互いに理解できない
日が沈みかけたころ、外を回り終えたループスはハルトの待っているであろう宿の一室へと戻ってきた。そこには椅子にもたれかかり、だらりと伸びているハルトの姿があった。
「ただいま」
「おかえり。遅かったじゃん」
ハルトは椅子にもたれたまま首だけを動かしてループスを見るなりそっけなくも安堵したような声でループスを迎えた。
「やっぱりあの事件の首謀者はクラインで間違いないな」
ループスが成果を報告すると、ハルトは姿勢を改めて話を聞いた。話の内容からするにループスの活動は無駄どころか有意義ですらあった。
「明日はあの学校の中でクラインに真偽を問い詰める。多少の荒事になる可能性は承知してほしい」
「してほしいも何も、俺は最初からそのつもりだったけどな」
これまでいくつかの修羅場を経験してきたハルトは今回も荒事が起きる可能性を考慮していた。そのために今日一日を使って機械いじりをしていたのである。
「で、お前は何をしてたんだ」
「これを作ってたんだ。弾を素早く込めるための道具、名付けて『スピードローダー』だ」
ループスに訪ねられたハルトは目を輝かせ、耳を立て尻尾を大きく振りながら嬉々として語った。そんな様子を見たループスはハルトが機械いじりを心の底から楽しんでいることは理解できたものの、それの何が楽しいのかはさっぱりわからず、専門的な知識もない故に適当な相槌を打つことしかできなかった。
ハルトは自身の発明を延々と語り続けるがそれについてループスにとっては懐疑的な事象があった。
「それの威力で弾を使い切るようなことがあるのか?」
「今はないけど、いずれそういうことがあるかもしれないだろう!それにちゃんと威力を抑えた弾だって作ってあるし、こういうものは事前に持っておくに越したことはない」
ループスはハルトの銃の威力を間近で見たことがあるが護身用にしては明らかに過剰な威力だと記憶していた。記憶が正しければ一発あれば人の一人や二人は簡単に消し飛ばすぐらいならできるはずである。
それに対して発明の存在意義を否定されたと感じたハルトは早口になりながら食い気味に語った。急に豹変した彼女を見たループスはただ困惑するばかりであった。
「あ、そういえば無駄遣いはしてないだろうな?」
途中、急に思い出したようにハルトはループスに消費したお金を確認した。今は余裕はあれど先を考えずに消費すれば無くなるのは一瞬である。上流階級出身のループスがそれを本当に理解できているのか、ハルトにはイマイチ信用しきれなかった。
「無論、無駄遣いはしていない」
「いくら使ったんだ?」
「だいたい五千マナだ」
「ご、五千!?」
当然のように報告するループスに対してハルトは驚きで目を丸くした。彼女の目線からすれば二人合わせてあと一泊は滞在期間を延ばせるぐらいの額であった。
「そんなに何に使ったんだよ。まさか俺抜きで何か美味いものでも……」
「するわけないだろう。チップを支払っただけだ」
「チップでそんな大金はたく奴があるか!」
ハルトが声を荒げている理由がループスにはわからず首を傾げた。今回の一件におけるチップは必要経費としては安すぎるぐらいだと自負していたが、肝心の内容を伝えていないがためにハルトにはそれが伝わっていなかった。
ハルトに誤解されていることを認識したループスはなんとか弁明を試みた。
「この前のアウトローたちに明日の護衛を頼んだんだ。万一のことがあったときのためにな」
「それいるか?」
ハルトは護衛の必要性を疑問視し、さっき自分が言われたのとまったく同じ言葉をループスにぶつけた。自分ならともかく、素の状態でかなりの腕っぷしを誇るループスが一対一でどうにもできない状態になるとは思えなかった。
「いる。仮にクラインが俺たちの手に負えない奴だった場合の保険だ」
「俺はともかく、お前の手に負えない奴がアウトローどもになんとかできるとは思えんがなぁ……」
こうして、二人は互いに理解できないものが存在することを強く認識することとなったのであった。




