カレンの異変
とある日の昼頃、カレンはハルトとループスの二人とは別々で行動し、午後からのクエストに向けた下準備を済ませて空き時間で昼食を取っていた。彼女の友人もその場に同行している。
「カレンって今家にハルトちゃんたち泊めてるんしょ。その辺どうなん?」
「全然苦労とかないよ。むしろ弟たちの面倒見てくれて超助かってるし」
カレンは友人と談笑する。彼女の家に滞在しているハルト、ループス、そしてアリアは一家の負担になるどころかむしろ負担を軽減してくれているため、カレンから見れば大助かりであった。
「あっ」
談笑中、カレンは不意に手にしていたフォークを手から滑らせてしまった。あまりに唐突なことにカレンは一瞬呆然とする。
「おいおい、しっかりしろし」
「いやーメンゴメンゴ」
友人に突っ込まれたカレンは冗談めかしながら気丈に振舞うものの、内心ではどこか不安でならなかった。フォークを落とした時、彼女は腕の感覚がなくなっており、そんなことはこれまで一度たりともなかったのである。
「カレン最近頑張りすぎなんじゃない?ちょっとは休んだ方がいいんじゃないの?」
「大丈夫大丈夫。マジでヤバかったらちゃんと休むから」
カレンはここのところ毎日のように冒険者ギルドに通い詰めてクエストに勤しんでいる。外ではクエスト、家では弟たちの世話を焼く毎日でまともに休息など取れていない。休日を取ったのもそれこそハルトたちと一緒にクエストに行った翌日が久々というレベルであった。
そんな生活を続けている内に彼女の中に蓄積した疲労が確実に形になって表れ始めていたのである。
「んじゃちょっと手伝ってよ。報酬分けてあげるからさ」
「乗ったわ」
万一のことを考え、カレンは友人にクエストの協力を依頼した。今回彼女が受けたのは街の中での物資の運搬代行である。本来なら一人で十分こなせるような内容ではあったが先の一件が不吉の前兆のように思えてならず、保険をかけたかったのである。
「マジで大丈夫!?めっちゃふらついてるけど!?」
「心配すんなし」
クエストの実行中、友人はカレンのことを相当気にかけていた。運搬する物資の重量がまあまああるとはいえ、それを運ぶカレンの足取りがかなりふらついていて非常に危なっかしく見えたのである。そんな不安定な状態でまともに進めるはずもなく、案の定カレンは姿勢を崩して前のめりにすっ転んだ。
「痛ったぁ……」
「やっぱカレン大丈夫じゃないって。残りは私がやっといてあげるから帰って休んどき」
「ここで帰ったら今日の稼ぎが……」
「今日これ以上働いたら一生稼げんくなるかもしれんって!だから休んどき」
カレンの具合が悪化していることを確信した友人はカレンにクエストのリタイアを促した。カレンは収入を気にして食い下がろうとするものの、友人はこれ以上の悪化を懸念して語気を強めて説得する。その言葉はカレンに強く突き刺さり、彼女にクエストのリタイアを決断させた。
「ゴメン。埋め合わせはどこかで絶対するから」
カレンは衣服についた土埃を払うと埋め合わせを約束して落ち込んだ様子で帰路へとついていった。彼女の冒険者生活で初めての『リタイア』がこんな形になるとは本人にも思いもよらなかった。歩いている最中、カレンはこれまでの疲労が押し寄せてきたかのように足取りが重くなった。
「ただいまー……」
「おかえりなさい。今日は早かったですね」
「うん。今日は疲れたから休むわ。悪いけどあとはお願い……」
カレンは出迎えてくれたアリアにそう言い残すと壁に寄りかかりながらフラフラと寝室へと向かっていった。
これまでの様子からは考えられないようなカレンのくたびれぶりにアリアは唖然として言葉が出なかったのであった。




