エミリーがいない
「ええっ!?今日はエミリーを見てない!?」
ハルトが隣村に足を運んで村人に尋ねると、村人は確かにそう答えた。村の看板娘であるエミリーを誰も見ていないということは何かあったのだとハルトは確信した。
「どこか思い当たる居場所はないのか?」
「そうだなぁ……まずはあの子の家かな。あの子の親は占い師だから場所ならわかるよ」
村人に案内され、ハルトはエミリーの家を訪れた。一見すれば何の変哲もない、他の村人たちと変わらない佇まいであった。
ハルトは家の戸をノックして反応を待った。返事はなかったものの、数秒後に足音が家の中からこちらに近づいてくるのが分かった。
「はい、どちらさ……」
家の中から現れた中年ほどの男は戸を開けてそこまで言いかけたところで思考まで停止したかのように動きが止まった。ハルトには何が起こったのかわからなかった。
「ごめんなさい!」
ふと我に返ったように動作を再開した男は勢いよく戸を閉めて施錠を行った。その反応を見たハルトは慌てて戸をノックしながら声をかけた。
「おいどうしたんだよ!?俺は悪さしに来たんじゃないぞ!」
「祟りだけは!祟りだけはご勘弁を!」
「だからしねえって!」
ハルトの訴えを信じてか、男は再び戸をゆっくりと開けると恐る恐るハルトの方を覗き見た。
「こ、こんなところに何を?」
「エミリーって子を探しに来たんだけど、彼女の家はここで合ってるよな?」
「はい。私はエミリーの父です……」
エミリーの父は申し訳なさそうにハルトに伝えた。彼の表情を見てやはり何かがあったに違いないと勘繰ったハルトは探りを入れることにした。
「すっげえ辛そうだけど何かあったのか?」
「実は……」
エミリーの父はハルトを家に招き入れると事情を洗いざらい語った。村同士の協力のために村長へと具申したこと、その結果村長の怒りを買いエミリーを置き去りにして自分たちだけが追い返されたこと。事情を理解したハルトはすぐにエミリーの救出を決意した。
「俺が助けに行く。村長はどこにいる」
「しかし君みたいな小さな子を一人では行かせられない」
「俺をただの女の子だと思うなよ?この耳と尻尾は伊達じゃないってな」
ハルトはエミリーの両親を勇気づけるように自分の耳と尻尾を動かしてみせた。彼女が姿が紛いものではないことを確信したエミリーの両親はハルトを信じ、希望を託すことにした。
「少しだけ、準備の時間をくれないか」
ハルトは準備の猶予を求めた。元々護身用の銃に弾は三発ほどしか込めていない。だから万一のことを考えて予備の弾薬が欲しかった。エミリーの両親もそれを承諾し、ハルトは一度拠点の村へと引き返すことにした。
拠点の村へと引き返したハルトはエミリー救出のための準備を始めた。
「ハルト様。物騒なものが見えますが何をするおつもりで?」
「エミリーを助けに行く。隣の村がなんだかきな臭くてな」
セラに尋ねられ、ハルトがそう答えるとセラは慌てたような様子を見せた。
「なんでお前が焦るんだよ。行くのは俺だけだぞ」
「私が育てた看板娘が危険にさらされているのですから不安になるのも当然ですよ」
「……えっ?」
ハルトは一瞬自分の耳を疑った。さっきの言葉が本当ならば、エミリーを看板娘として育て上げたのはセラということになる。
「ですから、エミリー様をあの村の看板娘として育て上げたのは私なんですよ」
聞いたことは間違いではなかった。エミリーに看板娘としての基礎を教えたのはセラだったのだ。
「なんで……エミリーがセラに?」
「私、こう見えてもハルト様より少し大きかったぐらいのころは村の看板娘やってたんですよ。まあ目的もなく好きでやってたことですし、特にこれといった成果もありませんでしたが」
セラとエミリーには思わぬところで接点があった。彼女はエミリーの看板娘としての師だったのだ。彼女の直伝であれば看板娘をしているときのエミリーの人格が豹変したように明るくなるのも納得であった。
「そうだったのか」
「ですから私は心配なんです」
「まあ、そんなに心配するなって」
準備を終え、再び隣村に向かおうとするハルトに対し、セラは何か言いたげな様子で視線を送っていた。彼女の意を察したハルトは一度足を止め、踵を返してセラに向かって歩みを寄せた。
「なあセラ。看板娘の衣装を俺に着せてくれよ」
ハルトはセラに衣装の着付けを頼んだ。セラをエミリー救出の現場に同行させるのは気が引けたが、看板娘としての彼女の心意気を受け継ぐことならできた。
「わかりました!」
セラは気合を入れてハルトに看板娘としての衣装を着せた。袖を通し、スカートを履き、そして尻尾の根元には目を引く大きなリボンがつけられた。それは戦いに赴くにしては明らかに場違いともいえる格好である。しかしそこにはエミリーに対するセラの想いが込められていた。
「待っててくれ。エミリーは必ず俺が助け出してやる」
ハルトはセラにそう言い残し、外へ飛び出すと再び隣村を目指して日が沈みゆく村の通りを疾風の如く駆け抜けていった。
彼女の駆け抜けたその後には青と白の残光がわずかに走ったように見えたのであった。




