現場を押さえる
「そこまでだクライン・ソーマ!」
ハルトは啖呵を切りながらアウトローたちを引き連れて勢いよく建物へと突入した。突然の強襲にクラインは放心したかのようにその場で固まっている。ループスの衣服は半分はだけていて脱衣寸前になっていた。
「ようやく現場を押さえたぞ。観念するんだな」
ハルトは手にした銃の銃口をクラインに向けながら降参を促した。すかさずアウトローたちは俯いてクラインを直視しないようにしながら彼の目を覆い隠すための布を持って包囲をしかけた。
「こんなところで終わってたまるか!やれ!」
「はい」
硬直が解けて我を取り戻したクラインはハルトたちに向けてテンプテーションで操っているループスを嗾けた。
ハルトは打ち合わせ通りにループスの相手に応じるがそんな彼女を気にも留めずにループスはクラインを守るようにアウトローたちを蹴散らしていく。
「どうしたお前ら!?反撃してもいいんだぞ!?」
「どんな理由があろうと依頼人は殴れん!」
無抵抗にやられっぱなしのアウトローたちにハルトが声をかけるとアウトローの一人は律儀にその理由を答えた。彼らを雇ったのはループスである。たとえ操られた状態であろうとも契約が続いている限り依頼人を攻撃することなどできなかった。こうなってしまった以上、ループスを攻撃できるのはハルトだけであった。
ハルトもハルトでループスへの対応に手を焼いていた。自分並みにすばしっこく動き回るループスが相手では銃口を定める余裕がない。そもそも自我をなくしているうえに銃のタネを知っているループス相手では威嚇射撃そのものに効果がなかった。
銃が機能せず、純粋な身体能力でこちらを上回るループスを相手にハルトは劣勢を強いられた。足止め目的の牽制射撃もすべて回避され、まるで機能しない。あちらが剣を持っていないことが不幸中の幸いであった。
「やべっ!?弾切れか!」
ハルトはループスとの交戦中、引き金を引いても弾が発射されなかったことで弾切れを起こしたことに気がついた。すかさず銃を中折りして空の薬莢を排出し、懐からスピードローダーを取り出して次の弾を込めた。
ハルトにとっては初めてスピードローダーを使う相手がまさかループスになるとは思いもよらなかった。これがなければループス相手にリロードを行う暇などないのは確実であった。
「悪い!今度は当てるぞ!」
ハルトは一瞬狙いを定めるとループスの足めがけて魔弾を撃ち込んだ。ループスは人外じみた反応速度で回避行動をとるものの、その弾は彼女の右足を貫き地べたへと撃ち落とした。操られているとはいってもダメージはきちんと受けるようであり、ループスは動きを止めると右足を抑えてその場にうずくまった。
「お前ら!ループスを押さえろ!」
ループスの機動力を奪ったところでハルトはアウトローたちにループスがこれ以上動かないように拘束するように命じた。アウトローの二人がループスの両腕を抑え込み、残り三人はクラインの目を塞いでこちらも拘束を完了していた。
「お前、臆病な割にはずいぶんと往生際が悪いじゃねえか」
ハルトはそう言いながらクラインの額に銃口を突き付けた。態度次第ではこのまま引き金を引くことも辞さないつもりであった。
「なぜ。ここがわかった……?」
「たまたま同じような手口の事件に二度も遭遇しちまったんだよ。そうなったら首を突っ込みたくなるのが俺の性分でな」
たとえ一度きりなら偶然であったとしても二度も遭遇すればそれはハルトにとっては必然であった。目的を持たない旅人であるがゆえに事件に首を突っ込んでしまったのである。
「なぜ女を攫うようなことをした」
「欲望のはけ口にするためさ」
「欲望だと?」
「そうだ。俺は元より『性欲』が強いんだ」
クラインは己の心情を語った。彼は生まれつき人一倍性的欲求に飢えている人間であった。それゆえに人と、特に女性と距離を置いていた。しかしそれとは相反するように己の欲望は日に日に肥大するばかりであった。
「こんなことをしなくても風俗にでも通えばよかったんじゃねえの?」
「大人になってからしばらくはそうしていたさ。しかし風俗もタダじゃない。通えば通うほどお金は無くなるし、周囲からは奇異の目を向けられる。この素性を隠して恋人を作ったことだってあった。でも本当の自分をさらけ出した途端に逃げ出されたんだ!」
クラインが自分の生まれ持ってしまったものと自分なりに向かい続けた結果行きついてしまったのが今回の事件の真相であった。
「だとしても表社会で生きている以上、罪に手を染めることは許されない」
アウトローの一人がクラインの境遇に同情しつつも彼の所業をきっぱりと悪と断じた。何年も日の当たらない裏社会で生きてきた彼にとってはどんな理由があれ堅気の人間が罪を犯すことはあってはならないことであった。
「じゃあどうすればいい。俺は一生これを抱えながら生きていけばいいのか」
「苦しいだろうがそうするしかない」
欲望を完全に抑えて生きることなど不可能であることは他でもなくアウトローが最も理解していた。まったく理解のできない境遇ではあったがハルトはどうにかできないものかと考えた。
「おい。とりあえずテンプテーションを解け」
ハルトは思い出したようにクラインにテンプテーションの解除を要求した。もしかすればループスの力をもってすればクラインの抱えた業から解放できる可能性があった。クラインは言われるままにテンプテーションを解除し、ループスを支配から解き放った。
「……?俺は一体……」
解放されて自我を取り戻したループスは状況が理解できていなかった。きょろきょろと周囲を見回し、ハルトの姿を見るなりついさっき撃ち抜かれた足を引きずって傍へと近寄る。
「これはどういうことだ。なんかめちゃくちゃ足が痛いんだが」
「詳しい話は後だ。今はお前に頼みたいことがある」
ハルトはそう言うとループスの耳元に口を近づけ、小声で何かを伝えた。
「本気か?」
「それしかない。頼む」
ループスに何かを頼んだハルトはそれを実行しろと言わんばかりに預かっていた剣を返却した。彼女はこの事件に引導を渡すのはループスであるべきだと考え、その役を譲ったつもりであった。
アウトローたちはハルトが何をさせようとしているのかわからないまま固唾を飲んでループスの挙動を見守る。
「ど、どうなっても知らないからな」
ループスはハルトに念を押しながらゆっくりと剣を抜いた。クラインに迫るその刃はすでに魔力を湛えて白熱化していたのであった。




