言い寄られる狼
「ループス。これからどうやって食いつなぐつもりなんだ?」
「食いつなぐってなんだ」
「まずそこからか……」
ハルトはすっかり見落としていた。ループスは元々上流階級出身であり、これまで労働とは無縁の生活を送っていたということを。彼女は労働の対価として報酬を得るということを知らないのである。
「家の名前が無くなる以上、お金は自分で稼がないといけない。お小遣いくれる奴がいなくなるわけだからな」
「……つまり?」
ループスはぽかんとした表情でハルトの言葉を聞いていた。まるで『何を言っているのかわからない』と言わんばかりである。どこまでも世間知らずなループスにハルトは頭を抱えた。
「今手持ちのお金は?」
「ない」
「お金はどうすれば増えると思う?」
「……わからん」
ハルトの懸念通りであった。ループスは『お金がどうすれば手に入るのか』を理解していなかった。下手に意地を張って話がこじれたりしないのだけがせめてもの救いである。ハルトはまずループスに労働の概念を教えるところから始める必要があった。
「さっき寄った服屋で俺はお金を払ったのは覚えてるよな」
「それはもちろん」
「あの店は服を売るのが仕事だ。その仕事に対して俺はお金を払った。仕事を成功させてその報酬として得るものがお金だ」
ハルトの講義にループスは注意深く耳を傾けた。仕事をするという概念はよくわからないがとにかく何かをしなければお金は手に入らないということは彼女にもそれとなく理解できた。
「なるほど。お前の言う『仕事』っていうのをやればお金が稼げるんだな?」
「今はそれぐらいの認識でいいわ」
歩きながらハルトがループスに講義していると、二人の前に若い男が三人ほど現れた。ただ通り過ぎるだけ……ではない、こちらと接触するつもりらしかった。
「お嬢ちゃんたち、お金に困ってるの?」
若い男グループのリーダーと思わしき真ん中の男がループスに声をかけた。どうやらこちらの話を聞いていたようであった。こういうのは相手すると面倒なことになるのを知っているハルトは早々にあしらおうと考えた。
「いや、別に急ぎじゃな……」
「稼ぎ口が見つからなくて困っている」
ハルトがあしらおうとした矢先、ループスは恐ろしいほどにあっさりと話につられた。どこまでも世間知らずな彼女にハルトは呆れを通り越した何かを感じずにはいられなかった。
「俺たち簡単にお金を稼げる仕事を知ってるんだけど、ちょっとだけやってみない?」
「その方法ってなんだ」
「それはついてきてからのお楽しみってことで」
ループスから仕事の内容を聞かれた男はその場で話すことをはぐらかした。すでに怪しさに満ち溢れている。ハルトは無言でループスの尻尾を掴んで引っ張り、警戒を促した。
「お仕事って俺でもできるのか?」
「もちろん」
「それって『金持ちの夜の相手』をする仕事?」
ハルトがカマをかけると男たちは顔を見合わせてひきつった表情を見せた。どうやら図星らしい。
「そういうのはやるつもりないんで。ほら行くぞ」
男たちを無視してハルトはループスの手を引いてその場を後にした。
「アイツらは何をさせようとしてたんだ?」
「お前のことを娼婦にしようとしたんだよ。誘いに乗ってたら今夜ぐらいにお前はどこの誰かもわからんようなおっさんに抱かれることになってたぞ」
ハルトの言葉を聞いたループスは顔から一気に血の気を引かせた。そんなことになろうものなら己の尊厳はズタズタになっていたに違いない。
「なんでそうさせるってわかったんだ」
「堂々と仕事の内容を言えない時点でいかがわしいことに決まってるだろ。お前はもっと警戒した方がいい」
ループスに忠告するハルトはさっきから足音がずっとこちらについてきていることに気づいた。あの男たちのものである。彼らは諦めが悪かった。
自衛のためにハルトは懐から銃を抜き、弾を五発詰めこんだ。
「あの男たちの匂いがする……」
ループスもハルトとは異なる方法で男たちが尾行していることに勘付いていた。狼の特性を持つ彼女は常人よりもはるかに鼻が利いた。
二人揃って男たちの接近を感じ取ったことによってハルトは追い払うための実力行使に出ることを決めた。ゴーグルを装着し、撃鉄を起こしてループスから少し遠ざかるように前に出る。
「ループス、耳を伏せてろ」
ハルトはループスに警告を発した。銃の発射音から耳を守るためである。言われるがままにループスは両手で耳を抑えて伏せた。
それを確認したハルトは引き金を引き、銃口を斜め上に向けて魔弾を撃ち放った。放たれた弾丸は炸裂して太い光の束となり、轟音と共に威力の余波で周囲の空気を震わせる。
「しつこい奴らは嫌いだ。これを直接食らいたくなければ黙って去れ」
ハルトからの最終警告を受けた男たちはハルトの前に姿を見せることなく足音を遠ざけていった。保身を優先する程度の知能は持っていたようである。
男たちを追い払ったハルトは銃口から紫電を走らせたままループスと合流した。初めて銃を使うところを見たループスはその威力に改めて戦慄した。
「一般人相手にかなり手荒なことをするんだな」
「当てたことねえから安心しろ。それにああいうのは女を相手になめた態度を取ってくるからこれぐらいしないと追い払えない」
ハルトは怪しい勧誘を追い払う方法をループスにレクチャーしながら町をぶらつくのであった。




