めかしこむ狼
「男が寄り付きそうな服を選んでやってくれ。お金は俺が出す」
街の服屋に足を運んだハルトはアウトローたちにループスに着せるための服を選ばせることにした。彼女も元男とはいえ、大人の男が好むような女性の服装にはまるで理解がなかった。
「姐さん。俺たちに任せてください」
「とびきりいいのを選んでみますよ」
「一応最後に俺が見た上で決めるからな」
ハルトはアウトローたちにそう伝え、一人で時間を潰すことにした。
いつループスたちが戻ってくるかわからない手前、いつでも合流できるようしなければならない故に単独で行動できる範囲もかなり限られている。どちらかといえば行動派なハルトはそんな状況に置かれてすぐに暇を持て余し始めた。
「まだかな……」
ハルトは店の外の壁にもたれかかり、尻尾を揺らしながらループスたちに声をかけられるのを待った。その間も周囲の音を頼りに、不穏な動きがないかを探り続けた。
「お嬢。いったん見てもらっていいですか」
待つこと十数分。護衛のアウトローからハルトに声がかかった。彼らの仕立てたループスの姿を確かめるべくハルトは再び店の中へと入った。
ハルトは試着室の前まで足を運ぶがループスがそこから出てくる気配はない。
「おい。出てこい」
「こんな姿見せたくない……」
ハルトがループスを呼び出すと彼女は更衣室の奥から弱気な声を漏らした。しかしその姿を確認しない限りはハルトも可否の判断ができない。ハルトはループスの意思を無視してすぐに更衣室のカーテンを引っぺがした。
「うわぁ……」
「だから見るなって言ったろ!」
無理やりカーテンを開けられたループスは声を荒げながら反射的にカーテンを閉め直した。ハルトの視界に一瞬だけ移った彼女の姿は中々に刺激的なものであった。
所々が透けている上に胸元が大きく露出したレース仕立ての黒いドレス姿はまだ心は思春期盛りの男子であるハルトにはほんの一瞬でも目に焼き付くほどに強烈な印象を残した。
「やりすぎましたかね?」
「クラインの目を引くためとはいってもあれじゃ流石になぁ……他のにしてくれ」
ハルトはアウトローたちの美的センスに思わず引いてしまった。ループスのプロポーションであの姿はあまりにも刺激的だった。これではあからさますぎてクラインに警戒されてしまってもおかしくはない。ハルトは衣装の選び直しを命じた。
アウトローたちは各々の美的センスに任せてループスの衣装を選んだ。
「それは子供っぽく見える。ループスの雰囲気に合わない」
「ちょっと色が派手すぎないか?」
「これならまぁ……いいだろう」
何度か選び直した末、ハルトはようやくループスの衣装を決定した。選んだのは清涼感のある淡い青色のワンピースであった。ループス本人の意向もあり、露出は肩が見える程度に抑えられた。スカートの丈も尻尾がギリギリ隠れる程度に長い。
「普段使いもできそうでよかったな」
「じゃあ最初からこれにしろよ!」
ループスは顔を真っ赤にしてスカートの奥で尻尾を激しく振り回しながらハルトに抗議した。女性であることを強調するような恰好をすることは彼女に強い羞恥心を覚えさせたようであった。
「しょうがないだろう。俺のセンスじゃ男受けとかわかんねえし、そもそもあれ選んだの俺じゃないだろ」
ハルトはのらりくらりとした言い回しで仕立ての責任をアウトローたちに擦り付けた。そんな態度に業を煮やしたループスは迷うことなく剣を抜いてその切っ先をハルトへと向けた。
「落ち着け!俺を斬ってもどうにもならねえだろ!」
「うるさい!よくも俺をこんなに恥ずかしい目に遭わせてくれたな!」
ループスは剣を抜いたまま本来の目的も忘れて数時間に渡ってハルトを追い回した。ソルシエールの街中を飛び回る彼女たちの姿はさながら野を駆ける獣そのものであり、護衛のアウトローたちも常軌を逸した身体能力を持った少女二人が痴情をもつれさせる様をただ眺めることしかできなかった。
「ハァ……ハァ……!」
結局ループスはハルトを捕まえることは叶わなかった。走り続けるうちに次第に冷静さを取り戻していった彼女は息を切らしながら剣を冷却するとその刃を鞘へと納めた。
「来たみたいだぞ。本命が」
呼吸を整えて熱を覚ましたハルトがそう忠告すると、どこからともなくこちらへと人影が近づいてくるのが見えた。ループスはそれが自分を目当てにしてることを直感で確信するのであった。




