狼の少女
「えぇーっ!鉱山は今から向かっても今日はもう間に合わない!?」
「ソルシエールの街は広いからねぇ。着くころにはもう夜中だ。だからまた明日にした方がいい」
道行く人に鉱山への道のりを尋ねたハルトはそれを聞いて落胆させられた。楽しみはいったんお預けとなってしまった。
ハルトは予定を修正し、一夜を過ごす宿を探すことにした。幸いにもここに来るまでの道中にいくらかの駄賃を稼いできたおかげで予算は潤沢にあった。宿屋の看板を探し、ハルトはソルシエールの街中を駆け回った。
その日は一泊千五百マナの宿を取った。そこは宿泊費相応になかなか質の良い宿であった。ここで一夜を明かし、翌日改めて鉱山を目指すことにした。
「はぁー……」
ハルトは宿の一室に荷物を置いてベッドの上に横たわり、大きなため息をついた。ソルシエールにたどり着くまでの道中はほぼ野宿も同然でまともなベッドにありつくことがなかった。それだけに宿屋のふかふかのベッドのよさがこれでもかというほどにわかる。
ハルトが久々のベッドを堪能していると、何やら宿の入り口あたりが騒がしくなってきた。何やら人を通す通さないで揉めているようであった。
これでは休もうにも休めない。ハルトは事態を把握するために外の様子を伺いに出た。
「ここに狐の耳と尻尾の付いた少女が宿泊しているはずだ。出せ」
「ご利用されているお客様の情報を部外者にお伝えすることはできません!」
ハルトが宿の隅から様子を観察していると、宿の主と少女が言い争いをしていた。
少女の姿を見たハルトは言葉を失った。
「マジで付いてんじゃん。耳と尻尾……」
宿の主になおも食い下がり続ける少女は耳と尻尾が付いていた。その形状から察するに、犬系の類とみて間違いない。おそらく狼であろうとハルトは推測した。自分以外に存在することなどありえないであろうと思っていた存在が目の前にはっきりとあることにハルトは衝撃を受けた。
それはともかく、それはそれとしてきっと自分が出て行かない限りこの押し問答は延々と続くだろうと判断したハルトは少女の前に姿を現すことにした。
「アンタが探してるのはこんな感じの見た目をしてる奴か?」
ハルトは言い争いに割り込むようにその姿を現した。狼の少女はハルトの姿を見るように目の色を変えた。
「ようやく見つけた。ずっとお前のことを探していたぞ」
狼の少女はやはりハルトのことを探しているようだった。しかしハルトには彼女について思い当たる要素がない。ここは彼女の情報を探るべきであった。
「……どちら様?」
ハルトが首を傾げながら尋ねると狼の少女はムッとしたように耳と尻尾をピンと立てた。世にも珍しい獣の耳と尻尾が付いた少女が二人向かい合っている光景を見ようと徐々に野次馬が集まってくる。
「まさか覚えてないのか」
「覚えてないも何もアンタのこと初めて見たんだが」
狼の少女は一瞬動きが止まったかと思えば何かを思い出したようであった。そんな彼女の様子を眺めてハルトはますます謎を深めた。
「……ループス。その名に覚えはあるだろう」
狼の少女の言葉にハルトはハッとさせられた。その名は忘れもしない。自分を今の姿に変えた張本人である。
「お前まさか……」
「察しの通りだ」
まさかまさかの事実が発覚した。今目の前にいる狼の少女の正体はかつての学友ループスだったのだ。その容姿には黒い髪や灰色の瞳など、それを彷彿とさせる面影はちらほらと見受けられた。
「いくらなんでも外見まで俺に寄せてくることはないだろう。俺のこと好きすぎか?」
「好きで寄せてるんじゃない!」
ハルトが煽り交じりに軽口を叩くとループスは簡単に食って掛かった。口ぶりからするに自ら望んで今の姿になったというわけではなさそうであった。
野次馬の騒ぎが大きくなってくるにつれ、ハルトはこの場でやり取りをするのはまずいと感じはじめた。
「場所を変えよう。ここで話を続けるのもアレだろう」
ハルトはループスに場所を改めて一対一で対話することを試みた。なぜループスが今の姿になったのか、なぜ自分を追って来たのか、知りたいことは山ほどあった。
「いいだろう」
ループスはハルトからの提案に応じた。魔法の実力はこちらの方が上、それに加えて互いに丸腰でなら大したことはできないだろうとハルトは考えた。
「用が済んだらまだ戻る」
宿の主にそう言い残し、ハルトはループスを連れて外へ出ることにした。ついでといわんばかりに右手から詠唱代わりに魔法陣を展開し、野次馬たちの足元めがけて電撃を放つ。
「これは見せ物じゃないぞ。追ってくるようなら次は直撃させる」
ハルトは野次馬たちに言い放ち、ループスと共に夜の闇の中に消えるのであった。




