁を清算したい。それまで一緒に旅をしてほしいんだ」
自分を捨てた実家との因縁を清算し、自ら関係を断絶して完全に独立する。それがループスの目標であった。上流階級と敵対するこという立場になることにハルトは悪い気はしなかった。
「いいぜ。協力してやるよ。お前一人で旅なんて絶対うまくいかないだろうからな」
ハルトがループスに同調する最大の理由、それはループスを一人にすることへの不安であった。
ループスは金銭感覚が俗世間と乖離しており、裏社会の人間とも平然と接触するような破天荒な存在である。そんな彼女を放っておけばどこで何をしでかすかわからない。
だから自分が監視しなければならないという思惑があった。
「いいか?協力はするが言いなりにはならない。そこを履き違えるなよ」
「わかっている。これからしばらくの付き合いになるな」
「……まあ、よろしく頼む」
こうしてハルトとループスはしばらくの間同じ旅路を行く仲間となった。大きな不安材料を抱えて先を思いやるハルトとは対照的に、旅の仲間を得たループスの尻尾はどこか上機嫌に揺れていたのであった。
次回に幕間を一本挟んで第五章は終了となります。




