ベッドの奪い合い
その日の夜にハルトたちが取った宿は昨日よりも質の低い場所であった。というのも、ループスへの施しによって想像以上の出費がかさんだせいで倹約を余儀なくされたためである。
寝床を確保できたのはよいとして、そこに一つ大きな問題があった。
「……ここで寝ろと?」
部屋を見たハルトは訝し気な表情を浮かべた。そこにはベッドが一つしかなかったのである。
「詰めて使えばなんとかなるか?」
「なるわけないだろう」
ループスのすっとぼけた発言にハルトは冷静に突っ込みをいれた。二人で詰めるとなるとループスがハルトを抱きかかえる形になる。そんな状況は彼女にとっては好ましくなく、特にループスの胸の感触を後頭部に受けなければならないことが非常に気に食わなかった。
「このベッドは俺が使う。お前は床で寝ろ」
「断る。お前が床で寝るべきだ」
ハルトがループスにそう言い渡すと、ループスはすぐさまそれに食い下がった。ループスにとってはこの姿になってからベッドを使わず野宿で眠った数日間が屈辱として胸に刻まれている。それを思い出すようなことをしたくはなかった。
一方のハルトはベッドなしで寝ることにそこまで抵抗はないものの、宿代を出費しているのが自分である以上は自分がベッドを使うのとは当然の権利であると考えていた。
こうして二人はベッドを巡って一気に対立ムードとなった。
「俺が使う!」
ハルトは先手必勝と言わんばかりにベッドに潜り込んだ。出遅れたループスはハルトを引っぺがそうとするがハルトも応戦して簡単には動かない。
「こんな手使って恥ずかしくないのか!?」
「うるせぇ!」
まるで子供のような舌戦の応酬と同時にハルトとループスはベッドの奪い合いを繰り広げた。両者ともこのやり取りに魔法を持ち込むつもりはなかった。
「純粋な力ならこっちの方が上なんだからな」
ループスはそう言うとハルトを無理やり持ち上げてベッドの上から引きずり出した。彼女の言う通り魔法の絡まない純粋な身体能力はループスの方が上であり、ハルトはそれに抵抗する術はなかった。
「離せ!大人げないぞ!」
「お子様体形のお前には言われたくないわ!」
ループスによって自身の体形へのコンプレックスを刺激され、ハルトの怒りの導火線に火が付いた。全身の毛を逆立たせ、ループスの威圧感を与える。しかしそれで怖気づくループスではなかった。
「お前がこういう風に作ったからこうなったんだろうが!せめてもうちょっといろいろ大きくしてろよ!」
「俺だってそんなつもりでそうしたわけじゃないわ!それに不十分にしないと嫌がらせの意味ないだろうが!」
二人が子供のようなケンカをしていると隣の部屋から壁を殴る音が聞こえてきた。この宿を利用しているのはハルトたちだけではない。安価で利用できる宿であるだけに利用客の質もお世辞にもいいものとは言えなかったのである。
こちらを威嚇するように聞こえてきた物音にハルトはふと我に返って冷静になった。
「……言い争っても何も解決しないな」
「そうだな」
冷静になったハルトとループスは改めてベッドの使用について考えることにした。冷静になると疲労がどっと押し寄せてくる。
「今日ぐらいお互い好きにするか。今度はベッドが二つあるところを取るわ」
もはや議論をするような余力もない。ハルトは這うように再びベッドの中へと潜り込んだ。後を追うようにループスも同じベッドに入り、部屋の明かりを消した。結局二人はどちらもベッドを使うことを結論付けたようであった。
「もうちょっと離れろ」
「これ以上離れたら俺がベッドから落ちる。というかお前の尻尾が場所を取りすぎなんだよ」
ベッドに入ってなおも二人の小競り合いは続いた。どちらも身体を横にしてうずくまるような姿勢で眠るが故に場所を広く取りたかった。
「……明日は鉱山に行くからな」
ハルトはそう言い残し、耳を伏せてループスの声を含めた周囲の音を遮って眠りにつくのであった。




