同志を集る
「なんでこうなった……」
ハルトの解放運動一日目、彼女はレジスタンスの旗を掲げながらヤグルマと志を同じくする者たちを集める呼びかけを行っていた。ヤグルマ曰く『自分が呼びかけるよりも君が呼びかけた方が効果が高い』とのことだったがハルトは不本意であった。
「この町の花畑を愛する者たちよ、共に立ち上がろう!愛する花畑を取り戻すために!」
何よりハルトはこの町の出身ではない。旅人である自分がブルームバレーの市民に呼び掛けているという事象が滑稽に思えてならなかった。
「そこのアンタ、俺たちと一緒に花畑を取り戻さないか?」
ハルトは目が合った人に次々に声をかけた。彼女の愛らしい容姿も相まってその呼びかけは人々の心を打った。
「ちょっとこの列に加わってくれるだけでいいんだ。だからこの通り」
「いや、俺はちょっと……」
「やっぱりダメか……?」
ハルトが耳を伏せ、顔を少し俯かせながら上目遣いをすると、その一手に折れない者はいなかった。耳を伏せながら甘え、相手が折れれば尻尾を振ってあざとく振舞う。これを繰り返すだけでハルトの容姿に篭絡された人々が次々とレジスタンスへと加入していった。
「犬の仮装かな?よくできてるね」
「犬じゃなくて狐だよ!それに飾りじゃなくて本物だ!」
途中、何度かそんなやり取りを繰り返しながらハルトは勧誘活動を続けるのであった。
そうしてハルトによって焚きつけられた人々が一人、また一人とヤグルマの元へと集まった。レジスタンスに加わる市民たちにとっては彼女の出自などはどうでもよく、ただ『小さな少女が抗議の声を上げている』という事実に心を動かされていた。
「俺たちも一緒に戦うぞ!」
「庶民の底力を見せてやる!」
市民は瞬く間に一丸となってヤグルマの元へと集った。
『俺が男だったら見向きもされなかったんだろうな』と内心思いつつもハルトは集結した庶民たちを率いてヤグルマと共に進行するのであった。
「進行せよ!進行せよ!」
ハルトが先陣を切って旗を掲げ、その後ろを大群となったレジスタンスが道を埋めるように広がりながら進む。当然のように騒ぎを聞いて駆け付けた上流階級の用心棒たちはその規模を見て愕然とした。
「昨日までと規模が違うじゃねえか!」
「こんなの聞いてないぞ!」
用心棒たちは昨日とは比較にならないほどの数の暴力に晒されていた。こんなところに少人数で制圧にかかっても返り討ちにされることは目に見えていた。
「数ではこちらが優位だ!怯まず進め!」
「うおおおおおおおおお!!」
ヤグルマが檄を飛ばし、隣でハルトが旗を振るとレジスタンスは雄叫びを上げながら進行する。圧倒的な戦力差を前に用心棒たちは戦意すら見せることなく逃げ出してしまった。
「とんだ拍子抜けだったな」
徹底的なぶつかり合いを想定していたハルトにとって今回の結果は呆気なく感じられた。そんな彼女とは対照的にレジスタンスは祝勝ムードに包まれていた。
「我々の勝利である!」
「いや、まだ終わりではない」
勝利に酔いしれるレジスタンスに対してヤグルマが歯止めをかけた。彼にとっての目標はただこうするだけではない。花畑の地主と上流階級との癒着を剥離させ、花畑を万人に開放させるまでが決着であった。
「みんなありがとう。また明日の午前十時、ヤグルマの屋敷前に集合してもらいたい。もちろんこの子も一緒だ」
ヤグルマはハルトの頭に手を置きながらレジスタンスに今日の活動の終了と明日以降の活動の継続を呼びかけた。彼女につられて参加した者たちにとって彼女の存在は大きな原動力であった。
「君可愛いねー。この町の子?」
「いや、俺は旅人で……」
「どこから来たの?お父さんとお母さんは?」
解散と同時にハルトはレジスタンスの同志たちからの質問攻めを受けた。分別を弁えた大人たちである分、子供を相手にするよりはいくらか楽ではあったがそれでも矢継ぎ早に声をかけられるのは面倒であった。早々に切り上げようとするものの次々に押し寄せる同志たちがそれを許さない。
このままでは永久に開放されないと悟ったハルトは懐に忍ばせていた銃を取り出し、空砲用の弾を詰めると銃口を頭上に向け、耳を伏せて発砲した。
突如として放たれた大きな炸裂音にレジスタンスは威圧され、ハルトと距離を取った。
「ハァ……ハァ……今日はここまでにしてくれ……」
ハルトが息を切らしながらそう懇願するとレジスタンスたちはすごすごと退散していった。自衛のためとはいえ、同志相手に引き金を引いてしまったことにハルトは少なからず後ろめたい感情を抱いた。その一部始終を見ていたヤグルマは昨日の一件を思い出した。
「君、もしかして昨日の……」
ヤグルマは昨日の活動中に自分たちを援護した謎の存在の正体がハルトなのではないかと勘繰っていた。どこからともなく飛んできた攻撃も彼女の持つ銃なら可能であった。
そこに気づかれたハルトは素直に種明かしをすることにした。
「そうだ。昨日アンタたちを援護したのはこの俺だ」
「やはり君だったのか。それを見て、もしやとは思っていたが」
ヤグルマはハルトの頭に手を置いて撫でまわした。
「やめてくれよそれ……」
「そう言っていても満更でもないようだけど?」
ヤグルマはハルトの仕草を指摘した。口では嫌がってはいるが耳がピンと上を向き、尻尾は大きく左右に揺れていた。それに気付いたハルトは慌てて自分の尻尾を掴んで隠そうとするが、その仕草は誰がどう見ても喜びの感情を表現するものであった。
「そういえば君の名前を聞いていなかった。なんていうのかな」
「俺はハルト。ハルト・ルナールブランだ」
こうしてハルトはヤグルマに自らの名を教え、二人は互いの名を知る間柄となった。同じ志を持ち、共に戦う仲間となった二人は次なる目標に向けて歩みを進めるのであった。